第66話 参っちゃうな


 岬を送り、アパートに戻った。


 さて、メリルはまだ残っているだろうか。

 できれば、少し話したいことがあるのだが……。


「ただいま」


 ドアを開けると、ちょうど真っ裸のクレオと鉢合わせた。

 肩からタオルをかけて、ぐいーっと牛乳を飲んでいる。


「お、山田どのか」


 ぎゃあ。


「す、すまん!」


 慌ててドアを閉めた。


 油断した。

 部屋に入るときはチャイム。

 これすごく大事。


 しばらく待っていると、内側からクレオが顔を出した。

 イヲンで購入したルームウェアを着用している。


「すまない。山田どのの部屋は、なんとなく落ち着いて気が緩んでしまう」

「いや、まあ、今度から注意してくれればいい」


 柳原も来るし、騎士団の連中もいる。

 なにか間違いが起こってからでは遅いのだ。


「神さま。テレビを見てもいいですか?」

「ああ、音量は気をつけてくれよ」


 サチがテレビをつけて、チャンネルを合わせる。

 流れ出すのは、暴れん坊将軍のメインテーマ。


 あれだ、時代劇専門チャンネル。

 昼間など、サチたちが暇なときに見られるよう契約したのだ。


 サチはお侍とかが大好きだ。

 文化水準が向こうに近いので、親しみやすいのだろう。

 現代のバラエティとかは、むしろSFすぎてぴんとこないらしい。

 ちなみにお気に入りは三匹の侍。おれも好きだぞ。


「クレオさま! わたくし、わかります。このダイミョーが悪いやつです!」

「ほう。そう来たか。わたしは逆にいいやつだと思うぞ。だって馬から少年を助けているからな」


 それはクレオも同じで、主君に忠義を尽くす武士に大きな感銘を受けていた。

 お気に入りは天地人。妻夫木の魅力は世界線を越えていく。


 この二人がテレビの前に並ぶと、二時間は動かなくなる。


 その間、おれはパソコンを開いた。

 明日から消化しなきゃいけない案件も多いし、少しでも進めていたい。


「山田さま。珈琲を入れました」

「ああ、ありがとう」


 メリルからカップを受け取って、テーブルに着く。

 夕食の食器も、すでに片付いていた。

 一人暮らしが長いから、こういうのは慣れないな。


 ……しかし。


 テレビに夢中になっている二人を横目に、ため息をついた。

 着替えてくれたのは嬉しいのだが、こう、それでもチラチラと見えるあれこれはどうにかできないのだろうか。

 さっきの風呂上りもそうだし、ちょっと油断しすぎだろう。


「向こう女性は、あまり男性の目とか気にしないのか?」

「あら、なぜですか?」

「いやその、ちょっと目のやり場に困る」


 物腰が柔らかいためか、ついメリルにはこの手の愚痴をこぼしてしまう。

 すると彼女は、くすりと微笑んだ。


「な、なに?」

「いえ。柳原さまのおっしゃる通りの方だなあ、と」

「あいつ、なに言ったんだ?」

「いいひとすぎて、少し難儀な方であると」


 なにを吹き込んだというのだ。

 今度、柳原に問い詰めてやらねばならない。


「ご安心ください。わたしどもも、幼少より大人からそのような注意は受けます」

「まあ、それならいいんだが……」

「ただ、これだと思う殿方を見つけたら、遠慮はするなとも言われますね」

「…………」

「ちなみに、わたしどもの結婚適齢期は、いまくらいですよ」

「……ちょっと若すぎないか?」


 どう見ても、みんな15~17くらいにしか見えない。

 ……そういえば以前、サチが15歳で成人とか言ってたな。


「そうですね。こちらの結婚年齢が高いのには、素直に驚きました。しかし、それほど大きな障害でもないかと」

「そ、そうか。いい相手が見つかるといいな」

「はい。そのように祈っております」


 そう言って、にこーっと微笑む。

 自分より一回りも年下の女の子に遊ばれているような気がする。


 ……まあ、とりあえず、それは置いておいて、と。


「そういえば、メリルに相談したいことがあったんだ」


 目をぱちくりさせる。


「あら、まさかわたしが最初?」

「まてまて。落ち着け。というか、最初ってなんだ?」

「冗談です。ところで相談とは?」


 まったく心臓に悪いな、この娘っ子は!

 普段、大人びているから、ギアのチェンジの早さにオジサンびっくりしちゃうよ!


「ええっと、週末のことだ」

「はい。安藤さまがいらっしゃって、村の配置換えをなさる予定ですね」

「あいつをどう思う?」

「……どう、とは?」


 その目が険しい光を帯びた。

 こちらの意図は十分に伝わっているようだ。


「おまえに、ちょっと嫌な役をやってもらいたい」

「承知しました」

「おい、内容は聞かないのか?」

「うふふ。わたしが適任なのでしょう。ご自分でできることなら、山田さまはご自分でなさりますからね」


 そう言って、彼女は自分の分の珈琲に口をつけた。


「それに山田さまに頼られるのは、わたし好きなんですよ」

「……すまんな」


 その脇では、サチたちが松平の華麗な殺陣に盛り上がっている。

 ……今度、彼の伝説のサンバを見せてやろうと思った。




 そして土曜日。

 安藤がやってきたのは、昼過ぎだった。


「やっほー、オッサン。いくつか案を持ってきたよ」

「ああ、すまんな」


 アパートの部屋で、おれは彼女を出迎えた。


「あれ。今日はメイドのお姉ちゃんだけ?」

「他の連中は、向こうで畑の作業をしている」


 メリルが珈琲を出した。


「どうぞ。こっちはケーキを焼いてみました」

「ありがとー。うわ、美味しそうだねー」

「さて、じゃあ話を……」

「あ、オッサン。わたし、そっちのケーキがいいな」

「はあ? どっちも同じだろ」

「いやいや、そっちのがシロップ多くて美味しそう」

「……まあ、いいけどな」


 ケーキを交換する。

 そしておれは、ケーキにフォークを入れた。


 それを確認してから、安藤もケーキを切り分けた。

 珈琲には、いっさい手をつけようとはしない。


 ……やっぱり、ただ遊びに来ている様子ではないな。


「うまいな」

「ほんとだ。美味しいじゃん」

「お口に合って、なによりです」


 安藤が食べながら、スケッチブックを広げる。

 何枚にも渡って、細かな村の配置図があった。


「へえ。なかなかうまいな」

「中学のときは美術部だったんだよねー」

「そうか、そうか。意外だな」

「それで、こっちなんだけど……」


 説明しようとする彼女の言葉を遮った。


「すまないが、おまえの提案は聞き入れられない」

「……え?」


 きょとんとする。


「あれ? どゆこと? あ、やっぱり自分の村だから、他人に口出しされたくないってことかな?」

「違うな。そもそも、おまえを信用する理由がない」


 安藤の目の色が変わった。

 慌ててスマホを手にしようとするのを、メリルが弾いた。


「な、なにするんだよ!!」

「おまえの目的を教えろ。どうして、おれたちに近づいた?」

「そ、それは……」


 口ごもった。


「う、うちのパソコンにバックアップがある。写真を……」


 しかし、最後まで言えなかった。

 彼女は突然、その場にうずくまったのだ。


「お、お腹、痛い。なんだよ、これ……」

「向こうの世界の毒だ。この解毒剤でしか治せない」


 さあっと顔が青くなる。


「ど、どうして、そんなこと……」

「危ないやつを、村にかかわらせておくわけにはいかない」

「こ、こんなことして、警察が……」

「おまえの身体を向こうに捨てれば、見つかりっこないだろ」

「で、でも、ああもう! はやく、それを……!」


 手を伸ばそうとするのを、メリルが組み敷いた。

 護身のナイフを逆手に構えて、彼女に突きつける。


「お嬢さまに危害を加える相手を、わたしは徹底的に排除します。さあ、目的を言いなさい」

「そ、それは……」


 彼女はお腹を押さえながら、苦しそうにうめいた。


「き、北のほうに、連れてってほしいんだよ……」

「……北に?」


 彼女は涙をためながら、必死に叫んだ。


「わたしの、村だったところ! あの村の跡地に、連れてってほしいんだよ!!」


 じっとその目を見る。

 メリルに目配せすると、彼女もうなずいた。


「うそではないと思います」

「わかった」


 そうして、おれはネタばらしする。


「ケーキに入れたのは下剤だ。毒じゃないから安心しろ」

「え?」


 柳原のオリジナルブレンド。

 効き目は折り紙付き。

 なんたって最恐の傭兵団を倒した実績もあるからな。


「トイレはそっち」

「わああああああ!!?」


 慌てて安藤がトイレに飛び込んだ。

 メリルがくすくす笑っている。


「すまんな。あの脅しは、おれにはできん。笑われておしまいだ」

「いえ。わたしも少し楽しかったです。それにしても、毒だなんて悪いひとですね」

「大して変わらんだろ。あの苦しみは、おれも知ってるからな」

「〝喰い散らかし〟を倒したあと、ずいぶんとトイレにこもられていましたね」


 まったく、嫌な思い出だよ。


「それで、山田さまは?」

「…………」


 ふうっと息をついた。

 さっきから、額から脂汗が止まらない。


「ちょっと、そこのコンビニ行ってくる」

「はい。幸運をお祈りしております」


 まったくもう。

 最近の女子高生は、警戒心が強くて参っちゃうな。

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