第69話 覗きに行こうとしてるな
どんちゃん騒ぎをする騎士団の若いのをはやし立てながら、イトナと安藤が作った豚汁を食べていた。
「しかし、今日はいつにも増して楽しそうだな」
「そうですね。なにかいいことがあったんでしょうか」
岬と話していると、メリルが苦笑しながら茶を差し出してきた。
「本日はお嬢さまやダリウスさまが不在ですから」
「ああ、なるほどな。久々の羽伸ばしというわけか」
いい上司とはいえ、やはり緊張するのだろうな。
その感覚は、おれたちにもよくわかる。
「……ん?」
ふと視線を感じて振り返った。
「…………」
「…………」
じーっと見られている。
小さな男の子だ。
確か、大工の棟梁の息子だったか。
彼らは哭犬族というイヌの亜人で、実直で温厚な性格らしい。
垂れ耳というのか、頭の上からぺたんとふさいだイヌミミが可愛らしい。
ちなみに尻尾は真ん丸のお団子だ。
「どうした?」
「……っ!?」
びくっとして、慌てて母親の後ろに隠れてしまった。
「……なにか怖がらせたかな」
「いやいや。うちの息子は、誰にでもこうでさあ」
そう言って隣に腰掛けたのは、大工の棟梁だ。
岩のような身体、丸太のように太い腕。
無精ひげを撫でながら、彼は大きな口を開けて笑った。
「そうなのか?」
「ええ。いずれはおれの仕事を継がせるつもりですが、どうにも性格が女々しくていけねえや。ほんと、誰に似たんですかねえ」
確かに、息子のほうは女の子のように華奢だな。
あの子がいずれこうなるとは、ちょっと想像がつかない。
「住居のほうはどうだ?」
「はい。あと三週ほどで四棟が建つ見通しでさあ」
「四棟も?」
おれは周囲を見回した。
確かにそれ用の基礎が四つある。
一つは柱などの骨組みも完成していた。
いまは暗くてよくわからないが、かなりの広さだ。
建築には明るくないが、どれもそれなりの一軒家のように思える。
「そんなに早くできるのか?」
「いやあ、おれたちも驚いてるんでさあ。この土地に来てからというもの、身体が軽いのなんのって。そのうえ、作業中は力が漲ってくる。こんなことは初めてだ」
もしかして、これも『作業効率アップ』の恩恵だろうか。
これまで畑仕事しかしなかったから、そっちにまで影響するとは思わなかった。
とりあえず、冬の住処は確保できそうでよかった。
「そういえば、済まなかったな」
「へい。なにか?」
「いや、領主の命令だろうが、こんな辺鄙な村では不便だろう。そのことについて、ちゃんと謝っていなかったなと思ってな」
棟梁は豪快に笑った。
「最初は、どんな危険な仕事かと思いましたが。領主たってのご指示だし、家族で行けと言うし、とうとう年貢の納め時かと腹をくくりましたがねえ」
どうやら悲壮な決意をさせたようだ。
「いざ来てみれば、逆の意味で驚きましたよ。まさか亜人と純人種、モンスターに異世界の神さまが住まう土地とは、こりゃ楽しいや。しかも飯はうまいし、最高でさあ」
「そう言ってもらえると助かる」
そんな話をしていると、女性陣が片づけを終えて戻ってきた。
「じゃ、先輩。わたしたち、温泉のほう失礼しますね」
「ああ、わかった。ゆっくりしてくるといい」
わいわいと温泉に向かう一行を見送る。
「そういえば住居のあと、温泉のほうに柵と脱衣所を作ってほしいんだが」
「ああ。それなら、ぼちぼち資材を……」
それについてしばらく話していた。
すると、騎士団の連中に不審な動きが見られる。
具体的には、四人ほどが宴会の輪を抜けたのだ。
トイレかとも思ったが、どうも方向は逆。
そろりそろりと、人目を忍びながら温泉のほうへと向かっている。
「…………」
ため息をついて、立ち上がった。
騎士団の四人。
昼間、おれと組んで畑勝負をした面子だ。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。カガミさんは酒飲んで寝てるしな」
「そういう意味じゃなくて、バレたら追い出されるぞ」
「馬鹿野郎! 団長と副団長がいない今しかチャンスはないんだぞ!」
「でも、もし見つかったら、あとで折檻が……」
「いいさ。なら、おまえは戻れ。おれたちだけで行く」
「そ、そんなことは言ってねえだろ」
先頭の男が、固くこぶしを握り締める。
「それに美女たちが湯浴みしてるんだから、覗かないほうが失礼だろ!!」
「……いや、その理屈はおかしいだろ」
ドッキーン! と、四人が振り返った。
「や、山田どの!?」
「いつから!?」
「最初からだ。おまえたち、やっぱり覗きに行こうとしてるな」
ずっとうしろをついてきたのに、気づきもしなかったな。
どれだけ我を忘れていたというのか。
「ま、待ってください! 弁明を!!」
「なんだ?」
「これは、……そう! むしろ彼女たちを思っての行動なんです!」
「ほう。どんな?」
「麗しい女性たちに危害を加える輩が出ないか、見張りを買って出ようと!」
「そんなに這って迫っていく見張りがいるか」
夜の向こうに、温泉の灯りが浮かんでいる。
あそこには岬やサチ、メリルもいる。
安藤も可愛いし、イトナだって本当に子持ちとは思えないプロポーションだ。
きっと桃源郷のような光景が広がっていることだろう。
「お願いします! 山田どの、一生の、一生のお願いです!」
「ここで宿願を果たせなければ、我らは死んでも死に切れません!」
「いつもは副団長が目を光らせているので、近づくことすらままならないのです!」
「どうか、お慈悲を……!!」
……うううむ。
まさか泣き落としに来るとは思わなかった。
こいつら騎士のプライドを捨てているな。
きっと若い身の上、いろいろと我慢していることもあるだろう。
おれも男だし、わからんでもないのだが……。
「でもダメ」
「だああああああ!!」
「畜生! さすが山田さま!」
「本当に●●●ついてるのかってくらいストイック!!」
おいこら、汚い言葉を使うんじゃないよ。
呆れていると、騎士団の四人はキッと顔を見合わせる。
「かくなる上は!!」
「「「応ッ!!」」」
途端、四人はまったく別方向へと駆け出した。
「おまえたち、武運を祈る!!」
「なにを……、あっ!」
しまった。
バラバラに温泉に飛び込むつもりだ!
「どうせ仕置きされるなら、せめて本懐を遂げて死のう!!」
「そのバイタリティを他のことに使えないのか!?」
分散されると、おれ一人では追えない。
いや、たとえ散らずとも、日頃から鍛えている騎士にただのサラリーマンが追いつけるはずはないのだが。
ど、どうすればいいんだ……!
おれが狼狽えていると、異変が起こった。
わずかに地面が震えているような気がする。
ズズゥン、と騎士団の一人が地面に空いた穴に落っこちた。
それを皮切りに、次々に落っこちていく。
「な、なんだ?」
その正体はすぐにわかった。
暗闇の中、地面からのっそりと巨大な影が現れたのだ。
チョコアイスだ。
「わああああああ!?」
捕まった騎士団の若いのが、「あーん」されそうになる。
「ま、待った待った!! チョコアイス、待て!!」
ぴた、とチョコアイスが止まった。
「もう懲りたろ。放してやれ」
『……キュゥ』
名残惜しそうに、若いのを下ろした。
そいつは慌てて、おれのうしろに隠れた。
「ほら、もう行け。仲間を忘れるなよ」
「は、はいいい!!」
騎士団の連中が向こうに戻ると、チョコアイスの足をなでる。
「ここでは、ひとを食べちゃダメだ。討伐隊が来たら、おまえだって住むところがなくなるだろ?」
『…………』
こくん、とうなずいた。
意外と素直なやつだ。
「じゃあ、おまえも向こうで飯を食おう。たぶん豚汁が残ってるから」
チョコアイスを連れて、みんなが宴会しているほうに戻る。
温泉のほうから、きゃっきゃと女性陣のはしゃぐ声が聞こえるような気がした。
……しかし、まさかモンスターを見張りにしてるとはな。
女の子って怖い。
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