第31話 子どもの特権だよな


「やあ。カガミ」

「おや、神さま。ようこそ、お越しくださいました」


 おれは山田村に来ると、イヲンで買ってきたものを並べた。


「明日、使うものだ。朝には来るから、準備だけしていてくれ」

「いつもありがとうございます!」


 畑のほうを見た。

 先日の畝に、びっしりと葉が茂っている。


「しかし、収穫まで早いな。こっちの作物は、みんなこうなのか?」

「いえ。馬鈴薯は、二か月ほどかかります」


 やはり、ここが特別な土地だということだろうか。


「ところで、サチはどうしました?」

「ああ、ちょっと岬と遊んでいる。夜には帰すから、もう少し待ってくれないか?」

「それは構いませんが、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」

「……いや、いい子にしていたぞ」


 この一瞬の間を、勘繰らないでほしい。


「こっちの液体は、油だ。取り扱いには注意してくれ」

「かしこまりました。明日はよろしくお願いします」

「おれの友人が料理を作りに来るから、イトナをゆっくりさせてやってくれ」

「ご配慮、感謝します」


 しばらく、二人で山田村の風景を見ていた。


 最初は、この小屋だけだった。

 それから川が流れ、水路を設置し、いまは水車や井戸も増えている。


 川の下流には、簡易的なトイレも設置されていた。

 今度は、清掃道具でも持ってくるか。


「なあ、カガミ」

「どうしました?」

「今日、サチとアイスというものを食べたんだ。そうしたら、おまえたち両親にも食べさせたいと言っていたよ」

「すみません。そんなものまで……」

「それはいいんだ。それよりも、おれたちの世界に来いと言われたら、おまえは来るか?」


 カガミの返事は早かった。


「いえ。わたしたち夫婦には、それはできません」

「どうして?」

「正直、恐ろしいです」

「……そうだよなあ」


 おれがカガミの立場でも、同じ答えだろう。


「知らない世界に、躊躇いなく踏み込める。子どもの特権だよな」

「なにをおっしゃいます。あなたさまも、同じではありませんか」

「ハハ。じゃあ、おれもまだ子どもだな」


 おれは胸ポケットから、煙草を取り出した。

 今日はサチがいっしょだったから、遠慮していたのだ。


「このまま、一人で死ぬのだと思っていたよ」

「どういうことですか?」

「ただ仕事して、食って寝て、そして老けていくと思っていた。おれが死んでも、きっとなにも残らないのだろうと思っていたんだ」


 吐き出した煙は、遠い森の向こうへと流れていった。


「いまは案外、楽しい」

「それは、わたくしもうれしいです」




 アパートに戻ると、サチが布団の中でうなっていた。


「どうだ?」

「さっき胃薬を飲ませたので、よくなるとは思います」

「今度からは、アイスは一つだぞ」


 もぞもぞと顔を隠してしまった。

 まあ、ケモミミは丸出しなのだが。


「そういえば、岬はイヲンで変な視線を感じなかったか?」

「そりゃ、感じますよ。ハロウィンでもないのに、あんな耳つけてるんですもん」

「そういうんじゃなくて、こう、ずっと同じやつに見られているような」


 視線の主を探していたのだが、さすがに休日のイヲンは混んでいた。

 まあ、被害はないし、おれの気のせいだろう。


 とにもかくにも、明日が楽しみだ。




 翌日は朝から、山田村にやってきた。


 一反ものジャガイモ畑だ。

 そう簡単に収穫できるものではない。

 岬と柳原も、助っ人として参加してくれる。


 サチが出迎えた。


「神さま、巫女さま。そして、えっと……」

「おれの友人の柳原だ」

「神さまのご友人さま! つまり、眷属さまですね!」


 巫女と眷属、どちらが上なのか気になるな。


「まあ、呼び方なんて、なんでもいいけど……」


 そのケモミミと尻尾を見ながら、柳原が言った。


「ケモミミ嬢ちゃん。今日のパンツ何色?」


 さすがに殴って黙らせた。

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