第71話 悠然と微笑んでいた


 12月中旬。

 ついに家が完成した。

 予定よりも一週間遅れたが、それでも現代に比べると驚異的だ。


 その日はスーパーで大量の餅を購入し、お披露目会に出席する。


「でも先輩。なんでこんなにお餅買ってきたんですか?」

「新築を祝うにはこれだろ」


 餅まきだ。


 本当はもっと早い段階でやるべきだし、正式な流儀も知らない。

 まあ、こういうのは心の持ちようだからな。


「いきまーす!」


 サチがチョコアイスに乗って屋上に移動する。

 上から紅白の餅を、ばらばらとまいた。


 特に哭犬族の子どもたちが大興奮だ。

 騎士団の連中も、誰がいちばん多く拾えるか競争している。


「よし、岬。おれたちも行くぞ」

「ええ!? 先輩、年末に響きますよ!」

「ほどほどにするから大丈夫だ」


 会社の後輩に、腰の心配をされる関係になってしまった。


 結局、いちばん多く拾ったのは騎士団の若いやつだった。

 あの温泉を覗こうとしてチョコアイスに食べられそうになったやつ。


 それが終わると、おれたちは棟梁に建物を案内された。

 三日前からすでに住み始めているらしく、各自の荷物なども運び込まれている。


 四棟のうち三棟は、それぞれカガミ一家、騎士団、哭犬族に分かれている。

 4~7部屋ほどの住居区と、囲炉裏のある大部屋が一つ設置されていた。

 サチは初めて一人部屋をもらい、非常に嬉しそうだった。


「しかし、残りの一棟は?」

「ああ、それは山田さまの住居でさあ」


 さすがに驚いた。


「それは嬉しいが、おれにはもったいない」

「そう言わずに。あちらの世界の住居を圧迫しているのを、みなさん気にしてるようで」


 まあ、確かにサチたちが日常的にやってくるようになって、一人で落ち着くスペースはなくなっていたが……。


 カガミたちと話しても、頑として勧めてくるので、ありがたく頂戴することにした。

 気軽に寝泊まりできる別荘と思えば楽しいものだ。


「でも、こんなに立派な家を一人で使うというのも……」


 これもやはり、小部屋が四つもある。

 さすがに独身男性には持て余してしまう。


「岬も一部屋、使わないか?」

「わあい! いいんですか!?」

「この立派な家におれだけというのも寂しいしな」


 ここに寝室があれば、サチたちと遊ぶ時間も増えるだろう。

 あと二部屋あるが、そのうち柳原が私物置き場にするだろうし、安藤だって部屋を欲しがるかもしれない。


「この囲炉裏はどうやって火を起こすんだ?」

「こちらにある炭を灰に埋めて、上に火のついた炭を……」


 そのとき、外からイトナの声がした。


「お食事の用意ができましたよー」


 すっかり風の冷たくなった家の前に、みんなが集まっている。


 さっきの餅を使った料理だ。

 巨大な鍋に、スープが湯気を立てていた。

 先ほどの餅、そして収穫した大根や白菜なども入っている。


「わたくしの故郷の振る舞い飯ですが、お口に合いますかどうか」

「いや、いい香りだ。すごくうまそうだよ」


 口をつけると、すっきりとした味わいのスープだった。

 餅が入ったことで、お雑煮っぽくなっている。


「うん、いいな」

「イトナさん、美味しいです」


 イトナは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」

「惜しかったな。柳原がいれば、きっと興味を持ったろうに」

「では、あとで作り方を……」


 と、袖が引かれた。


「神さま、神さま」


 サチが、なにかを差し出した。


「これをどうぞ」


 草木を編んだ、腕飾りのようだった。


「旅のお守りです」

「……ありがとな。本当は連れて行ってやりたいが、おまえには村の子どもたちを頼む」


 ふるふると首を振った。


「帰ったら、またアイスを食べに連れて行ってくださいね」

「ああ。約束だ」


 腕飾りを受け取った。

 その手が震えていたのには、気づかないふりをした。




 そして年末。


 今年の仕事を納め、同僚たちと飲みに行くことにした。

 岬も誘おうと思ったが、いつの間にかいなくなっていた。


 ……北の村に行く前に、ちゃんと話したかったのだが。


 それなりに楽しい時間を過ごして、アパートに帰宅する。

 ゆったりとタバコを吸って、歯を磨く。

 そういえば、こんな夜は久しぶりだ。


 寝る前に、久しぶりに両親に電話した。

 今年は実家には帰らないこと。

 あと、親父の愚痴などを聞いた。


 相変わらず元気なものだった。

 まあ、「嫁はまだか」という話ばかりは耳に痛かったが。


 それから、岬にメッセージを送った。

 もしものときは、この部屋のことを頼むと。

 残念ながら、返事はなかった。




 早朝、携帯の目覚ましで目を覚ました。


 まだ空は暗い。

 刺すような寒さが堪える。

 やはり岬からの返事はなかった。


 それでも、もう行かなければならない。

 身支度を整えると、火の元や電気を止めて山田村に向かった。


 旅の荷物は向こうの家に運び込んでいる。

 あとは、向こうで合流するだけだ。


 村のほうには、すでにカガミたちが準備を終わらせていた。

 おれの荷物も、すっかり馬に括られている。


「すまん。遅れたか?」

「いえ。そろそろ迎えに行こうと思っていたところです」


 ダリウスとメリルは、分厚いコートのようなものに身を包んでいた。

 安藤の衣服は、おれと似たような感じだ。

 ちなみに彼女はこっちで夜を明かしていた。


「なあ、本当にいいのか?」

「大丈夫だって言ってるじゃん。オッサン、ほんと心配性だねえ」

「でも、年頃の娘さんを預かるんだぞ。ご両親に挨拶をしなくちゃ……」

「うちの親、わたしに興味ないって。それに、なんて言うつもり? おたくの娘さんと一週間ほど旅行に行きます? うっかり通報されたらどうするし」


 まあ、そうなんだけどな。

 とにかくダリウスとメリルに協力してもらい、彼女の身の安全は確保しなければ。


「カガミ。サチたちは?」

「まだ寝ています。昨夜は皆、あまり寝付けなかった様子で……」


 いや、それでいい。

 あいつらの顔を見ると、後ろ髪を引かれてしまうからな。


「ええっと、ダリウス。まず、道なりに進むんだっけ?」

「はい。ここから目的地まで、三つの都市を通過します。そこの宿街で宿泊する予定です」


 とりあえず、野宿の可能性は低いということだろうか。


「馬にかかる重量を揃えるために、山田どのはメリルとお乗りください。安藤どのは、わたくしにお任せを」

「ああ、わかった。メリル、すまないがよろしく頼む」


 彼女はにこりと微笑んだ。


「山田さま。揺れますので、酔ったら先におっしゃってくださいませ。くれぐれも、わたくしの頭に吐きませんように」

「わ、わかった。できるだけ、早めに伝えるようにするよ」


 ダリウスが馬に乗った。

 上から安藤を抱え上げて、自分の前に収める。


「では、参りましょうか」

「ああ、そうだな。メリル、どっちが先に、……いや、待て」


 ふと違和感を覚える。

 先ほどからどうも、みんなが余所余所しい気がしていた。


「や、山田さま?」

「……いや」


 ちら、と安藤の視線が動いたのに気づいた。

 その方向は、おれのために建ててくれた家のほう。


 確かにそっちから、ひとの気配がした。


「そこにいるだろ。出てこい!」


 ある意味で、予想通りだった。

 それが彼女以外なら、ここまでメリルたちが緊張することもないだろう。


 岬が気まずそうに出てきた。

 完全に旅支度を終えている。


 昨夜はこっちにいたのか。

 どうりでメッセージの返信がないわけだ。


「なにしてんだ!?」


 すると、彼女も覚悟を決めたように見つめ返してきた。


「わ、わたしも行きます!」

「だから、ダメだと言っているだろ!」

「わたしは、わたしで行くんです! それならいいじゃないですか!」

「屁理屈を言うな!!」


 ひときわ、大きな声が出た。

 彼女はびくっと震えると、唇を噛んで目を逸らす。


「……すまん」


 くそ、やりすぎた。

 いまのは理性的な対応ではない。


 ダリウスに向いた。

 メンバーでは年長者であり、この旅の責任者だ。


「ダリウス。どういうつもりだ?」

「たっての願いということで、勝手ながら同行を了承しました。最初の都市で合流する予定でしたが、まさか勘づかれるとは……」


 そういうことを言ってるんじゃない!


「馬鹿な! もし危険な状況になったらどうする!?」

「ご安心ください。そのために、最高の護衛をつけます」

「はあ? まさか、おまえの騎士団の若いのじゃないだろうな?」

「いいえ。この村でも、これ以上の人材はございません。それは保証いたします」

「……カガミとサチは、この村から出られないだろう。おまえが不在の間、クレオも離れられないはずだ」

「フッ。山田どのは、もう一人、大事な方をお忘れのようですな」


 そのとき、馬の蹄の音がする。

 振り返ると、おれにとっては予想外の顔があった。


「神さま。ぜひとも、わたくしにお任せくださいな」


 イトナが馬に乗り、悠然と微笑んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る