第91話 これは祭りだぞ!


 ビンゴゲームとは!


 それぞれ25個の数字が、正方向に並べられたカードを手にする。

 主催がくじを行い、表示された数字に穴を開けていく。


 縦・横・斜め。

 場所を問わずに一列が完成したものから上がっていくパーティゲームだ。


 ……というのを、岬が説明してくれた。


『みなさーん。わかりましたかー?』


 はーい、と声が上がる。

 子どもたちには、大人たちがついていた。


『それじゃあ、ゲーム開始の前に景品の発表です!』


 待ってました、と合いの手が飛んだ。


『今回は、合計で10個の景品をご用意しました』


 ででんっ!


 おれたちの後ろのテーブル。

 それを覆っていた黒布が剥がされた。


「まず、キックボードです!」


 おおーっ!

 ……おおっ?


 そんな感じだった。

 まあ、見慣れないものだからそうなるよな。


 岬に促されて、おれが実演してみせる。

 ボードに片足を乗せて、もう片方で大地を蹴った。


 すいーっ。

 すいすいーっ。


 会場を1周する間、みんな無言でじーっと見つめていた。

 ものすごい緊張感の中、岬の場所まで戻る。


 もしかして、ダメだったろうか。


『……と、このように遊ぶものです』


 おおーっ。


 パチパチー、と拍手が起こった。

 オッケーだったようだ。

 よかった。


『続いては、サッカーボールです』


 柳原がリフティングを披露する。

 つま先、膝、つま先、頭、胸、膝……と、器用にボールで遊ぶ。


 子どもたちが、目を輝かせてきゃーきゃー言っている。

 おれのときとの温度差に凹みそうだ。


『このように一人で遊んだり、みんなでサッカーをしたりします。サッカーのルールについては後日、冊子を作成してきますね』


 これは好評のようだった。

 まあ、キックボードよりわかりやすいよな。


『室内ゲームとして、チェス盤と、麻雀ボードです!』


 騎士団の連中が盛り上がった。


「クレオ。どうしたんだ?」

「ああ、チェスはこちらにもあるからな。我らにとっては、非常にありがたい娯楽だ」


 なるほど。

 オセロと迷ったけど、こっちにしてよかったな。


『お母さま方に、柳原さんのお料理アイテム2セットです!』


 エプロンやミトンなどのアイテム詰め合わせだ。

 これが柄によって2セットあるぞ。


『うちの会社の飲んべえ・佐藤部長が選んだ大人の時間セレクション2種!』


 お酒だ。

 甘い果実酒と、ウィスキーの2種類。

 それぞれ、おつまみもついている。


『わたしからは女性用のアクセサリーでーす』


 可愛らしいネックレスだ。

 女性陣がキャーキャー言っているぞ。


『それではお待ちかね、今回の目玉景品です!』


 おおっと歓声が上がる。


 いやでも高まる期待の中、ついに発表された。


『山田村長との、一日デート権です!』


 ――シーン。


 これまでの盛り上がりが嘘のような沈黙。

 あまりに予想できすぎる結果だ。

 どこの世界に、おっさんとデートしたがるやつがいるんだ。


「だから言ったじゃないか」


 発案者の岬は、しかし不敵に笑っている。


「フフフ。甘いですね。激甘です」

「え、なにが?」

「この景品の本当の魅力に気づくのは、果たして誰でしょうか」


 なんだと?

 まさか、おれがカモフラージュだとでもいうのか。


『では、さっそくくじを行います!』


 ジャガジャガジャン!


 柳原のギターに合わせて、箱に腕を入れる。


 がさごそ、がさごそ。


『7番だ!』


 一拍おいて……。


 おぉ~。


 感嘆やら残念やらのため息。

 なんか変な緊張感があって怖いな。


 ……サチの尻尾が垂れているので、どうやら外れだったらしい。


『それでは、次々いっちゃいましょう!』


 それから、五回目のくじ。

 さっそく挙手があった。


「当たりましたあー!」


 クレオの騎士団の若いのだ。

 跳ねるように走ってきた。


「よし、ちゃんと合っているな」

「アザーッス!」

「景品はどれにするんだ?」

「コレッス!」


 予想に反して、キックボードだった。


「チェス盤じゃないのか?」

「ウス! おれ、これがいいッス!」


 無邪気な笑顔で乗っていった。

 おれが選んだやつだから、ちょっと嬉しい。


 お祝いの拍手の中、次のくじを選ぶ。


『ええっと、21だ!』


 挙手。


 しかも、二つ。


「おや、これはまた」

「うふふ。不思議な縁ですねえ」


 ダリウスと、イトナだ。


 二人のカードを確認。

 どっちも問題ない。


『同着の場合は、希望の景品を《せーの!》で申告してくださーい』


 岬の言葉に、二人がうなずいていた。


「ふむ、同じものでなければよいのですが」

「そうですねえ。平和が一番です」


 にこやかな、二人の笑顔。

 その瞳の奥に、なんだか怖い影を見た気がする。


 ……なんか、先の展開が予想できる気がするぞ。



 せーのっ!



「ウィスキーセットを頂戴しよう」

「ウィスキーセットをいただきます」



 ――バチバチィ!!



 凄まじい火花が散った気がする。

 あまりの気迫に、前方にいた騎士団の若いやつらが卒倒した。


「おい、担架!」

「救護隊、急げ!」


 数名が物理的にリタイアした。

 後日、お見舞いのお菓子を持って行こう。


「おい、落ち着け! これは祭りだぞ!」


 すると、二人は穏やかな表情でうなずいた。


「ええ。お祭りですとも」

「お祭りですからねえ」


 にこり、と微笑み合う。


「お祭り故に、負けるわけにはいきませんなァ」

「うふふ。久しぶりに腕が鳴りますねえ」


 こいつら大人げない!

 めっちゃ大人げないぞ!


 クレオ、カガミ、おまえたち止めて……。


「老師、我が騎士団の威信にかけて!」

「イトナ、負けるなよー!」


 率先して煽るんじゃないよ!


「やあ。おもしろいことになってるじゃないか」


 おっと、このしわがれた声は……。


「ヤギの爺さんか」


 トトの商隊の駐屯員さんだ。

 いつも村にいないから心配してたんだぞ。


「おれは『風』だ。風は見えんもんだろう?」

「おお、確かに」

「……そう真面目に返されると、こっちが恥ずかしくなる」


 ちょっと照れている。

 難しいな。


「でも、どうして出てきた?」

「ビンゴだ」

「ちゃっかり参加していたのか」


 カードを受け取った。

 確かに一列、空いている。


「この景品には興味がある。商会への土産として、是非ほしい」

「もちろん。ただし、あっちの二人が収まってからな」

「ハッハ。血の気の多いやつらだ」

「ほんとに喧嘩しそうだぞ。どうにかならんのか?」

「こっちの祭りは、むしろ酔ってからが本番みたいなところがあるからな」


 その間にも、二人の空気は熱くなっていく。


 ダリウスは巨大な斧を担いでいた。

 その斧が燃えるように赤く光っている。


 イトナは指先を噛み、その血で額に文様を描いた。

 力を封印されてもなお、可視化されるほどの怒濤のオーラが噴き出している。


「フッ。この魔導瀑斧をまた振るう日がくるとは思いませんでしたな」

「わたくしも、この忌まわしき血の結界を解く日がこようとは思いませんでした」


 なんか格好いいこと言ってる。

 そういうのは北の旅で捕まったときに使ってほしかった。


 このままではまずい。

 ウィスキーセットは仲よく飲むためのものなのに!


「ま、待ってくれ!!」


 間に割って入った。

 二人は衝突の寸前、ピタリと止まる。


 シーンと静まった空気。

 その中で、おれはやけくそに叫んだ。



「う、腕相撲だ!!」



 イトナが勝った。

 お母さんの底力すごい。


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