第38話 それはできない


「ちょうど、晩御飯の用意ができたのですけど」


 同時に、香ばしい香りも漂う。


「これは?」

「先日、帰り際に眷属さまから教わりました。なんでも、ジャーマンポテトというものらしいです」

「へえ。いい感じじゃないか」


 いつの間にオリーブオイルなども置いていったのか。


 まあ、それはどうでもいいか。

 やはりこの村のジャガイモは甘くてうまいな。


 それに、モグラの肉も前よりずっと香ばしかった。

 収穫祭のとき、柳原が臭みをとる処理をしていったらしい。


「今度、玉ねぎを植えようと思うんだ。あと、ニンニクも。その二つを刻んで入れると、もっとうまくなるぞ」

「わ、すごく楽しみです!!」

「サチ。おまえ、けっこう食いしん坊だな」

「そ、そんなことありません!」

「悪いことじゃないよ。子どもはよく食って、カガミたちの手伝いをしてやってくれ」

「だから、子ども扱いしないでください。わたしはレディーです!」


 と、トトと目が合う。


「おまえもどうだ。どうせ、今日はなにも食ってないんだろ?」


 それに答えるように、腹の音が鳴る。


「こ、コホン。それでは、お言葉に甘えまして……」


 ポテトをつまんで、口に運ぶ。


「ぶふっ!?」


 いきなり噴き出した。


「うわ、汚い。なんだ、そのリアクションは?」

「い、いえ。あまりの味に、驚いてしまいまして……」

「もしかして、口に合わなかったのか?」

「逆ですよ!! なんですか、このものすごく美味しいものは!?」


 イトナと目を合わせる。


「この前のジャガイモだよな?」

「ええ。そうです」


 トトは猛烈な勢いで、それを口にかきこんでいた。


「ほ、本当に、ジャガイモ、ですよね?」

「別に、普通のジャガイモだろ」

「普通ではありません。よろしければ、見せていただきたい!」

「見せるもなにも、そっちの奥に積んでるだろ?」


 小屋の隅に保存されたジャガイモの山。


 トトは飛びつくと、一つを手に取った。


 何の変哲もないジャガイモだ。

 しげしげと見回し、くんくんと匂いを嗅ぐ。


 桶の水をすくうと、それを洗った。

 そして、生のままかぶりつく。


 がり、ごり、と固そう咀嚼している。

 しかし、その目は輝いていた。


「……とてつもない甘みです。これは、まるで果物のようですね」


 そういえば、柳原も同じようなことを言っていたな。


「気に入ったのか?」

「そういうレベルではありません。なにをしたら、このような味に?」

「そこの畑で、普通に収穫しただけだぞ」


 トトは慌てて飛び出した。

 それを追って小屋を出ると、なんと彼は畑の土を口に入れていた。


「おまえ、なにしてんだ!?」

「やはり普通の土ではありませんね」

「どういう意味だ?」


 小屋に戻ると、トトは説明する。


「この大陸には、魔力の吹き溜まりが発生する場所があります。そして、そこにはモンスターが徘徊するようになる。なぜだか、ご存知ですか?」

「いや、知らんな」

「魔力の満ちた土地の作物は、他の土地のものと比べて、はるかに味がよい。モンスターはそれを食べることで、強大な力を得るのです」

「ははあ。わかったぞ。ここにもモンスターが出るということは、近くにその魔力の吹き溜まりがあるんだな?」

「その通りです。おそらくは、あの不吉な気配に満ちた森でしょう。その魔力の影響で、あの畑で収穫したジャガイモが、これほどの味になったのです」

「ふうん。じゃあ、あのモンスターたちは、この作物を狙ってきているのか」


 トトが、ずずいっと近寄ってくる。


「そこで、ご提案がございます」

「なんだ?」


 トトは不敵な笑みを浮かべ、それを告げた。


「このジャガイモを、ぜひ取引させていただきたい」


 おれはカガミたちを一瞥すると、はっきりと返事をした。


「すまん。それはできない」

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