第37話 いい友だちだよな?


 さて、今日もなんとか定時に上がれた。


 急いで荷物を片付ける。

 ちょうど、岬も帰りのようだった。


「先輩。その商人さん、どうしてるんですか?」

「とりあえず、今日はカガミの家で面倒を見てもらってるんだが」

「へえ。仲よくなってるといいですねえ」

「……おれも、そう思うよ」


 アパートに帰り、山田村へと向かった。


 いつもと同じような、のどかな風景。

 畑を耕していたカガミが、こちらに気づいた。


「神さま、ようこそ」

「トトはどうしてる?」

「ああ、商人の彼なら……」


 ちら、と小屋のほうを見た。


 小屋に入った。


「ぐるるるる……!」

「ひ、ひい。よ、寄るな。寄らないで……」


 年端もいかない少女が、ネコ顔の青年を隅に追いやっている。

 その光景に、なんだか悲しいものを感じた。


「こら、サチ。あんまり怖がらせるな」

「あ、神さま! こんばんは!」


 はい、こんばんは。

 サチは挨拶ができてえらいね。


「追い立てたらダメだろ?」

「でも、このひと、ひどいんですよ! お父さんたちを、悪いひとみたいに言うんです!」

「それは、世間の噂だからしょうがないんだ。サチたちが、そういう月狼族じゃないってわかってもらうことが大事なんだぞ」

「うー。神さまの言うこと、ときどき難しくてわからないです」


 まあ、まだ子どもだからな。


「さて、トト。気分はどうだ?」

「い、生きた心地はしていませんね」

「おまえが変なこと言うから、サチが怒るんだ」

「しかし、月狼族は……」


 おれが睨むと、彼はひっと身をすくめる。


「カガミたちが、おまえに危害を加えたのか?」

「い、いえ。とても、丁重に接していただいております」

「それが真実だ。おまえも変な色眼鏡を使わないで、ちゃんと見てやれ」

「……わかりました」


 彼が居住まいを正したところで、カガミたちが戻ってきた。

 おれ⇔サチ⇔カガミの配置で、トトの話を聞くことにする。


「改めまして、わたくしはトトと申します。共和国領の北方を中心に品物を取り扱っております。以後、お見知りおきを」

「北方の商人が、なぜ、こんな南のほうに?」

「ここから西の都市【ケスロー】に金の匂いを感じ、はるばる足を延ばした次第です。しかし完全に骨折り損でした。手土産もなしに帰るのは癪だと思っていたところ、こちらにまた金の匂いを感じまして」


 ずいぶんと冒険者肌のようだった。


「【ケスロー】というのは、西にある都市のことか?」

「はい。小さいながらも、よき領主のもとで栄える都市です。ご存じない?」

「ああ、おれは、ここらの人間じゃないからな」


 どうやら、ドームで見た国の名前で間違いないようだ。


「ここに金になりそうなものはあったか?」

「それが、まったく。集落があるならまだしも、一家のみで生活している場所に、金の生る木があるはずもありません」

「ふうん。そりゃ、すまなかったな」

「しかも、ここらはモンスターの出る危険地域です。確かに月狼族でもなければ、こんな場所に住むことはできないでしょう。ああ、いや、いまのは誉め言葉として言ったのです。誤解なきように」


 イトナが夕餉の準備を進めている。

 炒めたジャガイモのいい香りが充満していた。


「モンスターってのは、普通に出現するものじゃないのか?」

「当然でしょう。おぞましい怪物が町に現れてたまるものですか」


 あのモグラ、けっこう可愛いのに。


「仮に出現したら、どうするんだ?」

「もし人里に出現すれば、傭兵ギルドのほうに討伐依頼が出ます。それが失敗した場合、軍が討伐隊を組織します」

「ずいぶん大がかりなんだな」

「むしろ、なぜモンスターの出現区域にいるのに、そんなに緊張感がないのか不思議でしょうがないですよ」

「カガミたちが倒してくれるからな。この前も、おれたちを助けてくれたんだぞ」


 どや顔のサチの頭を、なでなでしてやる。

 ご機嫌に尻尾を振ると、それが背中に当たって気持ちいい。


「しかし、驚きました」

「どうした?」

「最初は、あなたが彼らの奴隷か食糧かと思っていましたが、まさか月狼族を従える人間がいるとは……」

「おい、おれは別に従えちゃいないぞ。たまに畑仕事を手伝ってるだけだ」


 サチが尻尾をなでてほしそうにしている。

 それをなでてやりながら、彼女に同意を求める。


「おれたち、いい友だちだよな?」

「はい! 神さまとはお友だちです!」


 なぜかトトが、悲しそうな顔で見つめる。


「……できれば、もっと別の形で出会いたかったような気がしますな」


 その言葉は小さく、よく聞こえなかった。


「なにか言ったか?」

「いえ。なんでもありません。それでは、わたくしはこれでお暇させていただきます」


 そう言って、立ち上がろうとする。


「え、帰るのか?」

「はい。できれば、明日の朝には北の町に着きたい」

「もうすぐ夜になるぞ。危ないんじゃないか?」

「わたくしは夜目が利きます。それに元は傭兵の出身ですので、野盗などに後れを取ることはありません」


 なかなかの自信家だ。

 そうでもなければ、一人で国境まで来ることもないのだろう。


「あ、ちょっと、お待ちを」


 そのとき、イトナが呼び止めた。

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