第39話 会えるのを楽しみにしているよ


「な、なぜですか!!!?」

「いや、なぜと言われても……」

「お金なら、いくらでもご用意いたします!」

「いや、金額の問題じゃなくてな」


 ため息をついた。

 まさか、ジャガイモに食いついてくるとは思わなかった。


「これは、カガミたちの冬越しのための食糧だ。この土地での初めての冬越しだから、しっかりと確保しておきたいんだ」

「そこを何とか!!」

「だから、無理だって」


 本当のところを言えば、取引をしてやりたい。


 それにカガミたちのためにもなる。

 食糧だけでなく、金を持っていたほうがいい場面もあるだろう。


 この畑は、一週間でジャガイモが収穫できる。

 次の週末に植えればいいとも思ったが、実はそれも難しい。


 なぜなら、種芋がもうないのだ。


 季節ものの苗は、思ったよりも早く市場から消えていく。

 おれも先日、新しい肥料を買いに行ったとき、もうないのかと驚いた。


 ジャガイモの芽を出すのにも、長い準備が必要らしい。

 この家族のためを考えると、この時期からそんな博打に手を出すことはできない。


「……春じゃダメか?」


 おれの言葉に、トトが反応した。


「冬が終わったら、春植えのジャガイモを育てるつもりだった。それなら、あんたと取引する分を確保すると約束しよう」

「…………」


 トトは難しい顔で考え込んでいる。

 それほど、春に足を延ばしてくるのが難しいのだろうか。


 そういえば、彼は共和国領の北のほうで暮らしていると言っていた。

 おれの想像よりも、ずっと長い旅路になるのかもしれない。


 やがて、トトがつぶやいた。


「……どうやら、わたくしも腹を決めるしかないようですね」


 どういう意味だろうか。

 なんだか、予想とは違うニュアンスを感じるが。


「では、春植えの馬鈴薯を取引させていただきたい」

「ああ、ありがとう。こっちも助かるよ」

「ただ、一つだけ、条件というか、お願いが……」


 もしかして、ぼったくろうというのだろうか。

 やや警戒していると、トトは苦笑しながら首を振る。


「いいえ。金額のことではありません。この村の作物の取引を独占する権利を、わたくしに頂戴したいのです」

「へえ。そんなに、ここの作物が気に入ったのか」

「ええ。この土地には、その価値があると見ました」


 光栄だ。


 だが、はいそうですか、と契約を結ぶわけにもいかない。

 そのくらいは、おれだってわかる。


「ここは辺境だ。買い叩かれる可能性もあるだろう」

「では、毎回、そちらさまの代表と市場に赴き、そこで卸した金を確認するという手はずを整えます」

「そ、それは、ちょっと……」


 おれはずっと、ここにいるだけではないのだ。


「……では、とりあえずは、口約束で結構です。春にまた来ますので、そちらさまの納得できる形を出しましょう。そのときにまた、返事をお聞かせください」

「わ、わかった。そうしてくれ」


 トトは再び、ポテトを口に運ぶ。

 それを飲み込むと、小さくため息をつく。


「ああ、名残惜しいですが、そろそろ発たなければ……」

「そうか。じゃあ、また春に会えるのを楽しみにしているよ」


 彼は身支度を整えると、小屋を出ようとした。

 その背中に、サチが包みを差し出した。


「あの、これをどうぞ」


 それは蒸かしたジャガイモだった。

 冷たくなっているから、きっと昼間に食べたのだろう。


 それを受け取ると、サチの肩に手を置いた。


「ありがとう。そして、すみませんでした。わたくしは職業柄、ひとを疑うことに慣れてしまったもので」

「い、いえ。わたしこそ、怖がらせてごめんなさい」


 トトは馬車に乗ると、夜の闇へと消えていった。


 それを見送ったあと、おれはカガミたちに頭を下げる。


「……すまん。勝手に話を進めてしまった。おまえたちの畑なのにな」

「いいえ。わたくしも、あれほどに惚れてくれたのなら、それもいいと思っておりました」

「ありがとう。じゃあ、春までに、畑を大きくしなくちゃな」

「ええ、頑張りましょう」


 カガミはそっと、トトの消えた方角を見た。


「しかし、どうも気になります」

「どうした?」

「あの商人の態度、なにかを隠しているような……」


 それは、おれも感じていた。

 ただ、それが『あのようなこと』だとは、このときは思いもしなかった。

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