第99話 『モグラ デート』で検索すると


 アパートの前だ。

 初めての現代社会。

 ミニアイスに動揺は見られない。


 さすが魔の森の王者の風格だ。

 ぽけーっとしているだけとも言う。


「さて、具体的なデートプランだが……」


 これについては、ものすごく悩んだ。

 さすがにモグラとのデートを想定したことはなかった。


 試しに同僚の水戸部にも聞いてみた。

 おまえ舐めてんのかって怒られた。

 気持ちはわかるけど、ちょっと言いすぎだと思う。


 さすがのグーグル先生もお手上げだった。

 ちなみに『モグラ デート』で検索すると、モグラの巣穴を観察できる動物園を教えてくれるぞ!


「行ってみたいところ、あるか?」

『キュイッ』


 わからん。

 山田村なら、なんとなく言ってることがわかるんだけど。


「じゃあ、まずはイヲンだ!」

『…………』


 あ、興味ないな。

 これなら、わかりそうだ。


「映画!」

『…………』

「お洋服のショッピング!」

『…………』

「遊園地!」

『…………』

「じゃあ、ぶらぶら散歩!」

『キュイ』


 手応えあり。

 でも、どこか物足りなさそうだ。


「……アスレチック?」

『…………』

「ご飯?」

『キュイッ!』


 近所をぶらぶら散歩しながら、おいしいものを食べる。


 Q.E.D.かく示された

 けっこう単純だったな。


「でも、そんなのでいいのか?」


 せっかくだし、もっと刺激的なところでもいいんだけど。


『キュイッ!』


 いいらしい。

 まあ、本人がそう言うんだし。


 じゃあ、さっそくおいしいものを目指して行くぞ!



 ***



「というわけで来たぞ」

「いや、来んなよ」


 柳原がものすごく面倒くさそうに言った。

 もちろん『洋食YANAGI』だ。


『キュイッ!』

「おまえ、小っこくなったなあ」


 わしゃわしゃとお腹をなでられている。

 ちょうどいいサイズになったせいで、一気にモフモフアイドル序列に食い込んできたな。


「電車は?」

「歩いてきた」

「おまえ、一時間以上あるぞ」

「そうなんだよ。ちょっと疲れた。休憩させてくれ」

「アポなしで押しかけておいて、なにを当然のように……」


 いい機会だから、どんなもんかと挑戦してみたんだけど。

 やっぱり、事前に下調べはしておくべきだった。


「しかし、お客さんが一人もいないな」

「GWは夜の貸し切り営業だけ」

「なんでだ?」

「この時期は、家族連れがアホみたいに増えるからな」

「ああ、なるほど」


 柳原は子どもが苦手なのだ。

 いや、子どもというよりも『外食に浮かれている子ども』が苦手というか。


「まったく。あのガキどもが。大して味もわからねえくせに『少ねえ!』じゃねえよ。山盛りパスタが食いてえなら、スーパーの冷凍食品でもチンしてろ!」

「お手頃価格のお店は大変だなあ」

「言っとくけど、おれから見たらおまえも同族だからな」

「マジか」


 ちょっぴりショックだ。


「じゃあ、いまは休憩して大丈夫だな」

「どこをどう解釈したら、そんな前向きな結論になるんだ?」

「お客さんいないんだろ?」

「おれは仕込みの途中だ」

「頼むよ。脚ががくがくなんだ」

「タクシーでも拾って帰れ」

「それじゃあデートにならんだろ」

「意味がわからん」


 結局、入れてくれた。

 柳原っていいやつだよなあ。


「はい、烏龍茶。ピッチャーごとやるから自分で注げ」

「ありがとな」


 隅っこのテーブル席で、ミニアイスと向かい合った。

 おお、すごくデートっぽいぞ。


「ミニアイス。どれ食べたい?」

『キュイッ!』


 柳原が適当に盛り合わせてくれたディップサラダ。

 それを、3種類の特製ソースでいただくぞ。


 まずは厳選した新鮮玉子のマヨソースだ。

 お酢の風味が強いので、いくらでもいけてしまう。


「どうだ。ミニアイス?」

『キュイッ!』


 ご満悦だ。

 山田村の野菜ではなくとも、ミニアイスの舌を唸らせるのはさすがだな。


「次は、味噌ソースだな」

『キュイッ』


 これはマヨソースとは違って、完全にこってり系だ。

 コク深く、野菜なのにものすごい充足感を与えてくれるな。


「最後のこれは……唐辛子ソースか?」

『キュイッ』


 ものすごく赤いぞ。

 こんなに辛そうで大丈夫なのか?


「いけそうか?」

『キュキュ……』


 ニンジンスティックの先端につけて、ミニアイスに差し出す。

 ぺろりと舐めてみた。


『ギュッ!?』


 ミニアイスが硬直した。

 びたーん、と椅子に倒れてしまう。


「み、ミニアイス!」

「大丈夫だ。慌てるな」

「だ、大丈夫って、そんな馬鹿な……」


 あまりの辛さに、身体が真っ赤になってるじゃないか。

 これではチョコアイスではなく、イチゴアイスだ!


「あれ?」

『キュキュ……』


 起き上がったぞ。

 再び唐辛子ソースを口にした。


「お、おい。やめておいたほうが……おや?」

『キュッキュッキュッ!』


 もっもっもっもっ。


 ものすごい勢いで食べていく!

 どうしたんだ!?


「やっぱり、こいつは『そっち側』だったか」

「柳原。どういう意味だ?」

「この唐辛子ソースは、おれの遊び心から生まれた奇跡のレシピ。合わないやつはとことんダメだが、一瞬でも『うまい』と感じると、これ以外は受け付けなくなるほどの中毒性を持つ」


 とんでもない兵器だった。

 なんでそんなものがあるんだよ。


「かつて一人の客が、これのせいで嫁さんの食事を受け付けなくなり、挙句に離婚したことで封印されたんだ。今日みたいな貸し切りのときだけ復活する裏メニューだな。常連の間では『悪魔のディップ』と呼ばれている」

「そんなもの説明なしに出すなよ!」

「久しぶりだから、ちゃんと作れてるか心配でな。舌が馬鹿になるから、自分じゃ試せないんだよ。ありがとさん」

「最初から毒味させるつもりだったな!?」


 ミニアイスがすごいことになっている。

 野菜がなくなっても、ソースをペロペロなめていた。

 目の色が明らかにおかしいぞ。


「ミニアイス! 気を確かに!」

『ギュギュギュギュ!!』


 痛い、痛い。

 お皿と引き離そうとすると、ものすごく抵抗してくる。


「や、柳原。ミニアイスを連れて帰る。ありがとな!」

「待て、山田!」


 ものすごく緊迫感のある表情で止められた。

 その懐から、なにかを取り出そうとする。


 もしかして、唐辛子ソースの中毒を止めるお薬でも……。


「場所代込みで、7千円だ!」

「…………」


 ただの伝票だった。

 デートって高くつくよなあ。

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