第53話 チュートリアルをクリアしました


「……つまり、あんたの下につけ、ということか?」


 領主は首を振った。


「その言い方は、あまり好きではないな。提携と考えてほしい。あの地は領土ではあるが、【魔の森】のせいで手に負えずに浮いている状態だ。その管理を、そちらの村に任せたい。それに我々と提携すれば、いろいろな支援が可能になる」

「支援、とは?」

「まずは、こちらの領民を移住させることができる。そうすれば、そちらの村の発展に協力できる。たとえば、畑を広げたり、出荷などの経路を確保したり、あるいは今回の被害で失った家を建て直したり……」


 それは純粋にありがたいと思った。

 小屋がなくなったのはもちろん、農作物の保管室なども欲しいとは思っていた。


 それに、今回のことで思った。

 おれだけでは、どうしても手に負えない場面も出てくるだろう。

 そのときに、すぐに協力できる隣人がいたほうがいい。


 なにより、そんなに有給が多い会社でもないのだ。


「しかし、どうして、そこまで?」

「きみたちの功績に報いたい、というのもあるが、実はトトという商人との約束でね。今回の戦争で出資してもらう代わりに、そちらの村への支援を約束した」

「そういえば、うちのジャガイモをいたく気に入っていたな」

「ああ。それに関しては、わたしも興味がある」

「じゃあ、春に収穫したのを持って来よう」


 あいにく、保存していたジャガイモはつぶれてしまった。


「他には、なにが変わるんだ? おれが代表だが、あれはカガミ一家の村だ。彼らに不利益があっては困るんだが」

「それについては心配はいらない。税なども発生すると思うが、そこはうまくやろう。英雄から資源をとろうとなどは思わないよ」


 それについては安心した。

 いま山田村には払えるものはないのだ。


「あとは、領地とすれば騎士団を駐屯させることができる」

「……ああ、なるほど」


 この申し出の本当の目的が見えた。


「カガミを、村で生活できるようにしてくれるということか?」

「その通りだ。帝国が【魔の森】を越えるとわかった以上、こちらにも警戒が必要だ。その役目を担ってほしい」


 確かに警備兵として、これ以上の存在はいないだろう。


「……でも、おれの一存では返答できない。カガミたちに確認を取って、改めて返事をさせてもらおう」

「ああ、わかった」

「しかし、騎士団を駐屯させるのは構わないが、あまり物騒な連中は困る」

「それについては、すでに決めている」


 そこで執務室の扉が開いた。

 振り返ると、真っ白なドレスをまとった少女がいた。


 よほど間抜けな顔をしていたのだろう。

 少女のうしろに控えるメリルが、可笑しそうに口元を押さえている。


「……く、クレオ、か?」

「ああ。その節は、世話になった」


 領主が歩み寄ると、彼女の肩に手を置いた。


「我が娘の隊を、そちらに預けようと思っている。お転婆だが、誠実な子だ」


 クレオが恥ずかしそうに顔を背ける。


「……前向きに検討してくれると、助かる」


 おれは無言で、こくこくとうなずいた。


 ……女だったのか、という言葉は、しっかりと飲み込んだ。




 すまん、嘘だ。

 ばっちり口に出してしまったし、そのせいで左頬には真っ赤な手のひらのあとがついてしまっていた。


「……先輩。まさか、気づいてなかったんですか?」

「なんで気づけるんだ!? 普通、男だと思うだろ!」


 柳原に助けを求めるが、やつは素っ気なく視線を逸らした。


 凱旋式に祝勝会。

 カガミの騎士の拝命式も無事に行われた。


 岬は独身の騎士たちによくナンパされていた。

 柳原は婦女子からの誘いよりも酒のほうに興味津々だった。

 うっかりお酒を飲んだサチが神獣化してしまって騒ぎになったが、それも過ぎれば笑い話だ。


 領主の屋敷に一泊して、おれたちは山田村へと戻った。


 カガミ一家の意思で、領主からの申し出は受け入れられた。

 すぐにでも人員を送り、村の復興に着手してくれるという。


 しばらくは、サチたちはおれのアパートで寝泊まりが決まっている。

 まあ、岬もいるし、楽しい時間になるだろう。


 今回のクエストで、いろいろな変化があった。


 人員が増えれば、それだけ食料も必要だ。

 いよいよ本格的に農業に着手しないと、さすがにおにぎりだけで全員分を養うことは不可能だ。

 なにより冬に備えての蓄えがあまりに心もとない。


 これからは考えて増設や増築に取り組まなくてはいけないし、トトとの商売も見据えなければならない。

 そしてなにより、いざというときに戦うための準備も必要だ。

 またこのようなことが起こらないとも限らないのだ。


 しかし、なによりも……。


「……こいつ、どうするんだ?」

「ううん。まあ、大人しいし、放っておいていいんじゃないですか?」


 柳原のマッシュポテトを気に入ったモグラが居座ってしまった。

 こっちの小屋も用意してもらわなければならない。


 おれたちはアパートに戻った。

 貴族の屋敷の大きな部屋もいいが、やはりおれにはこの四畳半のほうが落ち着く。


「あ、先輩。見てくださいよ」


 ガラスのドームに変化があった。



―メインクエスト【都市との協定】をクリアしました―


―ボーナスポイントが支給されます―


―増築が可能になります(3)―

◆温泉

◆水路(拡大)

◆水車小屋

◆運搬路

◆伐採所

◆炉



 ちょっと増えたなあ。

 感心しながら見ていると、岬が後ろから覗き込んだ。


「先輩、温泉! 次は絶対に温泉!!」

「わかった、わかった。おまえも頑張ってくれたからな」

「神さま、わたしはお酒をつくる場所が欲しいです!」

「それはないから無理」

「あうう……」


 ずいぶんと気に入ったらしい。

 まあ、まずは慣れることから始めよう。

 昨日みたいに、飲むたびに神獣になるのは困るからな。


 やることは山積みだな。

 でもまあ、しばらくはのんびりさせてほしいものだ。






―チュートリアルをクリアしました―



―引き続き、村での生活をお楽しみください―


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