第44話 新鮮な反応だった
カガミが北の町に向かって、数日が経った。
おれにできるのは、これまでと同じだ。
変化としては、岬が平日も一家の様子を見るために来てくれるようになったことだ。
これは正直、ありがたい。
おれはメンタル面でのケアが苦手だ。
仕事ならどうとでもなるが、家族に関することは苦手だ。
たとえ神さまと慕われていようとも、自分のために戦争に向かった父親がいない寂しさを埋めることなどできはしない。
そう思うと、おれはあくまで隣人であり、家族ではないのだと思わざるを――。
「さっちゃん。お醤油とって」
「はい。どうぞ!」
「アハハ。これはソースだよ」
「むう。難しいです」
「巫女さま。お湯、お先にいただきました」
「はーい。さっちゃん、あとでいっしょに入ろうか」
「ええ!? は、恥ずかしいです」
「うへへへ。よいではないか、よいではないか」
「きゃー。おだいかんさまー」
くつろぎすぎだ。
この平常運転はなんなのだ。
戦地に赴いてるカガミを思うと泣けてくる。
「そもそも、どうしておれの部屋にいるんだ?」
「だって、夜に女性だけとか危ないじゃないですか」
正論だ。
正論だが、めっちゃ狭い。
この四畳半にぎゅうぎゅう詰めだ。
ちょっと無理があるだろう。
「おれは柳原のところに泊めてもらうよ」
「ダメですよ、先輩。さっちゃんたちが気を使うじゃないですか」
「でも、こんなすし詰めでは休めないだろ」
「あとで人生ゲームするので、人数は多いほうがいいです」
本音が出たな。
変な荷物を抱えていると思ったら、アナログ版を買ってきたらしい。
「じゃあ、おれがあっちで休むよ」
するとイトナが慌てて止めた。
「神さま。モンスター出たら大変です!」
そういえば、そうだったな。
「あの周辺のモンスターは、どんなのがいるんだ?」
「種類としては、あのモグラしか見たことはありません」
「ふうん。ちなみに、どのくらい生息しているんだ?」
「それは森の中に入ったことはないので、なんとも」
「じゃあ、討伐はしないのか? おまえたちなら、やつらを倒せるんだろ?」
「普段は地中に隠れていますので、手出しができないんです」
「じゃあ、出てきたときに倒すしかないということか」
「はい。あの森には食料になるような動物が少なく、縄張り争いに負けた個体が餌を求めて周囲に出てくるのです」
つまり、あのモグラたちは、畑の作物を狙っていたということだ。
モンスターも大変だなあ。
人間よりも強くても、さらなる生存競争があるようだ。
「まあ、それはわかったとして……」
おれたちは、部屋の隅を見た。
そこにはメイド服の少女がいた。
真っ青な顔で、がたがたと震えている。
「もうちょっと、楽にしてほしいんだが……」
「い、いいい、いえ。お気遣いなく……」
そんなに震える少女に、気を遣うなというほうが無理なのだが。
「ええっと、名前は……」
「め、メリル、と申します」
「メリル。おまえも大変だな」
「ご、ごご、ご主人さまのご命令ですので……」
ちなみに彼女は、クレオ付きのメイドらしい。
カガミの身の安全を示すために、向こうが連れてきた『人質』だ。
見覚えあるなあ、と思ったら、あのサイドエピソードのメイドだった。
「そんなに怖がらなくていいんだぞ?」
「む、むむ、無理です。ここは、いったい、なんですか!?」
サチたちは適応力がすごかったから、新鮮な反応だった。
「ここは、おれたちの世界だ」
「や、山田さまは、異世界人、だったのですか!?」
「まあ、そういうことになるな」
クレオの命令だろうけど、さま付けはやめてほしい。
「な、納得できました。きっと、異世界の技術で、そちらの月狼族の方々の信頼を得たのでしょう。感服しました」
「そ、そうなのか……?」
おにぎりとか投げ込んでいただけのような気もするけど。
「そうなんですよ! 神さまはすごいんです!」
サチがキラキラした目で、すごくどやっている。
こっ恥ずかしくて死にそうだ。
「まあ、いい。とにかく、いろいろ聞きたいことがある」
「わ、わたしにお答えできる範囲でしたら……」
おれは引き出しを開けると、それを取り出した。
「おまえ、寝るときは枕ないとダメなタイプか? うちには、もう予備がないんだ」
「…………」
ちなみに、枕がなくても熟睡できるタイプだった。
そして長い夜を経て、翌朝。
「どうぞ。お口に合うかわかりませんが……」
「おお。ありがとう」
テーブルに並べられた朝食を見渡した。
買い置きのパンに、スクランブルエッグ、そして白いスープだ。
スープを取って、香りを確かめる。
よく知った甘い香りがした。
「こっちのスープは、牛乳だな」
「はい。わたしの故郷で、朝食に出るものです。冷蔵庫、というものにあったものを使わせていただきました」
しかし、牛乳のスープなんて初めてだ。
恐る恐る、口をつける。
「……へえ。うまいと思うぞ」
とても薄いシチューという感じだ。
彼女はホッと微笑んだ。
「よかったです。そちらの卵料理を溶かし、パンに浸して食べるのが一般的です」
昨夜と比べて、だいぶ落ち着いてくれたようだ。
それに比べて……。
「おまえら。いい加減、起きろ」
おれたちの周囲に、ぎゅうぎゅう詰めで眠る死屍累々。
具体的には、会社の後輩と、ケモミミ少女と、ケモミミお母さんだ。
昨晩、ずいぶん遅くまで遊んでいたからな。
「う、うへへへ……」
岬が幸せそうな顔で、サチの尻尾を抱き枕にしている。
非常にだらしない顔をしていた。
対して、サチのほうは……。
「うう、ううう。尻尾がああ、尻尾があああ」
……すごくうなされている。
夢の中で、どんな仕打ちを受けているのか。
すごく気になります。
しかし、イトナは静かなものだなあ。
他人の妻をガン見するのは気が引けるので、それ以上は言及しないが。
「おまえたちも、はやく朝食を済ませろよ」
のろのろと起き上がった面々に言う。
今日は、山田村の収穫の日だからな。
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