第22話 クエストを達成しました


「結局、ジャガイモにするんですか?」


 岬の言葉に、おれはうなずいた。


「大学の友人が、飲食店を経営しているんだ。自家製のハーブとか育ててるから、そっちに意見を仰いでみた」

「それで、ジャガイモ?」

「向こうも慣れているだろうし、ちょうど時期も合ってるからな」


 カガミも最初は馬鈴薯を植えるつもりだと言っていた。

 まずはそういうもので慣らしていったほうがいい。


 おれたちは会社終わりに、いつもとは違うホームセンターにやってきた。

 ここは会社から少し足を延ばす必要があるが、園芸用品が豊富に揃えてあるらしい。


 ここも、大学の友人に教えてもらったところだ。


「付き合ってもらって、すまなかったな」

「いいえ。今日は駅前の美味しいプリン買ってもらいますからね」

「本当にそんなのでいいのか?」

「じゃあ、マンションでもいいですよ」

「プリンでお願いします」


 一棟か一室か、怖くて聞けなかった。


「野菜の苗が売っているのは、こっちだな」


 友人が言った通り、苗も豊富な種類を取り扱っている。

 この時期は玉ねぎや大根なども植えることができるらしい。


 手が伸びそうになるが、ぐっと我慢する。

 素人があれもこれもやろうとすると、失敗するのは目に見えている。


「なんだか新鮮ですね」

「植物園に来たみたいだな」


 店員を見つけた。


「すみません。種芋というのはどこに?」

「ああ、こちらです」


 案内されたのは、入り口付近だった。

 どうやら、他に目を奪われて見落としていたらしい。


 大きな棚に、小・中・大の袋に分けられた種芋が並べてあった。


 種芋とはつまり、ジャガイモを育てるために芽を出させたジャガイモのことだ。


「種芋って、スーパーで売っているジャガイモとは違うのかな」

「種芋は食用のものより防虫・防病がしっかりしています。悪い種芋のせいで土がやられたり、他の作物に影響が出る可能性がありますからね」

「へえ。じゃあ、家で芽が出たジャガイモは植えないほうがいいのか」

「そういうことですね」


 改めて、種芋を見た。

 男爵、メークイン、キタアカリ。

 聞いたことがあるが、どう違うのか考えたことはなかった。


「岬はどれがいい?」

「え、わたしが決めていいんですか?」

「おれにはよくわからん」

「キタアカリにしましょう! ポテサラにすると、めっちゃ美味しいです!」

「じゃあ、そうしようか」


 店員さんに向いた。


「どのくらい植えればいいのかな」

「広さはどのくらいですか?」

「ええっと、確か、一反というものだったはずだ」


 店員の顔が引きつった。


 岬が脇を小突いてくる。

 そうだった、普通の家庭菜園の広さではなかった。


「えっと、新しく農業を始められた方ですか?」

「い、いや、趣味でやろうと思って」

「趣味で一反ですか。豪快ですね」

「ま、まあな。よかったら、いろいろ教えてくれないか?」


 それから、いろいろなアドバイスをもらった。

 あと、ついでに肥料や便利アイテムも勧められた。


 ほいほい買っていたら、ものすごい量になってしまった。

 さすがに持ち帰れないから、宅配サービスを利用させてもらう。


 次の土曜日の午前中だ。

 本当ならすぐに山田村に送ってやりたいが、もう少しだけ我慢してもらおう。


 駆除剤がなかったから、それだけ持ち帰りで購入する。

 帰り際に、岬が本屋に寄りたいと言った。


 なにかと思ったら、初級者向けの料理本だった。


「はい、どうぞ」

「おれに?」

「おにぎりばかりじゃ、栄養が偏りますよ」


 なるほど、サチたちのためだった。

 そういえば先日、おかずも送ってやろうと思ったばかりだ。


「ありがとう。挑戦してみるよ」

「これで先輩も料理男子ですね」

「まあ、三日坊主にならないように頑張るよ」


 駅前の菓子店でお高いプリンを購入し、そこで岬とは別れた。


 やることもなく、電車の中で料理の本をめくってみる。


 そこで問題が発覚する。

 うちは料理において満足な設備がなかった。


 調味料といえば、醤油と味塩だけ。

 フライパンですら、一年前に焦がして捨てたきりだ。


 どうするべきかと考えながら、アパートに帰った。

 タイマーで炊いてあったご飯を、おにぎりにする。

 それを抱えながら、山田村の様子を確認した。



―クエストを達成しました―



 そこには、新しい文字が並んでいた。

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