第16話 悪いとは思ってるんだ


 謎の少女を保護した。

 おれたちの前で正座した彼女は、深々とお辞儀した。


「サチです」

「や、山田だ」

「本当に、あなたが神さまなのですね」


 おれを神さまと呼ぶ相手の心当たりは一つだ。


「もしかして、山田村の女の子なのか?」

「はい! 覚えていてくれて嬉しいです!」

「まあ、おれの村の住人だからな」


 まさか、実際に会えるとは思わなかったが。


「あの、先輩。わたし、状況が理解できないんですけど……」


 あまりの展開に、岬が放ったらかしだった。

 このガラスのドームを発見してから、これまでのことをかいつまんで説明する。


 半信半疑だったので、おにぎりのことも実演して見せた。

 そこまで見ると、さすがに信じざるを得ない様子だ。


「先輩。なんでこれゲームだと思ったんですか?」

「いや、ほら。ステータスとかスキルとか、ゲームっぽいだろ?」

「さすがに変だって気づいてください!」


 一回りも年下の女の子に常識を疑われてしまった。

 まあ、よく考えれば、岬の言う通りだ。


「この不思議現象については理解しましたけど……」

「おお、ありがとう」

「それでも、まだ信じられません」


 ……おれだってそうだ。

 まさかゲームだと思っていた世界は実在していて、この変な穴を通じてつながっているなど簡単に信じられるものでもない。


 ただ実際に少女が現れると、疑うならむしろ自分の頭になってしまう。


「……この子、どうするんですか?」

「……そうだなあ」


 改めてサチという少女を見る。


 年のころは、14~15才くらい。

 褐色の肌を持つ娘さんだ。

 端正な顔立ちで、将来は美人さんになるだろう。


 胸のあたりと腰のあたりを、局所的にボロ着で隠している。

 あの世界の衣服なのか、割と目にやり場に困る格好だ。


 いや、それよりも気になるのが……。


「……耳ですね」

「……耳だな」


 頭の上。

 もさもさした犬耳が、ぴこんと元気よく立っている。


「……尻尾ですね」

「……尻尾だな」


 そしてお尻のあたり。

 ふさふさした尻尾が、ゆるゆる揺れている。


 少なくとも、日本人ではないことはわかる。


「岬はわかるか?」

「ケモミミっ娘ですね」

「ケモミミ?」

「いわゆる半獣人のようなキャラクターで、動物の特徴を持つ人間のことです。漫画とかゲームに出てくる、架空の存在なんですけど……」

「つまり実物は見たことないのか?」

「ある人がいるなら、目の前に連れてきてほしいです」

「そうか。ここにいるぞ」

「できれば他人として知り合いたかったです」


 冷たいやつだ。


「あの、神さま。そちらのおひとは?」


 サチが言った。


「岬といって、おれの会社の同僚だ」

「ドウーリョー?」

「仲間のことだ」

「つまり、神さまの巫女さまですね!」


 会話のキャッチボールが、大きな弧を描いて逸れていった。


「み、巫女?」

「神さまのお声を聞き、その意味を伝えるしもべです」

「いや、確かに後輩だが、主従関係じゃ……」


 なぜか岬が目を輝かせる。


「先輩! 神と巫女が恋愛感情に発展する可能性は!?」

「知らねえよ」


 素でツッコんでしまった。

 こっちだって混乱気味なんだから勘弁してほしい。


「そんなことより、なにが目的で来たんだ?」

「目的ですか?」


 なぜか黙りこんでしまった。


「どうした?」

「あの穴がどこにつながっているのか不思議に思って、なんとなく手を入れていたら……」


 おれが引っ張ったせいで、こっちに来てしまったらしい。


「先輩のせいですね」

「わかってる。言わないでくれ」


 しかし、サチは嬉しそうだ。


「でも、まさか神さまにお会いできるとは思いませんでした! わたしは感激です!」

「そ、そうか。それはよかった。じゃあ、もう帰ったほうがいいだろう。お父さんやお母さんが心配しているぞ」

「あ、そうだ。神さまも、村に来ませんか?」


 会話の船が、航路とは逆方向に舵を切った。


「神さまのおかげで畑ができたんです! せひ見てほしいです!」

「…………」


 岬が恐る恐る、様子をうかがってきた。


「あの、先輩?」

「岬、ちょっと頼みがある」

「え、はあ。……うそでしょ?」

「一時間で帰るから」

「先輩、やめておいたほうがいいです! 帰れる保証もないんですよ!?」

「でも、見たいじゃないか!!」

「わかりますけど! 気持ちは十分にわかりますけど!」


 おれはサチの肩に手を置いた。


「行くぞ!」

「はい!」


 こういうのは、勢いが命だ。

 おれは思いきりジャンプすると、穴の中へと飛び込んだ。


「ちょっと、先輩!?」

「お土産は買ってくる!」

「そういう問題じゃないですよ!!」


 いや、本当に悪いとは思ってるんだ。

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