第15話 きっと驚くはずなのだから


「意外とお洒落なアパートに住んでいるんですね」

「おい待て。どんなところだと思った?」

「いえ、先輩のことだから、もっと古そうなところかと」

「二年前までは、確かにそんなところだったな。取り壊しするから出て行けと言われた」

「ええ!? それ、いいんですか?」

「おれとあと一部屋しか埋まってなかった。代わりに引っ越しの料金を負担してくれた」


 まあ、決定してから出るまで一か月もなかったが。


「ここは女性の一人暮らしとかもいるっぽいぞ」

「え。なんでそんなこと、ご存知なんですか?」

「いや、たまに出勤時間が被るから……」


 そういえば、先日も挨拶したら微妙に迷惑がられていた。

 そんなに気味悪い顔をしているだろうか。


「し、失礼しまーす」


 岬がそろそろと入ってくる。

 そして四畳半の部屋を見回しながら言った。


「……ちゃんと掃除してるんですね」

「さっきから失礼だぞ」

「アハハ。お掃除したほうがいいかなー、なんて思ってたもので」

「さすがに客に掃除させるほど野暮じゃない」


 相手が大学の友人とかなら、そんなに気を遣うこともなかったが。


「それで、例のゲームって?」


 きた。


 確かプランはこうだった。



『あれ、先輩。例のゲームってどこですか?』

『ふっふっふ。探してみろ』

『わーん、見つかんないよう』

『じゃーん。これだ!』

『うわあ、床下からゲームが出てきた! すごい!』



 よし、イメトレは完璧だ。


「ふっふっふ。探してみろ」

「わかりました」


 そう言って、躊躇なく真ん中の畳を上げようとする。


「お、おまえ! どうしてわかった!?」

「いや、だって先輩がずっと床下に埋めるって言ってたじゃないですか」


 そうだった。


「この真新しい半分サイズの畳が明らかに怪しいですよね」

「そ、そうだな。でも、フェイクかもしれないぞ」

「やだなあ。先輩がそんな愉快なことするわけないじゃないですか」


 ここまでおれのことを理解してくれる後輩もいない。


「あ、畳のいい匂いがしますねえ」

「そ、そうだな。昨日、届いた」

「じゃ、はやく上げましょうよ。そのゲームをはやく見せてください」

「……わかった」


 なんか釈然としないが、いいだろう。

 実物を見れば、きっと驚くはずなのだから。


 おれはもったいぶりながら、畳に手をかけた。


「これがそのゲームだ!!」


 バッと床下を開けた。



 人間の腕が埋まっていた。



 一瞬、部屋が冷たい静寂に包まれる。


 地面から、少女のものらしき細い腕が伸びているのだ。


 それを呆然と見ていた岬が、大きく息を吸い込んだ。



「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 つんざくような悲鳴。

 おれは我に返ると、岬の口をふさいだ。


「――――っ! ――ッ!!?」


 じたばたともがく彼女を、必死に押さえる。


「ちょ、待ってくれ。おれも混乱している。ちょっと、待っ、ぐふっ!?」


 華麗な右ストレートが、おれの顔面にヒットした。

 岬は涙目で、蹴るわ殴るわの大暴れをしている。


 スカートがめくれて、例のブルーのセクシー系がこんにちわしていた。

 ありがとうございました。


 いや、後輩の下着を鑑賞している場合ではない。


「な、なにかの間違いだ! ちょっと、落ち着いて話を聞いてくれ!」

「……………………」


 岬の力が緩んだ。

 口から手を離すと、彼女は荒い呼吸で言ってきた。


「な、なにが間違いだって、言うんですか! こんな趣味の悪い驚かせ方をするなんて!」

「いや、これは玩具とかじゃなくて……」

「じゃあ本物だって言うんですか!!?」

「いやいや! そういう意味でもなくて、えっと……」


 だから頼むから、キッチンの包丁を持って警戒しないでほしい。


 そのとき、地面から伸びる腕に変化が起こった。


 ぴくりと動いたような気がした。

 岬もそれに気づいたようだ。


「う、動きませんでした?」

「そ、そうだな」



 ばたばたばたばた!!!



「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 急に腕が暴れ出した。

 おれたちは部屋の隅に跳びのくと、抱き合うような体勢でそれを見つめる。


「せ、せせ、先輩。これ、なんですか?」

「な、なんだろうな。ちょっと、おれにもわからん」


 もしかして妖怪でも住んでいたから、割と格安なのかな。

 そんなことを思っていると、あることに気づいた。


「……あの穴から出てきているのか?」


 おれはその腕に近づいた。

 そっと触れてみると、確かに握り返してきた。


 思いきり、引っ張った。



 可憐な顔つきの少女が飛び出してきた。



「神さま!! お会いしとうございました!!」


 まっすぐ胸に飛び込むと、思いきり頭突きをかましてくる。


「ぐふううううう!?」


 そのまま押し倒される形で、床に転がった。


「ああ、神さま! わたくしの声に応えてくださったのですね!!」

「……………………」


 すりすりすりすりと、胸に頭をこすりつけてくる。

 なんだか動物的な仕草で可愛らしいと思った。


 いや、それよりもだ。


 おれは呆然としながら、やはり呆然としている岬に向いた。


「み、岬。聞いてくれ」

「……な、なんでしょうか?」


 おれはありのままの感想を告げた。


「これ、もしかしてゲームじゃない?」


 岬はものすごく疲れた顔で言った。


「……ずっとそう言ってます」

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