第43話 思ったより限界が早かったんだ


「先輩。ぶち壊しです」

「思ったより限界が早かったんだ」


 おれたちは場所を変えた。

 サチのもふもふ尻尾を枕にしながら会話を再開する。


「それで、あんたは何者だ?」


 威厳たっぷりに言ってみた。

 仮にもここの神さまだからな。


 寝転がってるけど。

 腰はダブルシップ神さまだけど。


「貴様! 領主さまのご子息に向かって、なんて態度だ!」

「やめろ!! 我らは、助力を乞う立場にあるのだ!」


 青年騎士と護衛が盛り上がっている。

 こいつら実際に会っても、視聴者ガン無視だな!


 青年騎士が名乗った。


「わたしはクレオ。ここから西の都市【ケスロー】の領主の第三子だ」


 改めて聞くと、ずいぶんと幼い声色だ。

 思ったよりも若いかもしれない。


 おっと、それよりも【ケスロー】か。

 どこかで聞いたことある名前だ。


「神さま。先日の商人が言っていたものです」

「ああ。そういえば、そうだったな」


 あの赤絨毯の屋敷は、西の都市にあったのか。

 しかし、その領主の息子が、いったいなんの用だろうか。


「現在、我らが領地は、危機に陥っている」

「どんな危機だ?」

「それは……」


 そこで柳原が、こんがり焼けた野菜串を持ってきた。


「そろそろいい焼け具合だぞ」

「おい、柳原。おれが言うのもなんだが、少しは空気を……」


 ぐぎゅるるる……。


「…………」

「…………」


 おれたちは、無言で青年騎士を見つめた。


「あ、いや。その、いまのは……」


 端正なお顔が真っ赤である。


「サチ。こいつらの分も用意してやれ」

「はい! わかりました!」


 騎士たちが慌てる。


「ま、待て! 我らは、食事をしに来たのでは……」

「腹が減ってちゃ、いい話し合いはできないだろ」

「しかし、我らは初対面のはず」

「これも、なにかの縁だ。それに人数が多いほうが、うちのシェフは燃えるからな」


 兵士たちは顔を合わせると、けっこう素直にコンロの周りに集まってくれた。




 みんなでBBQコンロを囲む感じになる。

 材料をかなり多めに用意していてよかった。


 ……しかし、兵士たちもよく食べるものだ。

 いま説明された事情を考えれば、食糧が不足しているのもしょうがない。


「帝国軍との戦争か」

「正確には、なりそうな状況だ。ただ、その可能性は限りなく高い」


 一月ほど前、【ケスロー】の御用商人が、帝国の都市【カイ=ザ】に拉致された。

 ちなみに【カイ=ザ】というのが、森を越えた先にある帝国領の都市だ。


 その御用商人の引き渡しが、一週間後、ここから北にある町【テスタ】で行われる。


「その際に、やつらがこの領地に攻め込んでくるという情報が、信頼できる筋から入った」

「ふうん。どうして、そんな面倒なことをするんだ? 戦争したけりゃ、普通に攻めりゃいいじゃないか」

「我らの領地は、昔から【魔の森】と険しい山脈によって、完全に分断されているんだ。しかし『人質の引き渡し』という名目があれば、帝国軍は堂々と懐に潜り込める」


 政治は大変だなあ、と思った。

 焼きトマトうまい。


「そんな忙しいときに、わざわざ何をしに来たんだ?」

「交渉に来た」


 青年騎士が、膝をつく。

 いままで一心に飯を食っていた兵士たちも、一斉に同じ体勢になる。


「月狼族に、我らの加勢をしてほしい」


 ……酔狂で言っているわけではなさそうだ。


「カガミ、おまえをご指名だぞ」

「そう言われましても……」


 カガミは困り顔だ。


 それもそうだ。

 いきなり初対面の相手に「仲間になってくれ」なんて言われても困る。


 まあ、初対面で「わたしたちの神さまですね!」なんて言ってきた変わり者もいるけどな。

 この際、それは棚に上げておこう。


「どこでカガミたちのことを?」

「先日、我らの陣営にトトという商人がやってきた」

「あいつは北のほうに帰ると言っていたんだが」

「そのつもりだったが、気が変わったらしい」

「どういうことだ?」

「この土地の作物は莫大な利益を生む。そのために、帝国に占領されるわけにはいかないと言っていた。一度は断られたが、資金の援助も了承してくれた」


 先日の「腹を決める」とは、このことだったらしい。


「でも、おれたちは関係ないだろ」

「こういう言い方はしたくないが、我らが敗北すれば、この村にも危害は及ぶだろう」


 その言葉は一理ある。

 もし【ケスロー】が帝国に堕ちれば、その中間にあるこの土地も危険だ。


「でも、優先するべきはカガミたちの命だ。おれたちは、共和国領の奥へと逃げればいいんじゃないか?」

「それは、その通りだ。だから、交渉の材料を持ってきた」


 そう言って、一枚の紙を広げた。


「カガミ、イトナ、そしてサチ。きみたちは共和国の北の都市【ジェノヴァ】の庇護にあった。しかし領主の命に背いた結果、いまは尋ね者になっているらしいな」


 空気が、ぴんと張り詰めた。


「……カガミを差し出さなければ、そっちに居場所を伝えると?」

「いや、そんなことはしない。この戦争は、あくまで我らの都合だ」

「なら、なにが言いたいんだ?」

「カガミという男が加勢してくれたら、報酬を用意する」

「お金とか、土地か?」

「申し訳ないが、それは違う。こちらの用意する報酬は『我が領民の証』だ」


 ……おれは、こっそりと岬に耳打ちした。


「岬、どういうことだ?」

「えっと、【ケスロー】の領民として認めるから、もし悪い領主がさっちゃんの居場所を突き止めても、ちゃんと助けてあげるよってこと、ですかね」


 その意味を考えて――。


「つまり、サチたちは隠れて暮らさなくてもよくなる、ということか?」

「この【ケスロー】の領内で生活することが条件、ではあるが」


 ……なるほど。

 確かにこれは、カガミたちにとってはこれ以上ない交換条件だ。


「カガミ。どうする?」

「…………」


 黙っていた柳原が、口を開いた。


「でも、口約束だぞ。あとで反故にすることもできる。この共和国は、人間が亜人を支配する国なんだろ?」

「いや、こいつらは誠実だろう」

「どうして?」

「こいつらは亜人を対等に扱っているせいで、他の貴族から煙たがられてる。今回の戦争でも、他の都市から援軍をもらえずに困ってるんだ」


 青年騎士たちに、どよめきが起こった。


「な、なぜ、それを知っている!?」

「ああ、いや。まあ、トトから聞いてな」


 あのサイドエピソードのことを言っても、信じてはくれないだろう。


「とにかく、カガミたちの気持ち次第だ。こればっかりは、おれが決めることじゃない」


 あまりのシリアスな空気に、誰も動けずにいた。

 BBQコンロの上で野菜が炭化しているが、それはこの際、どうでもいい。


 しばらく黙っていたカガミは、やがて口を開いた。





 ※山田村の周辺、更新版


        北の町 山山山      

       [テスタ]山山山      

 共和国領    ↑   魔  帝国領  

[ケスロー]←[山田村]→の→[カイ=ザ]

         ↓   森       

       [例の穴]         

       崖崖崖崖崖         


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