第64話 リセマラならS+ね


 例の祠から、村へと向かう道すがら。


「月狼族ぅううううう!!?」


 安藤が素っ頓狂な声を上げた。

 それからサチの顔をぺちぺち触りながら、感慨深そうに言う。


「はああああ。なるほどなあああああ」

「ど、どうした?」

「いやいや、どうしてこんな微妙な村で、攻撃力B+なんて叩き出してるのかと思ったら、そういうことね。チュートリアルをクリアできたのも納得だわ」


 サチが憤慨しながら、耳と尻尾をぴーんと立てて威嚇する。


「この村のことを悪く言わないでください!!」

「あー、ごめん、ごめん。そういうつもりじゃないからさ」

「じゃあ、どういうつもりですか!?」

「いや、むしろ褒めてるんだよ。装備がなくても、みんなで頑張って村を守ったんだなあってさ」

「え、そ、そうですか。えへへ……、ハッ!? いいえ、わたくし簡単には騙されませんよ!」


 表情こそキリッとしているが、尻尾はご機嫌そうにぶんぶん揺れている。

 さっちゃん、最近ちょろすぎてオジサン心配だなー。


「その、月狼族は、そんなに有名なのか?」

「そりゃ、オッサン。月狼族っていったら、リセマラS+の大当たり種族じゃん。帝国の白龍族、皇国の精霊族と並ぶ超大物だよ」


 ふむ、なるほどね。

 リセマラならS+ね。


「……岬、リセマラってなに?」

「リセットマラソンっていうゲーム用語の略称ですね。スマホゲーとかで、最初のガチャでレアキャラを当てるまで、インスコとアンインスコを繰り返すんです」

「さっぱりわからん。つまり、どういうことだ?」

「自分が好きな種族になるまで、ゲームを最初からやり直すことだと思ってくれればいいですけど……」

「え。それだと、消えちゃうってことか?」

「ええっと、そうなのかな?」


 それを聞いたサチが、びっくりして飛びついてきた。


「神さまあ!! わたくし、消えたくありません!!」

「ああ、わかってる。大丈夫だ。おれはそんなことしないよ」


 余計な不安の種をばらまいた張本人は、けらけら笑っていた。


「大丈夫だよ。ほんとに消えるわけじゃなくて、あのゲートのつながる拠点が、大陸のいろんな場所に移動するだけだから」

「でも、それだと会えなくなるってことだろ?」

「こっちの世界を移動して会いに行くことはできるらしいけどね」


 ぎゅうっとサチが服を掴んでくる。

 気持ちはうれしいが、破れるから放してくれ。


「どっちにしろ、おれにはあまり関係のあるシステムじゃなさそうだな」

「まあ、そだねー。そもそも、リセマラするひとなんていないらしいし」

「へえ。そうなのか?」

「だって、あんなむずいチュートリアルのあと、最初からやり直したいって思う?」


 ……まあ、そうだな。

 それに、こっちに送ったものが全部消えるというのだしな。


 そんなことを話していると、山田村に到着した。


「おや、神さま。おかえりなさいませ」


 作業を終え、一休みしていたカガミたちが出迎えた。


「え、なに。さっきから思ってたけど、オッサンみんなから神さまって呼ばれてるの? ウケるんですけど」

「……うるさい。なんか、成り行きでな」


 まずは安藤の紹介。

 そして土産を渡した。


「こっちがサチとイトナの衣類だ。カガミの下着も買ってみた。もし気に入ったら、また言ってくれ」

「おや、これはすみません。ありがたく頂戴します」

「あと、こっちはチキンボーンだ。油で揚げてみんなで食べてくれ」


 そのうち、騎士団の連中も集まってきた。

 わいわい食事の準備に取り掛かっていると、安藤は周辺を観察している。


「うわー、なんかすげえ」

「なにがだ?」

「こんなに現代のもの持ち込んで、オッサンやべえよ。どんだけ金かけてんの?」

「え、いや、まあ、……くらい?」


 おれが先月の明細の金額を告げると、安藤は口をあんぐりした。


「これだから社会人の課金厨はさあ! ひとがどんだけ無課金で苦労したか知らないくせにーっ!!」

「な、なんかすまん」

「あいつら、いつもそうだよ! ひとが夜通し走ってんのに、ちゃっかり6時間睡眠とりやがってえ!!」

「いや、学校のほうが優先だろ」


 ……こいつも変な地雷持ってるな。

 次から気をつけよう。


「ハア。すげえなあ。やっぱ課金が最強かあ」

「いや、全部が全部、そういうわけじゃ……」


 ……いや、結局、金がなかったらコロッケ作戦もなにもできなかったわけだもんな。

 すごいなお金さま。その偉大さをこの歳で初めて知ったよ。


 とか思っていると、のっそりと影が差した。

 振り返ると、そこにはチョコアイスが立っている。


「うぎゃあああああああああああああああああああ!!?」


 安藤がかなり下品な悲鳴を上げた。

 まるでサチみたいに飛びついてきて、おれを盾にしようとする。


「え、なになに!? なんでモンスターいんの!?」

「いや、住み着いたから、畑とか手伝ってもらってる」

「住み着いてる!!? うそでしょ!!」

「いや、ほんと。……ほら、チョコアイス。どうした?」


 ぐわっと、屈んできた。

 スンスンスンスン、とおれの臭いを嗅ぐ。


「……あ、もしかして、土産を期待してたか?」


 こくん、とうなずいた。


「す、すまん。おまえの分は考えてなかった!」

「…………」


 チョコアイスが、しょんぼりしながら戻っていった。

 ……ええっと、今度はなにか買ってくるから。


「ほえー。この村、モンスターテイマーのスキル持ちいるの?」

「え、いや知らん。なんか、勝手に懐いたぞ」

「いや、それあり得ねえし。モンスターって災害よ? そこら辺の野犬を従わせるのとは違うよ?」

「う、ううん。あまり実感はないが……」


 もともとが小屋しかなかったから、あまり酷いイメージがないのだ。


 しかし、モンスターテイマーねえ。


 それなら、騎士団が来る前のメンツだな。

 柳原の飯で懐いたんだから、もしかしてあいつかな。

 つくづく、主人公気質なやつだ。


「それより、配置はどうだ?」

「そだねー。やっぱり建築物の設置場所がくそ過ぎて目も当てられないけど、なんとかなるんじゃないかな」


 ほんとに容赦ねえな泣いちゃうぞ。


「でも、ここですぐああだこうだ言えないかなー。ちょっと、来週あたりスケッチした案をいくつか持ってくるから、そのあとじっくり話し合おうかー」

「え。また来るつもりか?」

「そりゃそうよ。まあ、別に拒否っていいけどね? この写真バラまかれたくないならね?」

「…………」


 ……情報はなによりも武器になるとか、子どものころにスパイ映画で見たものだ。

 まさか、それを実感する日が来るとは、思ってもなかったな。


「……でもまあ、これならいけるかな」

「え? なにがだ?」


 聞き返すと、安藤は「こっちの話」と首を振った。




 夜になってチキボーン祭りが開催された。

 騎士団の若いのが、歌えや踊れと大騒ぎしている。

 この自分から盛り上げていくスタイルは、素直にうらやましい。


 建築担当の哭犬族(平たく言うと犬の亜人だ)たちと、小屋などの建築予定場所を確認し合い、それを安藤がメモしていく。

 来週、そこを中心にした設置案を持ってきてくれることになった。


「じゃ、わたしは帰るねー」

「飯を食って行ったらどうだ?」

「あー、気持ちはありがたいけど、はやく帰らないとママが怒るからねー」

「じゃあ、駅まで送るぞ」


 おれたちはアパートに戻ると、安藤と駅まで歩いていく。


「やあ、でも、やっぱり向こうの空気はいいよねー。久しぶりに、ちょっと楽しかったかも。オッサン、ありがとねー」

「……なあ、一つ聞いていいか?」

「うん? なに?」

「おまえの村は、どうしたんだ?」


 安藤は一瞬だけ、立ち止まった。

 それから、なにもなかったかのように歩き出す。


「なくなっちゃった」

「どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。ゲームオーバーになっちゃってさ。いまはあのゲーム機も、ゲートもないんだ」


 ……その返答は、なんとなく想像していた。

 ただ、それ以上、根ほり葉ほりと聞くのも、なんとなくためらわれる。


「じゃ、またね」

「ああ。来週、楽しみにしてるよ」


 改札へ向かう彼女は、ふと振り返った。


「ねえ、オッサン」


 彼女は土産に持たせたチキボーンのビニール袋を掲げた。


「これのお礼に、老婆心っぽい忠告しておいてあげる」

「な、なんだよ。改まって……」

「飲まれすぎたらダメだよ」

「は? どういう意味だ?」

「そのまんまの意味。あれはゲームで、わたしらの現実リアルはこっちってこと」


 そう言って、安藤は寂しそうに笑った。


「どんなゲームにも、必ず終わりはくるんだよ」


 そう言って、彼女は眩い駅の中へと消えていった。


「……なんだ、あいつ」


 おれがその本当の意味を知るのは、しばらく経ってのことだった。

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