第2話 お気に入りのブラもしてる
ガラスのドームだった。
腐ってた一畳分の広さのガラスのドームが、地上に盛り上がっている。
その半球状のガラスのドームの中に、小さな家があるのだ。
人間の家に間借りする小人のアニメがあったのを思い出した。
しかし、それよりもさらに小さい。
家というよりも、あばら家?
むしろ小屋という感じだ。
角度としては、広い草原にぽつんとある小屋を、真上から見ている。
なんで、こんなものがあるんだ?
もしかして、最初からあったのか?
普通、アパートの床下なんてチェックしないもんなあ。
大家さんに電話してみようと思ったが、まだ早朝だ。
会社の昼休みにでもかけてみよう。
とにかく、これには触れないように……。
「……なんだ?」
ドームの他に、気になるのが二つ。
一つが、金属製のハンドル。
輪っか状になっていて、蛇口のようにひねる仕組みらしい。
それがドームの脇に、ぽつんと設置してある。
そしてもう一つは、穴だ。
ドームを挟んで、ハンドルの反対側。
地面の奥に続く、不思議な穴がある。
大きさは、おれの腕が通るくらい。
これはトンネルと言ったほうがいいかもしれない。
「……やっぱり、なにか棲みついてるのかな」
でも、この大きさ。
モグラだろうか?
とにかく、害獣駆除も頼まなくちゃいけないらしい。
畳だけでも、けっこうな額がするはずだ。
さらに畳下板に、害獣駆除。
今月の出費は、凄まじいものになりそうだ。
……なんか、どっと疲れたな。
おれは板を元に戻すと、とりあえず畳を新調してくれる業者をネットで探した。
しかし、あのミニチュア、なんだろう。
やけにリアルな出来だし、周囲の草原もガチだった。
……風が吹いていたように見えたけど、気のせいだよな。
とにかく、仕事中も上の空だった。
そして、いまになって眠気がやってくる。
「先輩、欠伸でてますよー」
振り返ると、うしろの席の女の子がくすくす笑っている。
今年度の新入社員で、名前は岬はるか。
おれが指導係をしている。
いや、指導係だった。
彼女はもう一人で業務をこなせるし、なかなか優秀と評判だ。
おれも鼻が高い。
「お疲れですね」
「まあ、この歳になると旅行の疲れが出てくるんだよ」
「解散したら即行で帰ったじゃないですか」
「いつもより早く寝たせいで、朝も早く目が覚めちまってな」
「あ、わかります。二度寝できないやつだ」
まあ、それだけじゃないんだけど。
「結局、いつまでやってたの?」
「カラオケと、あとは終電まで佐藤さんたちと居酒屋で」
若えなあ。
ほんの数年前まで、自分もあっちだったとは思えない。
岬は、つぶらな瞳をぱちくりさせた。
ちょっと不機嫌そうに、唇を尖らせる。
「先輩も来ると思ったのに」
「すまん、すまん。今度、飯に連れてってやるよ」
「わーい、おごりだ」
「おい待て」
そんな会話をしながらも、意識は時計のほうへ。
「じゃあ、そろそろ昼に行ってくる」
「あ、ご一緒します」
「ダメ」
「この前、先輩好みのお蕎麦屋さんが……」
一瞬、間があって。
「え、ダメですか?」
「今日はちょっと、私用で電話しなきゃいけない」
「気にしませんけど」
「おれが気にする」
「先輩、そんなシャイでした?」
「おれの電話する顔、世界でいちばん不細工だから」
「女子ですか」
「今日はお気に入りのブラもしてる」
「ちょっと見たいのでホテル行きましょうよ」
「うそ。冗談。ほんとごめん」
ああ、くそ。
最近はセクハラだなんだとうるさいのに、岬は普通に返してくるのが恐ろしい。
「とにかく、今日は一人の気分」
「ちぇー。じゃあ、下までご一緒します」
まあ、それくらいなら。
……とてもじゃないが、同僚の前で畳が腐った話はしたくない。
特にこいつは、絶対に食いついてくるとわかっているのだ。
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