第57話 どこかにいないもんかな


「それで、どうした?」


 チャーハンをもぐもぐしながら話をする。

 ぱらっと火に通された米が最高だ。


「先ほど、移住団の代表と計画を練っていたのだが……」

「なにか問題が?」

「そもそも、わたしたちは農業をしたことがない」

「……ああ、なるほどな」


 クレオたちの住む【ケスロー】は、それなりの歴史を持つ都市だ。

 となれば、市民の仕事などは系統化されていて当然だ。


 ここに来たのが大工たちである以上、みな農業に関しては素人ということだ。

 もちろんカガミほどの作業効率を求めるのは酷だろう。


「じゃあ、やっぱり移住民たちには住居を建ててもらおう」

「いいのか?」

「冬までの時間は限られているのに、無駄なことはできない」

「じゃあ、せめて騎士団の手の空いているものを手伝わせよう」

「それはありがたいな。食事のあと、さっそく取り掛かろう」


 大工たちの妻や娘なども来ているが、主に食事や洗濯などの役割だ。

 植え付けは手伝ってもらえるだろうが、力仕事を任せることはできない。


「さて、やるか」


 昼食を終えて、おれは草原を見渡した。


 現在、一反の畑がある。

 だが、これだけでこの人数が冬を越すことは難しい。

 どのくらい必要かはわからないが、とりあえずは五倍ほど欲しいな。


「カガミ。前回、あの畑を開墾したときはどれくらいかかったっけ?」

「詳しくは覚えていませんが、植え付けが可能になるまで二、三週間ほどでしたか」


 効率アップのスキルがあっても、一人では時間がかかるだろう。

 やはり人海戦術でやるしかないだろうな。


 カガミ、おれ、柳原。

 それに騎士団の若いのが五名ほど。


「それでは、みんな、頑張ろうか」


 各自、鍬を持って作業に取り掛かる。

 そこで、張り切って鍬を振る騎士隊長さまに気づいた。


「おい、クレオ。おまえはしなくてもいいぞ」

「なにを言う。隊長が率先して作業する姿勢を見せるものだ」

「いや、でも、こういうのは男の仕事だろ?」


 クレオが露骨に怒った表情になる。


「女だからと特別扱いするな。わたしはユニ家の代表として、この村の発展を任されているんだ。それとも、女は男と同じ仕事ができないと言いたいのか?」

「す、すまん。そういうつもりじゃなかったんだが……」


 しまったな。

 おれたちとは価値観が違うのだ。


「えっと、じゃあ、せめてこっちを使ってくれ」


 現代で購入した鍬を渡した。

 これなら、多少はやりやすいだろう。


 クレオはそれを振ると、驚いた表情になる。


「ふむ。これは振りやすいな!」

「気に入ってもらえたか?」

「ああ。さぞ高名な職人の業物だろう。この感動を伝えたいくらいだ!」

「……今度、メーカーにメール送っとくよ」


 とりあえず、準備は整った。

 おれたちは一斉に、作業に取り掛かった。




「もう無理だ!! 休憩、休憩!」


 おれは鍬を放り出して座った。


「山田どの。まだ始めたばかりではないか」

「もう二時間はやったぞ!?」


 クレオたちはぴんぴんしている。


 カガミはいい。

 もともと、作業能力は圧倒的に上だ。


 しかし……。


「おまえたち、農業は素人だと言っただろう!?」


 平然と鍬をふるう騎士団のメンバーに言った。

 いくら日頃から鍛えているといっても、こんなに自然に耕せるものか。


「わたしも驚いている。まるで、身体に染み付いた動きのように感じる」

「あ、隊長! おれもです!」


 ……もしかして、作業効率アップが騎士団にも作用しているのだろうか。

 アパートに戻ったら、ステータスを確認してみよう。


 しかし、こうなると不利だな。

 騎士団のメンバーに負けているとあっては、カガミに勝てるのはいつになるのか。


「いや、先輩。なにと戦ってるんですか?」

「うわ、びっくりした」


 岬だった。

 麦茶とタオルを差し出してくる。


 ああ、最高だ。

 子どものころの夏休みを思い出すな。


「ありがとな。騎士団の分もあるか?」

「もちろん。みなさんもお茶、どうぞー」


 わいわいと集まってくるメンバーたち。


「岬どの。感謝する」

「いえいえ。お疲れさまです」


 最後にクレオも紙コップを受け取る。

 この前、百均で大量に買ってきたのだ。


「しかし、紙で器を作るとは恐れ入る」

「そうか? こっちじゃ普通なんだが」

「いや、これが普及すれば革命だ。それに、このタオルという布! こんなにふわふわできめ細やかな生地など、貴族もなかなか使えない!」


 クレオが幸せそうに、タオルに顔をうずめる。

 ううむ。そっちもワゴンセールで買ってきた安物なのだが。


「山田どのの世界の文化はすさまじいな。メリルから聞いて、一度、見てみたいと思っていたが……」

「よかったら、明日、おまえも来るか?」

「い、いいのか!?」

「ああ。サチたちと買い物に行く約束をしたからな」

「感謝する! ああ、いまから待ち遠しいな!」

「そんなに感謝されるようなことでは……」


 会話の中で、クレオを見てぎょっとする。


 彼女は騎士団の上着を脱ぎ、ラフな格好になっていた。

 汗で肌がしっとりとしたせいで、なかなか立派なふくらみが強調されていた。


 なんとなく、岬のほうに目がいく。


 ……やっぱり、男と間違えていたのは失礼だったな。


 げしっと足を蹴られた。

 岬の視線から逃げるように、おれは鍬を手にした。


「さ、さーて、やるか!」


 カガミが苦笑していた。

 見透かされているようで恥ずかしい。


「……まあ、それでも、気が遠くなるような作業だな」


 騎士団のおかげで作業は捗っているはずだが、それでも進んでいるようには見えない。


 まず土をおこし、雑草や石を取り除く。

 後半はともかく、前半が大変だ。


 土というのは意外に固い。

 いくら現代の農具を使っても、そんなに簡単に広げられるようなものではない。


「魔法とかで、こう、ドカンとできないのか?」

「魔術師は希少な存在だ。共和国全体でも数人しかいないと聞く」

「クレオの部下にいたりしないか?」

「もしいたら、すぐに中央都市に連れていかれるだろうな」


 岬が手を上げた。


「トラクターを買ってくるとか?」

「いや、さすがにアパートの廊下を通らないだろう」

「でも先輩。この調子だと、本当に冬までかかりますよ」

「そうなんだよなあ」


 ただ、実際問題として、起死回生の一手はない。

 来週には【ケスロー】から苗が届くはずだが、それまでに間に合うとは思えない。


「動物とか使えないでしょうか」

「動物って?」

「ほら、牛に農作業を手伝ってもらうじゃないですか」

「ここには馬しかいないからな。それに自分で土をおこすことはできないだろ」

「ああ、なるほど。そのための農具がないといけないんですね」

「ネットで調べるにしても、おれたちで作れるとは思えないしな」


 レベルアップで、そういうものがもらえればいいんだがな。


「どこかにいないもんかな。土をおこせて、作業が早くて、こっちの言うこと聞いてくれる賢い動物」

「アハハ。そんな都合よくいませんよ」

「だよなあ。異世界といっても、そんな便利な動物いないよな」


 ……いやな。

 さっきから岬が一点を見つめているし、おれも同じものを見ているんだ。


 そして二人の視線の先にいるのは、まん丸い身体の巨大モグラ。


 命名、チョコアイス。


 やつはさっきから、鋭い爪をぺろぺろ舐めて手入れしている。


「……そんな都合よくいませんよねえ」

「……そんな都合よくいないよなあ」


 おれたちは顔を見合わせて、乾いた笑みを浮かべていた。






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