第56話 格好いいだろ


 翌日は休みだった。

 岬と柳原が来るのも、すっかり馴染みになった。


 昼頃に移住団が到着し、挨拶を交わした。

 規模としては、十数名。


 主に大工と、その家族だった。

 北の町も復興作業があるので、とりあえずこの人数だという。


 春からの状況を見て、増える可能性もあるという。


 そして移住団が到着したことで露出した問題があった。

 これまで、おれたちが目を背けてきたものだ。


 住人が増えたのに、この問題を無視するわけにはいかない。

 後々、大きな禍根となる可能性もある。


 ……しかし、その解決は一筋縄ではいかなかった。


「大明神兼継」

「マックス」

「安国寺虎之助」

「ハッピー」


 おれと岬は睨みあっていた。

 ぴりぴりとした空気が張り詰めている。


 お互い、一歩も譲らない。

 思えば岬とは、本気で対立したことはなかったな。


「それは犬の名前だろう!!」

「先輩こそ、どこの戦国武将ですか!!」

「格好いいだろ、大明神兼継!!」

「絶対に反対です! マックスのほうが可愛いですもん!」


 向こうで昼飯の準備をしていた柳原が呼びに来た。

 大皿に山盛りのチャーハンが湯気を立てている。


「おまえら、なに騒いでんの?」

「ああ、柳原。いや、ほら。あいつの名前だ」


 柳原が目を向けた。

 そこには、ででんと座る山田村のモニュメント。


 モグラのモンスターだ。


「移住団が怖がるから、名前でも決めて親しみを持ってもらおうと思ってな」

「おまえ、それ解決になってねえだろ」


 しかし、他にどうしろというのだ。

 大工たちは失神するし、騎士たちは常に臨戦態勢だし。


 ……モンスターって、本当に怖がられてるんだなあ。


「まあ、でも名前つけるのは悪くねえと思うぞ。ほら、飯だ」


 柳原がチャーハンを差し出したのは、おれたちにではない。

 モグラの前に、その大皿を置いた。


 モグラがぴょこんと尻を上げて飛びかかってきた。

 移住団からつんざくような悲鳴が上がり――。


「待て」


 ぴた。


「おすわり」


 どすん。


「いいぞ」


 ばくばくばくっ!


 ……飼い慣らされてるなあ。


 その様子を、騎士団や移住民が呆然と見ていた。


「というわけで、柳原。おまえもいい案はないか?」


 ぺろりときれいになった皿を持って、柳原は少し考えた。


「さよ子」

「おまえ、それ元カノの名前じゃなかったか?」


 涙ぐみながら、ドンッと地面を叩く。


「どうして行っちまったんだ。さよ子……」


 本人に聞けよ。


 柳原が嘆いているのを見て、岬がぼやいた。


「……なんか意外ですねえ。恋愛とかサバサバしてる感じだと思ってました」

「あいつは昔からああだ。あまり優しくするなよ」

「もしかして、優しくされると好きになっちゃうタイプですか?」

「一度、優しくすると夜通し愚痴のメールが止まらなくなる」

「うわ、怖っ」


 そこへサチが、清涼剤のような爽やかな笑顔で駆けてきた。


「眷属さまー。炒め終わりましたー」


 大きなフライパンには、チャーハンの具がてんこ盛りだった。


「おい、柳原。サチに料理させてるのか?」

「当然だろ。二号店進出の暁には、こいつが店を仕切るからな」

「おまえ、サチを使って人件費を浮かそうとするな」


 サチの肩を叩いた。


「サチも、嫌なら嫌って言っていいんだぞ」

「いいえ。わたしも楽しいです!」


 柳原の勝ち誇った顔がむかつく。


「おい、ケモミミ娘。おれのことは、これから師匠と呼べ」

「はい! お師匠さま!」


 岬が反応した。


「柳原さん。なんかずるい!」

「はっはっは。おまえも呼び方、変えてもらえよ」

「ええ。でも、なんて?」

「ああん? 奥さまとか呼んでもらえばいいじゃねえの」


 岬がボッと顔を赤らめた。


「い、いやいや! そんなこと恐れ多いっていうか、なんていうか……」

「ああん? 奥さまって、なに想像してんだア?」

「ちょ、べつにそんな、なにも……」


 ちらちらと、こっち見ている。


 ……困ってるようだし、助けてやるか。


「おい、柳原。アホなこと言ってるな」

「はいはい。おれは向こうで昼飯つくってるよ」


 柳原はフライパンを受け取ると、向こうへと行ってしまった。


「岬。あいつの言葉を真に受けるなよ」

「え? ……あ、はい」


 ……なんか残念そうだな。

 変なこと言ったか?


 と、サチが首を傾げた。


「どうしたのですか?」

「いや、こいつの名前を決めようと思ってな。サチはないか?」


 モグラをじーっと見つめる。


「チョコアイスがいいです!」


 おれと岬は顔を見合わせた。


「いいんじゃないか?」

「いいと思います」


 毛色といい、丸い身体といい、合ってるな。


「じゃあ、おまえはチョコアイスだな」


 モグラはすんすんと鼻を鳴らした。

 ちゃんと覚えたのか不安だが、そのうち覚えるだろう。


「神さま、神さま。わたし、あのアイスが食べたいです」

「わかった、わかった。じゃあ明日、時間を見つけて行くか」

「わあーい! ありがとうございます!」


 サチが嬉しそうにまとわりつくので、頭をなでてやる


「岬はどうする?」

「え、あ……」


 うん?

 なんか乗り気じゃなさそうな。


 いつもは即答なのにな。


「予定があったら、無理には……」

「行きます! 大丈夫です!」

「そ、そうか?」


 ……なんだろうな。


 まあ、いまは昼飯にするか。

 そう思って柳原たちのほうへと向かったのだが……。


「山田どの。ちょっといいか?」


 クレオが真剣な表情で、おれたちを呼んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る