第101話 木登りは無理だぞ


 運動公園のトイレの中を覗いた。


「おーい、ミニアイスー」


 いない。

 その向こうにある、蓋付きのゴミ箱を開けてみた。


「ミニアイスー」


 いない。

 運動公園に入っていったんだけどな……。


 しかし、見事に首輪が外されている。

 さすがは山田村の頭脳派ペットだ。

 この程度、やつには足枷にもならぬということか。

 ふふ、そうでなくては我がライバルとは……。


 いかん。

 悪役ごっこをしている場合ではないぞ。


 まさか、にゃんこと追いかけっこをして見失うとは思わなかった。

 ミニアイスは頭がいいし、危ないところには行っていないと思うが。


「一度、アパートに戻ってみるか」


 ここからなら、それほど遠くはない。

 案外、先に戻ってるかもしれない。


「はぐれたときの集合場所を決めとけばよかったな」


 あるいは、お出かけのために携帯でも持たせるとか。

 ペット割って利くのかな。

 CMでも動物でブイブイいわせてるし、もしかしたらあるかもしれない。

 ……あのお父さん、まだ現役なのかなあ。


「あ、交番だ」


 真面目そうな警察官が座っているぞ。

 一応、届け出ておくか。

 もし被害があったら大変だ。

 ミニアイスはお利口さんだけど、花壇に弱いからな……。


「すみません」

「はい。どうしました?」

「さっき、そこでペットとはぐれてしまって……」

「あ、それでは、特徴などをこちらで伺います」


 メモ帳をスタンバイ。


「種類は?」

「モグラです」

「モグラですね。……モグラ?」

「はい。モグラです」

「……モグラ?」


 一応、メモった。


「見た目は?」


 両手で大きさを再現してみる。


「このくらいの大きさで、全身がチョコアイス色で、『キュイッ』って鳴きます」

「……なにか特徴は?」

「あ、首輪は外されたので、たぶん野良と見た目は変わらないと思います」

「……野良のモグラと一緒、と」


 ちゃんとメモってくれる。


「……モグラ、ですね?」

「はい」

「なぜモグラ?」

「村が襲われたとき、成り行きで飼うことになって」

「モグラに村が襲われたんですか!?」


 あ、ミスった。


「いえ、そういう設定で遊んでいるだけです」

「そ、そうですか。設定、ですか……」


 あんまり納得してくれた感じではないけど、ちゃんと受け付けてくれた。


「目撃情報などの届け出があった際、そちらの電話番号へ連絡します」

「よろしくお願いします」


 交番を出た。

 これで、少しは包囲網が広がったはずだ。


「さて、まずはアパートをチェックして……」


 おや?


 運動公園の雑木林で、なにやら見覚えのあるモグラ影が……。


『ギュイッギュイッギュイ~~~~ッ!!』


 あ、ミニアイスだ。

 あっちの樹の下のほうをガリガリやってる。


「おーい、チョコアイス」

『キュイッ!』


 おれに飛びついてきた。

 どうやら、野良モグラではなかった。


「なにしてるんだ?」

『キュイッ!』


 指さすほうを見上げる。

 すると、高い木の枝にさっきの黒猫がいた。


 こっちを見下ろして、ほくそ笑むように『ミュ~』って鳴いている。


「ははあ。逃げられたのか」

『キュイッ!』


 さすがのミニアイスも、木登りは無理だったか。

 まあ、山田村ではビッグサイズだからな。

 なにかに登るという行為は慣れていないのだろう。


『キュイッ!』

「ううむ。おれも木登りは無理だぞ」


 子どものころは経験あるが、いまでは自信がない。

 それに相手はバリバリの野生動物だからな。

 とても捕まえることはできないだろう。


「それに、おれがやっていいのか?」

『キュイ?』

「おれがあいつに仕返しして、おまえはすっきりするのか?」

『……キュイ』


 しょんぼりする。

 心苦しいが、ミニアイスに他人に頼るくせがついては困るからな。


 おじさん、ここは心を鬼にするぞ!


『キュイ?』

「いや、そんなことは言ってない。馬鹿にされっぱなしにならないように努力しようと言ってるんだ」

『キュイ……』

「そうだぞ。今日は馬鹿にされても、木に登れないかもしれない。明日も登れないかもしれない。でも、明後日は? あるいは一ヶ月もすれば、木に登ることができるかもしれない」

『キュイ……』

「そうだな。木登りをマスターしても、あいつをぎゃふんと言わせることはできない。でも喧嘩で勝って、なにが残るんだ?」

『キュイ?』

「きっかけは喧嘩でもいい。でも、喧嘩に勝つことを目的にしたら先はない。喧嘩をきっかけに、もっと上の自分を手に入れるんだ。……おまえには、そういう努力をしてほしい」

『…………』


 しばらく、ミニアイスは黙っていた。

 やがて、こくりとうなずく。


『キュイッ!』

「もちろんだ。おれも手伝うぞ」


 黒猫を見上げた。

 じーっと、おれたちをうかがっている。


「じゃあな」

『キュイッ!』


 ちゃんと挨拶をして帰るぞ。

 上の自分を手に入れるための第一歩だな。


 アパートに帰った。

 すっかり遅くなってしまったな。


「ただいまー」

『キュイキュイ~』


 おや。

 誰もいないぞ。


 みんな村のほうで、お出かけの準備をしているらしい。


「……ミニアイス。明後日からは、一緒にお留守番しような」

『キュイッ』


 おれに優しいのはミニアイスだった。

 心の友よ!


「さて、じゃあ、山田村に戻るか」

『キュイ』


 床下のゲーム機から異世界へ。


『ミュ~』


 ……ん?

 なんか猫の鳴き声がしたけど、気のせいだろうな。


 いつもの草原に降りた。


「あれ。元の大きさに戻らないのか?」

『キュイッ!』


 どうやら、しばらくはこのサイズで木登りの練習をするらしい。

 ……いい目をしている。

 おれもGWは練習に付き合おう。


「あ、せんぱーい」

「神さまー!」


 さっそくのお出迎えだった。

 サチが飛びついてきたので、もふりもふりと尻尾をなでる。


「おかえりなさい!」

「おう、ただいま」

「先輩。なにもありませんでした?」

「ああ、ちょっとミニアイスが猫と喧嘩したけど、大丈夫だぞ」

「え、猫ちゃんですか?」


 それから、なにやら渋い顔になった。


「……それで、まさか連れて帰ってきたんです?」

「は?」


 岬の視線。

 おれの足下に注がれている。


 そこには、黒猫が悠々と毛繕いしていた。


「ああっ!!」

『ミュー』


 さっきの鳴き声、こいつだったのか!

 どうやら、おれたちを尾行して入ってきてしまったらしい。


「ちょ、わ、こ、これ、……飼い主さんは!?」

『ギュギュ……』


 ミニアイス通訳。

 どうやら、野良猫さんらしい。


「ええ。どうする?」

「ど、どうするって言われても……」


 すると猫さん、悠々と足にすりすりしてくる。


「なんで懐いてるんです?」

「さ、さあ?」


 それから、おれの腕に抱かれるミニアイスを一瞥し……。


『ミュ』


 フッと、嘲笑した。……気がした。


『……ギュッ!!』


 あ、ちょっとミニアイス!

 いた、痛いって、ちょ、爪を立てるな……あっ!


 ミニアイスが飛び降りた。

 それから、草原を黒猫と駆け回っていく。


『キュイキュイキュイーッ!』

『ミュミュミュ~』


 さっきのおれのいい台詞も、どうやら本能には勝てなかったらしい。


「……まあ、仲よさそうだし、いいんじゃないか?」

「そ、そうですか」


 GW1日め。

 山田村に新しいペットが加入した。


 ……濃いなあ。

 あと4日。おじさん身体が持つのか心配だな。

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