第100話 ダブルデートというやつだな!


 美味しいものは食べた。

 軽く散歩しながらアパートに帰るぞ。


 住宅街をぶらぶらする。

 チワワを連れた婦人が歩いてきた。


 これはイベントの予感だ!

 きっとチワワと、血で血を争う可愛いペット決定戦が……。


『キャンッ!』

『キュイッ!』


 元気に挨拶して通り過ぎた。

 飼い主たちは控えめに頭を下げて通り過ぎる。


「……終わりか?」

『キュイ?』


 なに言っとんのオッサン?

 って感じで見られてしまった。


 どうやら、モグラ界隈とわんこ界隈は共存関係にあるらしい。

 まだまだ世界は知らないことでいっぱいだな。


「こら、ミニアイス。道ばたの花壇を掘っちゃダメだぞ」

『キュイー……』


 生存本能を押しとどめる。

 辛いだろうが、その花壇を整備してくれる人に迷惑かけちゃダメだぞ。


 しかし、まだ時間は余裕あるな。

 せっかくのデートだし、なんか遊べないか。


「あっ」

「おっ」


 知り合いと出くわした。

 部長の佐藤だ。


「奇遇だね」

「そうだな」


 佐藤の後ろに、小学生くらいの女の子が隠れてしまった。


「娘さんか」

「そうだよ。今日はデートしてるの」

「それも奇遇だな。おれもデートだ」

「え、誰と?」


 ミニアイスが敬礼。


『キュイッ!』

「……………………へえ。可愛い彼女さんだねえ」


 なにやら少し葛藤が見えたけど、無視する方針にしたらしい。

 柳原とかすっかり慣れてるし、新鮮な反応だなあ。


「わあ! 可愛い!」

『キュキュキュ~』


 娘さんがミニアイスに興味津々だ。

 ミニアイスもお腹を見せてなで回されている。


「これから、どこ行くんだ?」

「その先の映画館」

「へえ。映画か」


 そういえば最近、映画館に行ってないなあ。

 久しぶりにあの空気を体験したくなる。


「おれも同行していいか?」

「まあ、うちのもモグラさんのこと気に入ってるみたいだし」


 ということで、一緒に向かったぞ。

 これが俗に言うダブルデートというやつだな!


「ここ」

「ほほう」


 ちょっと寂れたビルにある場末の映画館だった。

 最新作じゃなくて、ちょっと時期の遅れた映画を流すところだ。


「よし。おれが払おう」

「……その子は?」


 ミニアイスを見ると、こくっとうなずいた。


「見るそうだ」

「……あ、そう」


 ガラス窓で仕切られた受付だった。

 その奥に、女子校生っぽいスタッフさんがいる。


「大人2枚、小学生1枚、獣1枚」


 トレーを差し出してきた。


「1800円が2枚、1100円が2枚、合計4枚で5800円になりまーす」


 ミニアイスは小学生料金らしい。

 柳原のところと違って、非常にリーズナブルだな。


 二階に上がった。

 昔ながらの売店がある。


「なんか食べるか?」

『キュイッ』

「ポップコーンを一つ」

『キュイッ!』

「ミニアイス。ここに悪魔のディップ味はないんだ」

『キュイ~……』


 塩味とキャラメル味のハーフ&ハーフだ。

 飲み物はコーラをチョイス。


 佐藤たちも、それぞれポップコーンを頼んでいた。


 ガラガラなので、真ん中あたりの座席に陣取った。


「わたし、この子と座る!」

『キュイッ!』


 おれ・娘ちゃん(膝にミニアイス)・佐藤の順だ。

 しかし、このガラガラ具合。

 GWなのに、これでいいのだろうか。


「お、始まったな」

「おじちゃん。シーッ!」

『ギューッ』


 二人にシーッと注意された。

 小学生と獣のほうがマナーに敏感だ。


「……疑問を持っているわたしのほうが変なのかなあ」


 佐藤が難しい顔で唸っている。

 そうこうしている間に、映画が始まった。


 アニメ映画だ。

 ほら、飼い犬たちがお留守番しながら大暴れするやつ。


「…………」

『…………』

「…………」

『…………』


 二人でめっちゃ真剣に見てる。

 ときおり「わかるわかるー」って感じでうなずいていた。


 しかし、最近のアニメはすごいなあ。

 映像も綺麗だし、音声もすごく迫力がある。


 おや。

 もうミニアイスのポップコーンがないぞ。


 売店に買いにいった。

 そして空っぽになったカップと入れ替える。


「…………」

『…………』

「…………」

『…………』


 ミニアイスは無心でひょいぱくしている。

 続いて娘ちゃんのポップコーンがなくなった。


 新しいのを買ってきて、カップを入れ替える。

 娘ちゃんが無心でちょいぱくしていた。


 ……映画が終わった。

 結局、ずっと二人のポップコーンを入れ替えていた。


「ミニアイス。おもしろかったか?」

『…………』


 す、と手のひらを差し出された。

 どうやら、感想は一人で噛みしめるタイプらしい。


 余韻を壊さないように黙っていよう。

 でも気に入ってくれたようなので、売店でお土産を買うぞ。


「パンフレットを一つ」

『キュイッ』

「あと、こっちのキーホルダーを娘ちゃんに」

「わあい! ありがとう!」


 非常に満足そうであった。

 映画館を出て、佐藤たちに別れを告げる。


「じゃあ、また会社でな」

「そ、そうだね」

「ばいばーいモグラさーん!」

『キュイーッ!』


 楽しいひとときだったな。

 もういい時間になってきたので帰路につこう。

 あまり遅くなると、岬たちに心配させてしまう。


「きゅいっきゅいっきゅいー♪」

『キュイッキュイッキュイー♪』


 河原をてくてく歩いていく。

 のどかな風景だ。

 ゆっくりと日が沈んでいく。

 空がグラデーションを描いていた。


「大学を卒業したあと、こうやって散歩することもなかったなあ」

『キュイッ』

「そうだな。おまえに感謝だな」

『キュイッ』


 そういえば同僚の水戸部が、最近は二駅ほど歩いていると言っていたな。


 おれも健康のために歩いてみようかな。

 そのためには、まず歩きやすい靴を選びに行こう。


「……ん?」


 ふと、目の前を黒猫が横切った。

 たったそれだけのことだ。


「あいつ、こっち見てないか?」

『…………』


 ミニアイスに目を向けた。

 そしてぎょっとした。


 ミニアイスの体毛が、びびーんと逆立っていたのだ!


『ニャア』

『キュイ……』


 謎の緊迫感。

 突然、ミニアイスが駆けだした!


「ちょっと、待て!」


 しかし大丈夫。

 リード付きの首輪が……あ、外された!


『キュイキュイキュイーッ!!』


 ……行ってしまった。


「…………」


 どうやら、モグラ界隈とにゃんこ界隈は犬猿の仲らしい。

 そういえば桃太郎の昔話で、なぜ犬と猿は同じチームでも……いや、現実逃避している場合ではないな。


「……やっぱり普段から歩いてればよかったな」


 急いで二匹のあとを追いかけた。

 せっかくの100回記念なのに、これでいいのだろうか。

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