第95話 書籍版02番外編『みさみさパニック③』


 書籍版の岬が望むものをあげる。

 そして向こうの山田村に帰ってもらう。


 うん、意味がわからん!


 ちょっと条件が曖昧すぎるぞ。

 いつもこんなことをしているのか?


「望むものねえ……」


 ゲーム画面から、岬の様子を見物。

 彼女のキャラクターから『♡』が連発している。

 モフモフパラダイスにご満悦だ。


「ご機嫌【A】か」


 どうやって見るんだろう。

 この『☀』をタッチすればいいのかな。


 えいっ。


――――――――――――――――――

■ 書籍版の岬 : ご機嫌【C】 ■

――――――――――――――――――


 でちゃったよ。

 ちょっと簡単すぎないか?


「しかし、いまは【C】なのか」


 そもそも、【C】がどのくらいのものなのか。

 いいのか、悪いのかもわからない。


「とにかく、望むものを聞き出さないとな」


 これ以上は、いくら『☀』をタッチしても新情報なし。


 ということで、再び山田村へ。


「なにがほしいんだ?」

「うわ、直接聞いてきた!」


 仕方ないだろ。

 気が利かないのは、おまえも知ってるはずだ。


「ほしいものですか……」


 岬はモフ尻尾をはむはむしながら考える。

 ……本当に食べたりしないよな?


「実際、わたしもよくわからないんですよねえ」

「よくわからない?」

「はい。ちょっと木陰でふて寝してて、目を覚ましたら……」

「こっちの世界になってた、と?」

「そんな感じですね」

「それまでは、なにをしていたんだ?」


 ううん、と首をかしげた。


「ハンモックができたので、次は温泉を作ったんですよね」

「あのレベルアップで獲得できるやつか?」

「はい。それで、温泉周りの石床をみんなで洗ってたんです」

「ふむふむ」

「そしたら、先輩が石けんでホッケー始めて……」

「……ふむ?」

「先輩がブラシで、さっちゃんが尻尾で、石けんを打ち合ってたんですよね」

「…………」


 ……そういえば、おれもやった記憶が。


「それで転んだんです」

「おれが?」

「はい。そこで注意したんですけど、先輩が……」


 ハッとした。


「それですよ!」

「それなのか」

「聞いてくださいよ!」

「あ、うん。なに?」

「先輩って信じられませんよ! 人が『危ないからやめときましょう』って優しく言っても聞かないで、転んだあとも『おまえが怪我するわけじゃないからいいだろ』とか言うんですよ!」

「うん、うん?」

「どう思います!?」

「どう思うと言われても……」


 ……やっぱりおれだなあ、としか。


「あー、わかった! わたし、わかっちゃいました!」

「なにを?」

「きっと、先輩のこと一発ぶん殴りたいんですよ!」

「おおっと」


 じりじりとにじり寄ってくる。

 これは、とんでもないとばっちりだ。


「人の親切心をよくもーっ!」

「すまん、すまんから!」


 気持ちはわかるけど!

 それに同一人物だけど、おれでストレス解消するのは違うんじゃないか?


「わかった! おまえにお詫びをする!」

「……ほう」


 ふふん、とふんぞり返った。


「言っておきますけど、わたし高いですよ?」

「くっ。いったい、どんな無理難題を……」


 フッと微笑む。


「コンビニの新作スイーツを所望します」


 やっすい。

 なんてチョロいんだ。


「あ、いま安いとか思ったでしょ!」

「ぎくっ」

「言っておきますけど、これで終わりじゃないですよ」


 マジか。

 いきなり『おれへの恨みリスト』とか書き始めたぞ。

 ずいぶんと腹に据えたことが多いらしい。


 これは、なかなか大変なクエストだ。



 ***



 まずはコンビニスイーツに始まり。

 モフっ子たちによる日々の疲れを癒やすマッサージ。

 イトナの美味しい手料理の数々。


 もはや岬感謝デーの様相だった。

 そういえば、こうやって岬を労ったことないなあ。


 サチを膝に乗っけて、食後のモフモフタイムである。


「はあああ。やっぱりさっちゃんの尻尾が一番だなあ」

「あ、ありがとうございます」


 サチがくすぐったそうに困っている。


「他に、なにか希望はあるか?」

「うーん。お腹もいっぱいだし、特にこれといっては……」


 すごく機嫌はよさそうだ。

 もしかして、もうクエストをクリアしたんじゃないだろうか。


 とか思ってると、岬の頭上に変なものが浮かんだ。


――――――――――――――――――

■ 書籍版の岬 : ご機嫌【B】 ■

――――――――――――――――――


 SF映画で見たやつだ!

 ますますゲームっぽいぞ。


 しかしご機嫌は【B】だ。

 もっとガンバレということか。


 しかし、これ以上は可能なのか?

 岬だって、特に希望はないと言ってるし……。


「チース。なんか賑やかだな」

「おお、柳原」


 アパートの鍵を勝手に開けて入ってきたようだ。

 山田村にいたら気づかないから、合鍵は渡してるんだけど。


「岬が大変なんだ!」

「はあ? 嬢ちゃんがどうした?」


 とりあえず、実際を見てもらった。

 しかし柳原は平然としたものだ。


「なんだ。書籍版の嬢ちゃんか」

「なんでわかるんだよ!?」

「いや、どう見てもこっちの嬢ちゃんと違うだろ」


 気になるのはそこじゃない。

 書籍版という言葉がナチュラルにでてくるところだ。


「あと、こっちの嬢ちゃんのほうが三割増しほど胸を盛ってる」


 ――スカーンッ!


 ヒールをぶつけると、勢いよく殴りかかった。


「だまらっしゃーっ! おまえらデリカシーナシ男どもを、いまこそ撲滅してやるーっ!!」

「ぐはあ! ちょ、すまん、悪かった!」


 ……ううむ。

 実を言うと、おれもちょっと思ってたんだよな。

 口に出さないでよかった。


「巫女さま! 胸がなくても巫女さまは素敵だと思います!」

「サチよ。それはフォローになっていないぞ」


 ああ、岬のご機嫌が【C】になってしまった!

 これが【D】になると、どうなってしまうのだろうか。


 ものすごく緊張感がないので、あんまりドキドキしないな!


「それで、なんで書籍版の嬢ちゃんが?」



 かくかくしかじか。



「……なるほど。それで、嬢ちゃんのほしいものを片っ端から?」

「そうだ。おまえのせいで【C】になっちゃったけどな」

「でも、それたぶん意味ないぞ」

「どうして?」


 すると、柳原が手招きした。

 岬たちに「ちょっと連れション」と言ってアパートに戻る。


 ……30代おっさんの連れションとか。


「山田よ。このゲーム機の文脈は矛盾してるよな?」


 改めてゲーム画面を見てみる。


―――――――――――――――――――――――

■ 特殊クエスト《みさみさパニック》 ■


  山田村に書籍版の岬が迷い込んでしまったぞ

  彼女の望んでいるものをあげて、元の山田村に帰してあげよう


 ○勝利条件 : 岬のご機嫌【A】達成

 ●敗北条件 : 岬のご機嫌【D】低下

―――――――――――――――――――――――


「いや、よくわからんが……」

「この『望んでいるものをあげて』やることは、こっちの世界に未練が強まることだ」

「そうだな」

「それなのに『帰してあげよう』ってのは、流れが不自然だろ?」


 確かに、そう言われればそんな気がする。


「このクエストは、つまり『嬢ちゃんに元の山田村へ郷愁の念を抱かせて、帰りたがるようにしろ』ってことじゃねえのか?」

「…………」


 この岬の言葉を思い出した。


『うーん。まあ、あえて答えるなら、ぶっちゃけ帰りたくないですね』


 なるほど。

 岬が帰りたくない状態で接待しても、より留まりたがるだけってことか。


「そんなにモフモフパラダイスが好きなのか」

「いや、違うだろ。向こうには、向こうのケモミミ嬢ちゃんがいるんだろ?」

「それも、そうだな」

「なんか他に、不満とか言ってなかったか?」

「不満?」

「ふて寝してたら、こっちに来ちゃったんだろ? つまり、向こうに不満があるから帰りたくないわけだ」

「……ああ、なるほど」


 そうやって考えると……。


「……そういうことか」

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