第96話 書籍版02番外編『みさみさパニック④』
再び、山田村へ。
「岬よ」
「どうしました?」
さっき思いついたことを実戦してみる。
「せっかく向こうの世界のおまえがいるんだし、おれにも変なスキルがあるか試してみたい」
「はあ、そうですか」
「なので、そっちで作ったハンモックを再現しようと思う。おまえにもアドバイスがほしい」
「いいですけど。どうせ暇だし……」
ということで、さっそくハンモックDIYのスタートだ!
***
ネットの普及はすごい。
動画サイトとかでも、プロが無料で技術を公開しているものも多い。
手作りハンモックも、それらしいものがあった。
いくつか見て、要点を確認。
必要なもの。
頑丈で大きな布。
両側で布を固定するハンモックスタンド2脚。
※しっかりした木などがある場合は、1脚ないし必要なし
まずは近所のホームセンターで、材料をそろえるぞ。
「頑丈な布って、どうすればいいんだ?」
専用の布なんて売ってないし。
「向こうの先輩は厚手のカーテンを使ってましたね」
「カーテン?」
カーテンって、窓に取り付けるカーテンか?
「カーテンって意外に頑丈なんですよ。それ単品でもハンモックの布になりますけど、ふわふわ感が強すぎたので、裏地にビニールシートを重ねて安定感を求めてました」
「へえ。けっこう考えてるんだな」
ということで、それに倣ってみる。
カーテンを購入だ。
「ハンモックスタンドは?」
「ええっと、この設計図に沿って……」
今回は、山田村に大きな木があるので、スタンドは1脚だ。
好みの長さの角材を二本。
大量の頑丈なロープ。
そして諸々の金具。
※使用環境や耐久度によって必要なものが違うので、下調べをしっかりね!
工具は山田村で借りることにした。
「しかし、材料もこんなものでいいんだな」
「あくまで趣味レベルのものですからね」
というわけで、購入だ。
***
それらを持って、山田村へ。
「さて、それじゃあ作るぞ!」
「はーい!」
サチと柳原を加え、さっそく作業だ。
まずはスタンド制作。
コレが大事だ。
二本の角材の先端近くを重ねて、金具で固定。
それぞれの中間点を、棒状の金具で補強。
ちょうど《A》のような形状になる。
そのてっぺんにロープを取り付け、地面に固定。
俯瞰すると、《▽》みたいな感じだな。
スタンドのバランスが取れた状態で、ひとまずの準備が完了だ。
次は布のほうだ。
おれは裁縫ができないので、これはイトナにしてもらった。
布の両側を縫い合わせ、ロープが通るようにする。
カーテンなら、フックを通す部分に直接通してもいいと思うぞ。
カーテンに通したロープ。
その片方を、まずは別荘の近くにある大木へ。
普通は大木のほうに金具を取り付けるが、今回はネットの『金具の必要ない巻き方』を参考にしてみた。
そっちが固定できたら、いよいよスタンドの登場だ。
その《A》のてっぺんに金具を装着し、もう片方のロープを固定。
これで完成だ!
「おお。けっこうさまになってるな」
「そうですね。向こうより色のセンスがいいですね」
本当にあっという間だった。
やってみれば案外できるもんだなあ。
「神さま、サチが使ってみてもいいですか!?」
さっちゃんワクワクである。
その期待に応えてあげたいところなのだが……。
「サチよ。まずは、おれにさせてくれ」
「はい、サチは待ってます!」
フンスと鼻を鳴らして待機の姿勢。
そんなサチに、心の中でごめんねのポーズ。
おれはやるべきことがある。
柳原とアイコンタクト。
こっそりとハンモックに細工をしてもらう。
「岬のおかげだな」
「そうですね」
素直なやつである。
「危ないので、最初は気をつけて乗ってくださいよ」
「おう、わかってる」
わかってるけど、そういうわけにはいかないのだ。
おれはハンモックの前に立つと、ぐっと力を込める。
そして勢いよく、ハンモックに飛び乗った。
「ちょ――」
岬が目を剥いた。
おれを包んだ布。
それが、ガクンと揺れた。
スタンドがずれていて、バランスが崩れたのだ。
そして、おれは地面に落っこちてしまった。
「ぐあっ!」
ゴツン、と頭を打った。
土の柔らかい場所を選んだつもりだが、それでも痛いものは痛い。
「なにやってるんですかあーっ!」
岬がすごく怒っていた。
「だから、わたし『気をつけて』って言ったじゃないですか!」
「ああ、すまん」
「さっちゃんだって心配するし、みんな困るんです!」
「そうだな。その通りだ」
「わかってるなら、なんでいつも言うこと聞かないんですか! あの巨大モグラと戦ったときだって、危ないからやめるように言ったのに……」
その剣幕に圧倒されそうだ。
……それだけ、本気で怒っていると言うことだろう。
「ありがとう。いつも心配してくれて」
虚を突かれた様子だった。
目を丸くして、おれの顔を見ている。
「おまえが心配してくれてるのは、よくわかっている」
「じゃあ、なんで……」
「でも、それはおまえを軽視してるわけじゃない。おまえがいてくれるから、好きなようにできるということだぞ」
「…………」
岬の不満の原因。
それはすごく簡単なことだった。
「おまえがいてくれるから、おれはいつも自由にできるんだ。おれはいつも、おまえに支えられている。大事なところで素直じゃないから、いつも減らず口ばっかり言ってるけどな」
あっちのおれのことはよくわかる。
なぜなら、おれと同じやつだ。
「だから、元の山田村に戻ってほしい。向こうのおれは、おまえがいないと楽しくないだろうからな」
「…………」
あっちで遊ぶモフモフたちを見る。
やがて名残惜しそうに、ため息をついた。
「……わかりました。しょうがないから、もうちょっと先輩の面倒見てあげます」
「うん、ありがとう」
「まったく、わたしがいないとほんとダメなんですから。部屋の片付けはしないし、さっちゃんに変なこと吹き込むし」
「ああ、よくわかってる」
「いいですか! わたしは許したわけじゃないですからね! さっきのスイーツのお礼なんで!」
「わかってる、わかってる」
こいつも大概、素直じゃないなあ。
まあ、それくらいじゃないと張り合いがない。
「じゃあ、お疲れさまです」
「はい、お疲れさん」
岬が消えた。
本当に、一瞬のことだった。
「……変なことがあるもんだなあ」
のっそりと影が差した。
見上げると、チョコアイスが巣穴から出てきていた。
「よう、チョコアイス。さっきの話、聞いたか?」
『キュイッ』
「向こうでは、おれはおまえと戦ったらしいぞ」
『キュイッ』
「そんな世界も、ちょっと楽しそうだなあ」
『キュイ~~……』
こいつわかってねえなあ、って呆れ顔だった。
それはしょうがない。
だってこの世界にいると、楽しいことばかりで少しだけ無茶をしてしまうからな。
「神さまー!」
サチがハンモックで手を振る。
どうやら、柳原と組み立て直したようだ。
「さーて、おれもハンモックで遊ぶか」
『キュイッ!』
おれも岬が部屋の片付けしてくれたときは、ちゃんとお礼を言うようにしないとな。
***
【書籍版の山田村】
岬が眠り続けて、丸一日が経過した。
ハンモックに寝かせて、その様子を見ている。
さっきからむにゃむにゃ気持ちよさそうなので、死んではいないと思う。
「なあ、カガミ。どうだ?」
「落ち着け。命に別状はない」
ただの昼寝だと思っていた。
しかし、まったく起きる気配がない。
魔素を感じるそうなので、なんか魔術っぽいものだろうということだった。
「しかし、誰がこんなことを……」
「この付近は、魔素の吹きだまりだ。変異してスキルを持った蟲にでも刺されたのだろう」
「どうにか、ならないのか?」
「サチたちが薬草を採りにいってるから、ちょっと待っていろ」
やれやれ、とため息をつく。
「しかし、薬草だけじゃ起きないかもしれないぞ」
「え、怖いこと言うなよ」
「いや、真面目なことだ。この手の魔術は、対象の心に影響を受けるからな。というか、この子に起きる意思があったら、とっくに起きている。そのくらい弱い魔術だ」
「つまり、岬が起きたくないと思ってるってことか?」
「そうだ。貴様、最近この子の機嫌を損ねるようなことしたか?」
「……心当たりがありすぎる」
「貴様ってやつは……」
そこへ、サチの声がした。
『神さまー!』
巨大オオカミサチが、イトナを背に乗せている。
戻ってくると、さっそく薬草を煎じてくれた。
「神さま。こちらを飲ませてください」
「おお、イトナ。ありがとう」
その煎じ薬を飲ませた。
ええい、この、なかなか難しい。
奥に押し込むようにして、と……よし!
「む、ふぐっ」
「お、起きたか!」
「……むぐっ、……ううっ」
「……ん?」
しーん、と反応がなくなった。
というか、息をしていない。
「……あれ?」
……もしかして、死んだ?
「わあーっ! 岬、岬、しっかりしろ!」
がっくんがっくん揺すっても、反応がなかった。
「すまん、おれが悪かった! これからはちゃんと部屋も片付けるし、おまえ言うことも素直に聞くから……」
……んん?
「……おい、岬。起きてるだろ?」
「プフッ」
岬が噴き出した。
可笑しそうに肩を震わせている。
「おまえ、心配したんだぞ!」
「アハハ。だって先輩が本気で焦ってるの、おもしろすぎ……あいたっ!」
笑いすぎて、ハンモックから転げ落ちた。
ゆっくり起き上がると、ぐっと伸びをする。
「あー、よく寝たー」
「……おまえ、大丈夫なのか?」
「んー。むしろ、かなり気分いいですね。なんかモフモフに囲まれた楽しい夢だったような……」
いつも通りだなあ。
まあ、起きてくれてよかった。
「その、昨日は悪かった。おまえが注意してくれたのに、危ないことして……」
「…………」
岬は不思議そうな顔で見ていた。
「なんだ?」
「あ、いえ。なんか既視感が……」
それから、パンと手を叩く。
「じゃあ、一つお詫びしてもらいましょうか」
……なに?
もしかして、なにか無理難題を吹っかける気じゃないだろうな。
すると岬は、にっこり可愛らしく笑った。
「コンビニの新作スイーツを所望します♡」
『みさみさパニック』 了
PS.
番外編、お付き合いありがとうございました!
こんなツンデレ可愛い岬ちゃんからクールに罵倒されたりキックされる『四畳半開拓日記02』は、本日、電撃の新文芸より発売です!
マゾっけのある人もない人も、ぜひとも買ってください!
よろしくお願いします!
↓↓↓試し読みへのリンク↓↓↓
https://dengekibunko.jp/product/tatami/321902000186.html
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます