第87話 文化祭の出し物決めみたいだな


 発芽したナスを、苗ポットに移動した。

 まさか畑の成長スピードが、こんなに早くなっているとは思わなかった。


 早く育つのは嬉しいけど、これじゃ風情もない。

 ……次のレベルアップのとき、育成速度ダウンとか選んだら怒られるかな。


 苗ポットに移したものを、今度は日の当たる場所に並べる。

 この状態から二ヶ月ほどで定植苗になるらしいので、それまで水を切らさないように管理してもらおう。


 サチがわくわくした様子で、じーっと苗を見つめている。

 おれも隣に座って、じーっと見ているぞ。


「おお。すでにちょっと葉っぱができている……」


 この調子だと、明日には畑に移せそうだ。


 そういえば、前回は畑に植えておしまいだった。

 それで収穫まであのスピードだったのだから、苗になるのもこんなものかもしれない。


 となると、俄然気になるのがこれだ。



「第1回、ナスをどうやって食べよう会議~~」



 パチパチパチパチ。

 まばらな拍手とともに、第2回・山田村総会議が幕を開けた。


 おれ発案の一夫一妻制会議は却下したくせに。

 なんて食いしん坊なやつらだ。とても頼もしいぞ。


 前回のメンバーに、サチが加わっている。

 そして、忘れてはいけないのが……。


「司会進行の岬です。今回の会議に際して、特別顧問をお招きしております」


 柳原が頭を下げた。

 山田村のお料理大臣だ。


「まず、ナスについてですが……」


 いつの間にか運び込まれていたホワイトボードに書いていく。


「食物繊維が豊富で、とても身体にいい野菜です。料理方法も多岐にわたり、揚げ物、炒め物、お漬物など、非常に便利な食卓の味方です」


 うんうん、とイトナがうなずいている。


「こちらの世界では、主にオーブン焼きやパスタなどで食べられます」

「なるほど。それでは、第一候補として挙げておきます」


 オーブン焼きとパスタの項目が追加された。


「ナスのグラタンとか美味しいよな」

「柳原さまのデミグラスソース大好きです!」


 じゅるり、となってしまった。

 おっと、いけないいけない。

 今回はちゃんと議長だから、しっかりしていなければ。

 ……じゅるり。


「どうせですから、山田どのの世界の料理も試してみたいものですな」


 ナスが好物なのか、ダリウスが積極的に意見を出していく。


「ええっと、こっちでもオーブン焼きとかパスタには使うけど……」


 個人的には、ちょっとお洒落すぎて親しみが薄い。

 おれが日ごろ、ナスを食べるときは……。


「天ぷらだな」

「ほほう。天ぷらとは?」

「日本の揚げ料理だな。そのままでも美味しいが、塩や出汁、レモン汁やわさび。多種多様の薬味にも対応できる。そばのつけ汁をどっぷり染みこませるのもうまいんだぞ」

「むむ。それは酒も進みそうですなあ」


 そこで、岬が手を挙げた。

 相変わらず、司会進行とは名ばかりだ。


「わたしは中華料理がいいです!」

「ほほう。麻婆茄子か?」

「爽やかで、ぴりっとした辛み。新陳代謝も促進するし、健康という意味でも効果抜群。そろそろ暑くなってきたし、ぴったりじゃないですか?」


 クレオが興味を示した。


「それは部下たちも喜びそうだ。ぜひとも食べてみたい」

「やった。二票入れまーす」


 とんでもない職権乱用だった。

 しかし、こっちの天ぷらもダリウスの票が入って同点だ。


「先日、柳原さまが作ってくださったカレーという料理にはいかがでしょう?」

「お、イトナ。それもいいな。夏野菜のカレーには定番だ」

「ああ、それも辛い系としてはいいですね!」

「サチはクレープにしたいです!」

「そういえば、子どものころは茄子の肉詰めが好きだったよなあ」

「ああ、茄子が嫌いな子どものためのお弁当メニューですね。わたし、居酒屋にあると頼んじゃうことありますよ」

「サチはクレープがいいです!」

「酒を考えるなら、和食もいいよなあ」

「あ、焼きナスとかどうです?」

「おお、いいな」

「神さま。和食と言えば、今朝の味噌汁には合いますかな」

「さーちーは、くれーぷ~~~~!!」


 わいわいがやがや。

 そのうち、予想できすぎる事態に陥ってしまった。


「ううむ。どうしたものか……」


 ホワイトボードに、乱雑に書き殴られた料理の数々。

 意見が出れど、まったく決まる気配がないのだ。


 ……学生時代の文化祭の出し物決めみたいだなあ。


「どれも美味しそうだが……」

「そうですねえ。とりあえず、ナシのものから消していきます?」

「でも、どれも理屈として間違っているわけじゃないし……」


 ううん、と考え込む。

 前回の会議は、方向が決まっていたからな。

 そういう意味では、結論が出るのが早かった。


「……ハア。見てらんねえな」


 その声の主に、視線が集中する。

 これまで静観していた柳原が、ようやく口を開いたのだ。


「おまえらは、根本的な勘違いをしている」

「な、なんだと……?」


 中央に歩み、バッと両腕を広げた。


「そもそも、なぜ一品に絞らねばならない!? すべて美味そうなら、すべて作ればいいじゃねえか!!」


 ガガーン、と衝撃が走る。

 ……なんか、前回と同じパターンだな。


「しかし、柳原さま!」


 カガミが声を上げた。


「理屈としてはわかりますが、それは不可能です! 各自が好きなものを作るなど、どうあっても手が足りないはず!」

「なるほど。こっちのケモミミ父ちゃんたちは、料理を女性たちに任せっきりだからな。そうなると女性たちの負担が増えるのでは、と考えているわけだ」


 こくりとうなずく。

 しかし、柳原は一蹴した。


「だから、おまえらは馬鹿だと言っているんだ!!」


 ガガーン、とさらに衝撃が走る。


「おまえたちの飯に対する意識を、おれがぶち壊してやる。畑仕事が一区切りついたいま、その準備を開始するぞ!」


 ビシッとポーズを決める。

 その背後から、後光が差しているようでもあった。


 そのときの柳原の姿は、神々しさすら感じさせる。

 そして、おれたちがその意味を知るのはすぐあとのことだった――。






 PS.親知らず無事に抜けました


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