第19話 百円で売っているような、固いだけのフランスパン


 まずい、というか、味がほとんどない。

 ただ水を煮立たせて飲んでいるだけだ。


 確かに、あのおにぎりの味付けを感動していたくらいだ。

 調味料など、こっちでは高価なものなのだろう。


 心配そうにイトナが聞いてくる。


「やはり、お口には合いませんか?」

「……いや」


 おれはもう一口、スープを飲んだ。


 確かに、現代に比べればまずい。

 向こうでは、これは料理とは呼べないだろう。


 しかし案外と悪くない。


 空腹のせいだろうか。

 この微妙にまずいスープが、妙にあとを引くのだ。


 パン、パンが欲しい。

 スーパーで、百円で売っているような、固いだけのフランスパン。


 あれを浸すと、なんかよさそうだ。

 今度は持参しよう。


「悪くない。本当だ。お代わりをくれ」


 おれの言葉に、イトナはホッとした。

 お代わりなど厚かましいとは思うが、ここは行動で示したほうがよさそうだ。


 この、めちゃくちゃ固い、スルメのような肉が気になる。


「これは?」

「ツチクイの肉です」

「ツチクイ?」


 小屋の中に、ロープで同じ肉の塊が吊るしてあるのを見つける。


「ここらに出没するモンスターです。それほど凶暴ではないのですが、農作物を荒らすと言われていて……」



 あ の モ グ ラ だ



 ははあ。

 こんな感じの味なのか。


 今度は、できれば生きている姿を見てみたいものだ。


 食事を終えて、カガミと周辺の事情について話していた。


「へえ。ここは大陸の西南に位置する場所か」

「はい。わたくしも話にしか聞いたことはありませんが、大陸は三つの大国が領土を分け合っているそうです」

「三つの国って?」

「純人種の治める帝国と、亜人種が集う共和国、そして神と呼ばれる指導者を擁する皇国です」


 本当にファンタジーという感じの言葉が並んで実感する。

 ここは本当に異世界なのだな、と。


「ここは、どの領土なんだ?」

「正確なことはわかりませんが、共和国領と帝国領の中間だと思います」

「近くに町はないのか?」

「北のほうに、共和国に属する小さな国があります。他はわかりません。東の森のせいで、行商が通るような場所でもないですから」


 つまり、どちらかといえば共和国寄りということか。


「おまえたちは、どうしてここに? そんな辺鄙な場所で暮らすなんて大変だろう」


 見た様子では、やはり他にヒトはいない。

 たった一家族のみで暮らすなど、あまりに危険だ。

 他に町があるなら、そこで暮らしたほうがよかろうに。


 カガミはそっと、娘のサチに目をやった。

 彼女はうつむいたまま、ぎゅっと服の裾を握っている。


「……実は一族から逃げて来たのです」


 おれは面食らった。


「どうして? あ、いや、無理には聞かないが……」


 サチは立ち上がると、そっと小屋を出た。


「あまり遠くに行くんじゃないぞ」

「うん、わかってる」


 彼女がいなくなったあと、カガミは小さくため息をつく。


「……実はサチが、貴族の目に留まりまして」

「目に留まる? それは、結婚相手として、ということか?」

「いいえ。少し違います」


 その顔色は暗かった。


「共和国は、亜人種の連合国家です。しかし、それをまとめるのは純人種の中央国家。迫害された亜人の理想郷とは謳っていますが、実際は純人種に逆らうことはできません」

「純人種?」

「神さまのような、獣の血を引かないニンゲンです」

「つまり、おれのようなやつらが、おまえたちを従えているのか?」

「そういうことです。わたくしたち月狼族の住む集落を領土としていた男は、少し、よくない趣味がありました」

「よくない趣味?」

「亜人種の美しい少女を強引に召し上げると……」


 さっきのスープが逆流してくるような気がした。


「胸くそ悪い話だな」

「そう言っていただけて、安心しました。やはり神さまは、そのようなニンゲンとは違うようです」

「当たり前だ。なるほど、そいつがサチを狙ったということだな」

「お察しの通りです」

「断わることはできないのか?」

「そうすれば報復が待っています。集落は貴族を恐れて、サチを差し出そうとしました。わたくしどもはサチを守るため、意を決して逃げ出したのです」

「なるほど、だいたいは察した」


 だから人里から離れたこんな場所で、一家だけで暮らすことにしたのだ。


「辛い決断だったな」

「本当に苦しいのはサチです」


 それもそうだ。

 一家が逃げ出したことで、集落はとばっちりを受けていると考えるのが妥当だ。

 そこには当然ながら、親せきや友人もいるだろう。


「おれは結婚もしていないし、娘というのもよくわからん」

「…………」

「でも、おまえの行動は応援するよ」


 カガミが、ぎゅっと唇を噛んだ。

 そうして、深く頭を下げる。

 その肩は、隠すこともできないほど震えていた。


 おれは立ち上がった。


「ちょっと、外の空気を吸ってくる」


 返事を待たずに、小屋の外に出た。

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