無人島でエルフと共同生活

わんた@[発売中!]悪徳貴族の生存戦略

エルフと始める無人島生活

第1話 無人島でエルフを拾う

 職を追われ、両親に絶縁されたある日。勢いに任せて購入した宝くじで10億円を当てた幸運な男がいた。誰もがうらやむ高額当選だが、降って湧いた幸運は長く続かなかった。会ったこともない親戚や名も知らぬ他人から、朝の挨拶するような気軽さで「金をくれ」と言われ続ける。


 そんな日々が清水健人を追い詰め、半ば自暴自棄になると、誰も予想しなかった大胆な行動に出た。


 引っ越しても追いかけてくる金の亡者から逃げ出すために、九州にある無人島の一つを購入して移り住み、人との関わりを全て切ることを決意する。


 手続きの間は隠れるように無人島へと転がり込み、釣りやコテージの前にある小さな畑の手入れなどのスローライフを楽しみながら井戸、バイオトイレ、ソーラーパネルなどといった最低限のインフラの工事が終わるのを待っていた。


 4月が過ぎて暖かくなり始めたとはいえまだ肌寒い季節。すべての工事が終わり、記念するべき移住7日目の朝。日々のストレスに開放された健人は、海釣を楽しもうと、ライフジャケットを身に着けながら、機嫌の良さを象徴するかのように浜辺で歌っていた。


「昨日は坊主だったし、今日こそ釣るぞー! 鯛が釣れたら、炊き込みご飯にして食べようかな? それとも焼いて食べるべきかな?」


 人の視線を気にせず、独り言にしては大きな声を出しながら、無人島には不釣り合いなほど豪華なクルーザーに荷物を運んでいると、この島には存在しないはずの人間が、ビーチで仰向けに倒れているのを見つける。


 見間違えたと思い目をこするが、何度見ても姿が消えることはない。たっぷりと時間を使ってから、ようやく幻ではないと実感すると、手に持っていた荷物を放り投げて走り出した。


「おい! 大丈夫か?」


 自分以外の人間がいることに疑問を感じる前に体が動き、小走りで駆け寄る。

 近づくにつれて容姿があらわになる。肩甲骨まで届きそうな長い金髪、緑色の麻のような服、右手には弓がしっかりと握られており、腰には大型ナイフがついていた。女性らしさを象徴する小高い胸は、呼吸に合わせて上下に動いている。


 現代日本の価値観からすると古臭い服装だが、そんな姿でも損なわれることのない美貌に目が奪われてしまった健人は、しばらくの間、思考が停止して目の前の女性をじっと見つめてしまう。行き倒れた人間を前にした対応としては減点ものの対応だが、そのおかげで服装や美貌に匹敵するほどの違和感に気付くことができた。


「耳が……長い……」


 目の前に倒れている女性の頭にある斜め上に伸びる血色の良い長い耳は、作り物のようには見えなかった。


 地球上には肌の色や顔の彫の深さなどといった些細な違いがあるものの、明らかに人と異なる特徴をもった人種は存在しない。見た目はファンタジー世界から抜け出したようなエルフ。だがそれは小説やアニメの中だけに生きる存在であり、現実である世界に存在しないはずだった。


 誰も存在しないはずの無人島に行倒れがいて、エルフのような特徴的な耳をしている。そんな状況に理解が追いつかず、健人は混乱して身動きが取れないでした。


「誰か水を……」


 立ち止まっていた健人を再び動かしたのは、エルフと思われる女性が発した水を求める声だった。

 金縛りのように硬直していた体が動くようになり、クルーザーに置いていた500mlの水のペットボトルを持ってくる。


「大丈夫か? 水ならある。ゆっくり飲んで」


 ペットボトルのキャップを外し、体を起き上がらせてから女性の口元にまで近づける。一口飲んでからは、ペットボトルを奪い取り一気に飲み干そうとするが、乾ききった喉には刺激が強く咳き込んでしまった。


「ゴホッゴホッ……」

「焦らないで、ゆっくりと飲んで!」


 女性は首を縦に振ってから、今度はゆっくりと飲み始める。


「俺の言葉は分かる?」


 十分に水分を摂取したところで声をかける。

 金髪碧眼、顔の彫は深く、見た目は完全に西洋人だ。さらにエルフのように耳は長く、日本人からかけ離れた風貌だったため、言葉が通じないことを覚悟しながらも、まず始めに日本語でのコミュニケーションが可能なのか確認をとることにした。


「はい。水……ありがとうございます」


 ファンタジーの世界から抜け出したような見た目にもかかわらず、流暢な日本語を話すことに違和感を覚えたが、日本語が通じたことの驚きとうれしさで、すぐに忘れ去ってしまった。


「それはよかった……なんでこんな所にいるの?」


 当たり前の話だが、人間が住んでいないからこそ無人島は購入できる。さらに言えば、インフラ工事に立ち会った際に、誰も住んでいないことも確認している。ファンタジー世界のエルフと同じような風貌をした女性が、行き倒れているはずがないのだ。健人が不信感を抱いて、不躾な質問をしてしまうのも無理がないだろう。


「それは私にもわかりません。ここはどこでしょうか? あなたは誰ですか?」

「ここは日本国に所属する島で、俺はこの島の所有者。清水健人って……意味は通じている?」

「すみません……どれも初めて聞きました」


 言葉は通じるが、固有名詞などといった単語の意味は通じない。半ば覚悟していた結果にため息をついたものの質問を続けた。


「俺のことは健人と、気軽に呼んで欲しい。今は君のことが知りたい。なぜここにいるのか教えてもらえないか? あと、できれば名前も教えて欲しい」


 相手が混乱しているのであれば、こちらが質問をして情報を聞き出し、整理する方が早い。じっとこちらを見つめて動かない女性の視線に耐えながら、健人は答えが返ってくるのを待っていた。


「私は……エリーゼです。そのままエリーゼと呼んでください」


 エリーゼと名乗る女性の声は弱々しかったが、すっきりと耳に届く透き通った声だった。


「なぜここにいるか……ですが……ダンジョンの最下層に到着したと思ったら気を失ってしまい、目が覚めたらこの島にいました。しばらく海沿いを探索したんですが、何も見つからず力尽きて倒れていたところです」


 健人の方をしっかりと見つめ、質問に答えた。

 ダンジョン……テレビゲームや小説からなんとなく想像できるが、エリーゼが探索したダンジョンと同じとは限らない。思い込みは、時に周囲の人間を不幸にすることを身の持って体験していた健人は、彼女がここにいる原因らしきダンジョンがどのようなものだったのか、イメージをすり合わせる必要がると考えていた。


「ダンジョン? 俺の想像があっているなら、この日本には存在しないと思う……どういったものか教えてもらえないか?」

「存在しないんですね……」


 日本にないと言われた瞬間はひどく落胆していたが、すぐに気を取り直すと、エリーゼはダンジョンの説明を始めた。


「ダンジョンとは、地下に作られた空間のことを言います。その空間は迷路のように入り組んでいる場合もあり、魔力で作られた魔物が徘徊しています。魔物の目的は、迷い込んできた生物を殺してダンジョンに吸収させ、魔力に還元することと言われています。これについては諸説あるようで、人によって意見が変わりますが……。話を戻しますが、魔物は、生物を見つけると襲い掛かってきますが、討伐すると魔石などの素材が手に入るので、ダンジョンに入り魔物を討伐する職業が成り立っていました。そんな人たちをまとめてハンターと呼んでいて、私もその一人です」


 一気に説明するとペットボトルに残っていたわずかな水を飲み干す。

 エリーゼの説明を聞く限り、細部は異なるものの大きな枠としては、健人が想像していたダンジョンと同じ内容だった。エリーゼの耳、そして先ほどの説明。まだ疑いは残るが、異世界人と仮定して話を進めよう。そう考え口を開こうとした瞬間、太陽が雲に隠れ冷たい風が吹く。


 暖かくなってきたといってもまだ5月だ。健人はともかく風を通しそうな服装をしているエリーゼには、この寒さは堪えるだろう。


「落ち着いた場所で話そうか。自分で歩ける?」


 そう考えた健人は、ゆっくりと話せる場所へ移動することを提案する。


「ケガはしていないので、歩くぐらいなら」


 ゆっくりと立ち上がると、体を伸ばして手足を動かし体の状態を確認する。


「その様子なら大丈夫そうで安心した。俺の家が近くにあるから案内するよ」


 案内するようにコテージの方へと向かう。

 エリーゼは、日本人にありがちな警戒心の薄さに驚きながらも、休める場所があることに安堵し、無言でうなずくと後を追うように歩きだした。


「坂がきついけど、もう少しでコテージに着くから頑張って!」


 健人たちがいる無人島は、初島の半分程度の広さがあり、本島からクルーザーで15分程度の離れた場所にある。無人島にはビーチが2面、それ以外は木々に覆われ、人間の手はほとんど入っていない。


 島の中心部には高原のような平坦面が続いているが、そこに至るまでには、なだらかな坂を上りきらなければいけなかった。


「ハァ……ハァ……」


 丸一日飲まず食わず過ごしていたエリーゼは、体力が著しく低下していた。緩やかな坂とはいえ、整備されていない雑木林の中を歩くのは厳しく、フラフラと歩きながらも、健人を見失わないように残りの体力を振り絞って歩いていた。


「よし、見えた!」


 耐え忍ぶように下を向い歩いていたエリーゼが、健人の声によって顔を上げると、いつの間にか坂を上りきっていたようで、2階建てのコテージが目に飛び込んできた。


全て木製で建てられたコテージの屋根にはソーラーパネルがあり、その周辺には、手押しポンプが取り付けられた井戸がある。入り口付近には電子柵に囲まれた小さな畑があり、ナス、トマト、唐辛子といった作物を栽培していた。。


「家の中を案内するからついてきて」


 欲しかったモノを手に入れたら人に自慢したくなる。健人も例に漏れず、完成したばかりのコテージを自慢したくなり、ゆっくり歩いていたエリーゼをせかすように、先に歩いてドアを開け、中へと案内をした。


「ようこそ。我が家へ。ブーツはここで脱いで、これに履き替えて」


 自慢げな表情をして振り返ると、玄関にある棚からスリッパを取り出し床に置く。

 エリーゼは戸惑いながらも健人の真似をしてスリッパを履き、コテージの奥へと進むと、すぐにリビングへとたどり着いた。


 細長い木製のテーブルにイスが6脚。携帯電話の電波は届いているが、また金の無心をされるのではないかと心配した健人は、連絡を取る手段を減らすために電話は置いていなかった。


 外部の情報を得る手段は、奥の壁に掛けられた液晶テレビだけだ。空いているスペースには、ウェットスーツやサーフボードなどマリンスポーツを楽しむための道具が所狭しと並んでいる。まさに男の趣味部屋といった雰囲気だった。


「こんな小さな島にあるんだから、粗末な家だと思っていたけど、想像以上に立派で驚いたわ」


 エリーゼは驚きのあまり、素が出ていることに気づいていなかった。


「それが素の喋り方なら、これからはそんな感じで話して良いよ。堅苦しいしゃべり方はやめようか」


 素の口調に戻ったエリーゼに気が付いた健人は、一気に距離を縮めるチャンスだと直感し、即座に提案する。


「いいの? 遠慮しないわよ?」

「変に遠慮されるよりいいよ」


 そう言うと肩をすくめる。

 日本に住む一般人であれば警察に連絡して終わりだが、エリーゼは、異世界人の可能性が高い。今後の身の振り方を話し合うにしても、数日は一緒に暮らす必要があるだろう。そう考えた健人は負担が少ない関係を望んでいた。


「何も食べてないよね? これからご飯を作るからイスに座って待ってて」


 エリーゼがうなずいたことを確認すると、リビングの奥にあるキッチンに移動する。冷蔵庫には1週間分の食料が保管してあり飲料水もあるが、それは一人分で計算した場合だ。2人になると単純に計算するだけで倍になる。


「週1回のペースで、買い出しをしようと思っていたけど、これだと間に合わないな」


 冷蔵庫の中身を見て、愚痴に近い独り言をつぶやきながらも作業を進める。料理といっても無人島で凝ったものは作れない。


 食パンにチーズをのせてからオーブンに入れ、その間にIHヒーターの上にフライパンをのせて、手に持っていた2つの卵を割って入れる。少し温めてから水を入れてフタをして蒸すこと数分。きれいな目玉焼きが完成した。


 長い間一人暮らしをしていたので自炊の経験があり、料理は慣れていた。慣れた手つきで盛り付けを終わらせる。


「ご飯の用意ができたよって……弓の手入れ?」


 2の皿をもってリビングに戻ると、エリーゼが弓をじっと見つめているところだった。

 弓は長年使っているようで、細かい傷や同じところを何度も握ったような跡などがあった。


「……家族からプレゼントしてもらった大事なものだから、壊れていないか確認していたのよ」


 健人の手に食べ物があることに気付くと、すぐに立ち上がり、弓をゆっくりと壁に立てかけてからテーブルに向かう。


「美味しそうなご飯」


 トーストと目玉焼きだけの簡単な料理だが、目の前の皿に置かれたパンからチーズの香ばしい匂いに刺激され、空腹を思い出したかのようにエリーゼのお腹が鳴った。


 そのことで顔が少し赤くなったが、大人としてのデリカシーを兼ね備えた健人は、そのことに触れることなく、何事もなかったかのように、2人とも食事を始める。


「こんなフワフワなパンを食べたのは初めて。見た目や香りだけじゃなくて、本当に美味しいわ」

「この世界じゃ普通のトーストだけど?」

「これが普通……私の世界のパンだったら黒くて硬いのが常識だったんだけど……やっぱり世界が違うと常識も変わるか……もしかしたら……」


 食事の手を止めて、何かを考え込むかのように独り言をぶつぶつとつぶやいている。その姿は、新しい研究テーマが見つかった学者のようだった。


「さっき弓をいじっていたけど、矢は持ってないよね?」


考えがまとまったのかエリーゼが食事を再開したとところで、出会った時からから気になっていたことを質問する。


「私は魔法で矢を創っているから、普通の矢は持っていないわ」

「この世界には魔力やら魔法といったものは存在しないから、どういうことか詳しく教えてもらえない?」


 冷静に質問しているように見える健人だったが、声は震えている。魔法、魔力といった存在に驚き、落ち着きを装いながらも、エリーゼの回答に期待していた。


「うーん。こんな感じ」


 持っていたパンを皿に置き、手のひらを上に向けたかと思うと、一瞬にして緑色に光り輝く矢が作られた。


「矢が出てきた……手品じゃないよね……」


 いきなり実演されるとは想像していなかった健人は、思わず立ち上がり、エリーゼの許可を得て矢を手に取ってみるが、ツルツルとした表面で、暖かくも冷たくもないなんとも言えない質感があり、目の前にある矢は、少なくとも幻覚の類ではないこと実感した。


 本当に異世界人だとしたら大きな問題になり、最悪、この島に他人が乗り込んでくる可能性もある。目の前で魔法を見た健人は、異世界人だと思って接すると、心に決めた。


「これは高速で飛ぶ速度に特化した矢で、弓に矢をつがえて放つと目で追うのも難しいぐらいのスピードになるのよ。他にも刺さった瞬間に炎上させたり、水を凍らせたり色々な矢が創れるわ」


 魔法を説明するエリーゼは、自信に満ち溢れた表情をしている。

 彼女にとって魔法とは身近な存在であり、どんな時も助けてくれる頼もしい相棒だった。


「なぜかコテージ付近には魔力があったからもしかしてと思ったけど、成功してよかったわ。砂浜周辺には魔力がなくて魔法が使えなかったから、矢が創れなかったの。少しだけ安心したかな?」

「え? ここにも魔力があるの!? それは面白いことを聞いた! 少し興味があるな……ちょっと探索しない?」


 なぜコテージ周辺にだけ魔力があるのか、その謎に興味を持った健人は、エリーゼに提案をする。


「助けてもらったお礼もしたいし付き合うわ」

「ありがとう! 明日からよろしくね」


 今はまだ、日が昇りきっていない時間帯だが、荷物の搬入や掃除などやることが山のようにあり、さらにエリーゼも疲れているため、本格的な探索は明日にすることになった。


「そろそろ、どうしてここにいたのか詳しく話してもらえないかな?」


 食事が終わり、お腹も満たされ、タイミング的にはちょうど良いだろうと判断した健人は、ついに本題を切り出した。


「その質問は当然よね。ようやく落ち着けたし、私がこの世界にきた経緯を説明するわ」


 聞かれるのも当然とばかりに、説明を始める。

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