第52話 記者との取材2

「報復……まるで、生物のようですね……」


 その国のたどった末路を想像してしまい、思わず息を飲む。狭い会議室に重い空気がただよっていた。

「ダンジョンが生きているかどうかは分かりませんが、少なからず、身を守るための意思は持っていると思います」


 根拠は乏しく荒唐無稽な意見ではあるが、ダンジョン破壊による反撃などのことを考えると、そのような話が出てしまうのも仕方がないだろう。未だ科学では証明することができない、神秘のベールに包まれた存在がダンジョンだった。


「これは興味本位による質問ですが、仮にゴーレムダンジョンを破壊したとしたら、どうなると思いますか?」


 日高の周囲にも「ダンジョンなんて破壊すればいい」と気軽に主張する人間がいる。そんな考えを持った人間が増え、声が大きくなった時どうなるのか。答えが決まっているような質問だが、エリーゼに確認しないという選択肢はなかった。


「間違いなく、新宿ダンジョンから大量の魔物が出てきますね」

「やはり……では、同時に破壊したらどうでしょうか?」

「ダンジョンはコンクリートと同等かそれ以上に頑丈です。入り口を破壊しても、どこかに別の入り口ができて魔物が出現する可能性が有ります。また、完全に破壊するとしたら核兵器並みの火力が必要となります。そんなものを都心のど真ん中で使えますか?」


 一部例外を除き、自国や国民を攻撃することはない。都庁もある新宿の地下を崩落させるような攻撃だ。よほどのことがおこらない限り、その選択肢を取る可能性は非常に低いといえるだろう。


「難しいでしょうね……」


 魔物が外に出る危険より、ダンジョンを破壊する危険の方が上回る。ダンジョンが出現した時点で、日本が取れる方法は1つしかなかった。


「ですから、共存するためにダンジョンを運営する必要があるのです」


 異質な存在であるダンジョンを「理解できない」といった理由で拒否するのではなく、また、魔物が出ないように入り口を完全に封鎖するわけでもない。理解して受け入れて活用し、世界を変えていく。これがエリーゼと健人が出した結論であった。


「なるほど、ダンジョン運営の必要性が良く理解できました」


 会議室の壁にある時計を見ると、あと1テーマ話したら取材が終了する時間だった。話が弾みよけいな時間を取ってしまったが、想像していた以上にダンジョンについての情報が手に入り、日高は満足していた。


「では次に、新しくできた職業……ダンジョン探索士の現状について聞かせてください。かなり危険なお仕事だと思いますが、どうでしょう?」


 話はダンジョンを探索することを生業にしている、ダンジョン探索士に変わる。新しい職業かつ情報が出回っていないため、いろいろな噂が飛び交っており、ダンジョンを専門に取り扱う雑誌のライターとして、正しい情報を広める必要があった。


「実際に魔物と戦うので、危険があることは否定できません。ですが、危険を最小限に抑えるために免許があり、また、講習会や経験者と一緒に探索する体験会などを開いています。そのおかげか、他の死亡事故が発生するような職業と比べても、死亡率は大きく変わりません」


 初期の探索でこそ多くの犠牲者が出たが、現在は年に数人程度、しかもその犠牲者のほとんどは、必要な準備もせずにルールを無視した無謀な人間だった。もちろん、地下に下って行くにつれて危険度は上がっていくので、これからずっと低い死亡率のままとは限らないが、今ここでいう必要もないため黙っていた。


「ダンジョン探索士向けの保険制度も整っていますので、万が一、死亡されても残された家族がお金に困ることはないでしょう」


 この保険制度は任意であり、通常の保険料より高めではあるが、ダンジョン探索士のほとんどが加入していた。


「死亡率が低いのは驚きました。体験会や免許といった工夫が実った結果なんですね。さきほどまではリスクの話を聞きましたが、それに見合うリターン――金銭などの報酬はあるのでしょうか?」

「トップレベルであれば月に数百万を稼ぐことは出来ます。また平均的なダンジョン探索士でも、この国の平均月収を大きく超えています。この金額は月を追うごとに増えているので、今後はもっと稼げるようになるでしょう」

「なるほど。危険ですが、経歴に関係なく稼げるお仕事なんですね」


 学歴、経験など関係なく普通の会社員より稼げる。必要なのは魔力臓器と魔物と戦う技術だけ。自らの腕一本でのし上がることができ、日本において逆転を夢見る人間ほど、魅力的に感じる職業だった。


「それだけではありません。ダンジョンに探索できる時間は決まっていて朝6時から夜の7時までとなっています。徹夜をすることはない上に、みなさん個人事業主なので、働きたいときに働ける。自由な職業です。もちろん、面倒な営業活動は必要ありません。なんせ、魔物は話せませんからね」


 極端なことを言えば、ダンジョンを探索して魔物を倒せば、お金を稼ぐことができる。さらに、ノルマはない。働きたいときに働ける自由な職業だった。


「免許さえとれば気軽に始められ、普通の職業より稼げる……確かに魅力的ですね」

「もちろん、1人で探索することは推奨していませんので、パーティ内の人間関係に気を使う必要はありますが、上司のご機嫌をうかがうよりかは、楽なのは間違いないのでは?」


 会社に勤めれば1人で仕事することは、ほぼないだろう。上司がいて、同僚がいて、後輩がいる。気の合わない人との人間関係に疲れてしまう場合もある。会社が選んだ人間と無理をするよりかは、自身で選びパーティを組んだ方が、仮に揉めたとしても納得はできるし、なにより完全に合わなければ、別のパーティを作ればよい。


「そうかもしれませんね」


 エリーゼの言葉に深くうなずく。フリーランスのライターとして活動したことがある日高は、個人事業主の良さを深く理解していた。


「もっとお話ししたいのですが、そろそろ時間ですね。雑誌掲載用に写真を撮らせてください」


 床に置いてあるバッグから一眼レフカメラを取り出す。名波議員から聞事前にいた通り、雑誌の表紙にでも使うため、話しているような姿、立ち姿など、作り笑いした表情を浮かべたエリーゼを撮影していた。


 全ての撮影が終わったころには取材時間の30分になっており、荷物をまとめるとすぐに日高は立ち去った。残された健人とエリーゼは、次の記者がくるまで会議室で待つことになっている。


「なんとか、終わって安心したわ」


 事前に練習し、さらにエルフや長寿といった繊細な話はしない。そう、事前に決められていたため、トラブルなど起こりようもないのだが、そんな事情など関係なく、緊張感から解放され、全身の力を抜いて安堵しきった表情をしていた。


「次の方が到着しました」


 ドア越しから声が聞こえると、出迎えるために2人が立ち上がる。しばらくすると外から1人の青年が入ってきた。耳が隠れるほどの長さの髪は、きれいな茶色に染まっており、赤と黒のボーダーのシャツ、黒いズボンをはき、大学生のような恰好をしていた。


「いやー。初めまして。ライターの琢也です。写真で見るより美人ですね! エルフはみんな美人なんですか?」


 入出して早々、この場にはそぐわない軽い発言が飛び出し、健人やエリーゼだけではなく、ドアを閉めようとしていた護衛の鈴木すら驚いて動きが止まる。


「さぁ……わかりません……」

「またまたー。出会ったばかりだから話せないんですか? だったら、この後に食事でもしません? 美味しお店を紹介しますよ!」


 目の前の青年が仕事中なのにも関わらずナンパをしている。さらにその相手がエリーゼであり、手をとろうとしていた。その様子を見ていた健人は驚き、その後に怒りがこみあげてくるのを感じる。久しく忘れていた感情に突き動かされるように、ドアノブを持ったまま固まっている鈴木に視線を移す。


「鈴木さん。この人を追いだしてください。取材は終わりです」

「……分かりました」


 騒ぎ立てる青年を護衛の二人が取り押さえると、体を持ち上げて運ぶ。

その姿を見ながら、この場のセッティングをした名波議員に文句を言うため、健人は携帯電話を取り出していた。

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