第51話 記者との取材1

 平行線のまま続くと思われた話も、ドアのノック音によって中断される。


「着替え終わった? そろそろ取材の時間らしいよ」


 ドア越しから声が聞こえると、金山との話を放り投げて小走りでドアを勢いよく開けて、部屋から飛び出すと健人にぶつかり、優しく包み込むように抱きしめられた。


「おっと。大丈夫?」


 身長差があまりない2人は、お互いと抱き合うような体制になっており、映画であればこのままゆっくりと顔が近づくようなシーンであった。だが現実は恋愛映画のようにはならず、健人がエリーゼの体をゆっくりと引き離し、一歩後ろに下がる。


「着替えてみたんだけど、どうかしら?」


 うつむきながら、少し恥ずかしそうに健人を見つめる。その仕草に思わず健人の心臓が高鳴るが、表に出さないように努めて冷静に、スーツ姿の感想を口にする。


「ビシッと決まって、似合っているよ! うん。いいね! 背の高いエリーゼにはスーツがよく似合う!」


 視線を上下に動かし、周囲に人がいることを忘れてじっくりとエリーゼのスーツ姿を堪能していた。


「そ、そうかしら? 動きにくいからあまり気に入らなかったんだけど……健人が似合うというのなら、こんな服も買ってみようかしら?」


 褒められたことで嬉しくなったエリーゼは、指先をいじりながら表情の筋肉を緩め、だらしない笑顔を浮かべた。


 先ほどまで、見た目なんてどうでも良いといた態度をしていたのにも関わらず、健人に見た目を褒められて嬉しそうにしている。そんなエリーゼを後ろから見ていた金山は「世の中、何を言うかじゃなく、誰に言われるかよね」と、世の中の理不尽さを実感し、それと同時に「美人なんだから見た目に気を使いなさい!」といった、先ほどまでのやりとりが無意味だったことに気づき、脱力していた。


 結局、恋する人間は誰に言われることなく見た目に気を使い、異性を引きつけようと努力する。他人が指摘するのは大きなお世話なのだろう。


「ごほん。そろそろ案内をして良いですか?」


 気まずい顔をしながら2人の甘い世界を壊したのは、護衛の鈴木だった。腕時計をチラチラと見ながら時間が押していることをアピールしている。一方、田尻は羨ましそうに見ているだけだった。


「待たせたら悪いし、そろそろ行こうか」


 エリーゼが無言でうなずくと、メイクを担当した金山と別れ、ビルの細い通路を歩いて取材部屋に向かう。会議室と思われる部屋が続く通路から、914と部屋番号が書かれている部屋のドア前にまでたどり着いた。


「”エリーゼ様 取材部屋”だってさ」


 目印として、ドアには白いA4の紙が貼られていた。

 護衛の2人は「私たちはここで待っています」と宣言すると、部屋の入り口を守るように左右に立ち健人とエリーゼが入るのを待っていた。


「……少し緊張してきたわ」

「いっぱい練習したんだ。俺も一緒なんだし何とかなるよ」


 質問リストを見ながらどのような回答を伝えるべきか考え、さらに名波議員が記者になりきってリハーサルもしていた。そのおかげで頭の中には回答内容がみっちりつまっている。イレギュラーな質問が来ない限り、失態をする可能性は低いだろう。


 さらに取材の場には、健人も控えている。昨晩は頼りない姿を見せてしまったが、元教師として人前で話すことや会話には慣れている。過去の経験から、何かあればサポートできると自信を持っていた。


「そうね。何かあったらよろしく頼むわ」


 ぎこちない笑顔で答えると、意を決してドアノブをゆっくりと回して開けると、細長い白いテーブルとオフィスチェアが6脚ある。取材に選ばれた会議室は、6人ほど入ってしまえば、窮屈に感じるほど小さかった。


「初めまして。月刊ダンジョンライフのライターを担当している日高です」


 オフィスチェアから立ち上がり挨拶をしたのは、髪が薄くなり白髪が目立つ50代のスーツを着た細身の男性だった。相手の警戒心を取り除くような、笑顔が印象的だ。


 ダンジョンが発生し、ダンジョン探索士という職業ができてから様々なメディアが、新しい情報を手に入れ記事として公開し、その勢いを象徴するかのようにダンジョンの情報だけを取り扱う専門の雑誌が作られていた。


「いやー。エリーゼさんにお会いできてよかった! 一緒にダンジョン業界を盛り上げていきましょう!」


 席を立ってテーブルの形に沿うように歩き、エリーゼにまで近づくと、右手を差し出す。

 日本ではダンジョンについて賛否が分かれ、敵視している人間もいるが、さすがに専門誌のライターは非常に好意的であり、否定的な意見を少しでも減らすためにエリーゼへの取材を申し込んでいた。


「はじめまして。ご存知だと思うけど、エリーゼよ」


 差し出された手を握り返して握手をする。ややラフな言い方だがライターの日高は気にするようなそぶりは見せなかった。


 お互いの挨拶が終わると、エリーゼが中心に座りその右隣に健人、日高はエリーゼと正面から向き合う位置に座った。


「いやー。本物のエルフをこの目で見れるとは思いませんでした!」

「それは良かったわ」


 相手は必ず外見に言及するだろうと予想出来ていたため、嫌悪感を表に出さず愛想笑いをすることができた。


「申し訳ないのだけど、時間がないので取材に入ってもらえないかしら?」


 だが、この手の話題を続けたいとは思わないため、やや強引ながら、本来の目的である取材の話を催促した。


「おお。そうでした! 個人的にもっとお話ししたいところですが、お時間がないのでしたら仕方がありませんね」


 広いおでこに手を当てて、うっかりしていたことを表現する。

 相手がどんな人物なのか表情やしぐさを観察していたエリーゼは、日高が残念そうにしている表情は心から言っているように感じられ、女性としてよりエルフという種族に興味があるように思えた。


「それでは色々と質問させていただきます。とはいっても、事前に送った内容に答えてもらうだけですが……」


 エリーゼが椅子に座ると、記者モードに切り替わったのか、常にニコニコしていた顔から真剣なものに変わる。


「まずは、エリーゼさんの事を教えてもらえませんか?」


 予定通りの質問に、事前に練習していた通りの回答を言葉にする。


「この世界にダンジョンと共にやってきました。行き倒れていたところを清水さんに助けていただき、今はゴーレムダンジョンの運営にかかわっています」


 事前の取り決め通り、細かい説明は省き、またトラブルの元となる長寿というキーワードを出さないためにも、エルフであることも触れない、なんもあっさりとした回答だった。


「なるほど。ここは事前に聞いていた通りですね。行き倒れについても聞きたいところですが、時間も限られているので、この世界のだれもが気になっているダンジョンについてお聞きしたいと思います。ずばり、ダンジョンとは何でしょうか?」


 まだ始まったばかりだが、日本でもダンジョンの研究は進めている。だが、今までの常識が通用しない空間であり、現地調査すらままならないため難航していた。誰もが気にしているこのダンジョンを、エリーゼから聞かないわけにはいかなかった。


「また難しい質問ですね。私が居た世界でも答えが出てない疑問です……ですが、私なりの解釈で良ければお答えします」


 もったいぶるように、一呼吸おいてから再び話し出す。


「ダンジョンとは、生物を吸収したエネルギーで魔力と魔物を生み出す何かです。一種の生命活動……私は、そう考えています」


 ダンジョンの定義としては色々と不十分な説明ではあるが、ダンジョンのおよぼす直接的な影響をまとめたという点では、良くまとまった考え方だった。


「なるほど。興味深い話ですね……。ダンジョンは魔力と危険な魔物を生み出すダンジョンは運営せずに、壊した方が人類にとって有益ではないのでしょうか?」


 ダンジョンにより大きく、魔法と魔物の2つがこの世に誕生した。社会に与える影響度として魔法の方が大きく、恐怖の象徴として魔物が槍玉に上がり、常にダンジョンを破壊するべきだという声が上がっていた。その意見を代弁するかのように日高が質問をする。


「ダンジョンを壊す。ですか。そう考えてしまうのも無理はないと思いますが……ダンジョンを攻撃すれば反撃されます。壁を壊したら、壊した人の周辺に大量の魔物が出てくる程度ですみますが、フロアまで破壊すると話が変わります……」


 アイアンドールがダンジョンの壁に剣を突き刺して、大量の魔物が出現したことを思い出しながら、ダンジョンを攻撃することへの危険性を淡々と語る。


「そうですね……これは実際にあったことですが、ダンジョンを封鎖しようとした、とある国が1階のフロアを完全に破壊したことがあります」


 エリーゼの世界でも運営より破壊したほうが良いという考えを持った国もあった。国の総力を挙げたダンジョン破壊プロジェクトは、魔法を使える人間と魔道具を大量に用意し、ダンジョン内で爆発させることで、フロアを崩壊させることに成功した。当時はこれで魔物からの恐怖に開放されると、話題になったが、その結果は悲惨なものだった。


「……どうなったのでしょうか?」

「報復と言わんばかりに、周囲にあるダンジョンから大量の魔物が地上に出現し、周辺の国々に多大な被害がでました。結局、そのことが原因で戦闘となり、ダンジョンを破壊した国は滅びました……」

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