第22話 目指すべき未来
翌日からニュースの話題はダンジョン一色だった。日本政府が発表したダンジョンと、それに伴う魔物と魔法の存在は世間を大きく賑わせる。
まず最初に出た反応は、その存在を疑う人間。だがそれは、ダンジョン探索の記録動画と捕まえた魔物を見せるとすぐに大人しくなった。ダンジョン周辺であれば魔力があるため、魔法もデモンストレーションをすることで、一部の疑い深い人間を除き多くが信じることになる。
今までフィクションの世界にだけに存在した、ダンジョン、魔物、魔法が実在すると確信した人々は、大きく2つの意見に分かれる。1つは「ダンジョンや魔物に危険性」についてだ。エリーゼの世界でさえ完全に解明できていないこれらについて、ダンジョンが出現して間もない政府が答えられるはずがない。自衛隊が封鎖して外に出さないように管理していると答えることしかできなかった。
だがもう1つの「魔法が使える可能性」については「魔力を貯める見えない器――魔力臓器が存在すれば、魔法は使える」と正式な発表があった。魔力臓器を所持している確率は1000人に1人の割合であり、近日中に日本国民を対象にした検査を実施するのでそれまで待って欲しいと繰り返し首相が熱弁していた。
ダンジョンの発表からここまで、わずか半月の出来事であり、異常なほど早く事態が推移していた。
「手際が良いわね……。ダンジョンや魔法についての知識が不自然なほどある。特に魔力を貯める見えない器……魔力臓器と名付けたアレを発見するのが早すぎるわ。新宿のダンジョンが、いつから出現したのかわからないけど、地下通路の一部が突如としてなくなって、ダンジョンの入り口が出現のであれば、長い間隠せるものじゃないわ」
この半月間、テレビや健人に買ってもらったパソコンで新宿に出現したダンジョンについて詳しく調べていたエリーゼが、不審点を指摘する。
「向こうにも、私と同じ異世界人がいるのは間違いないわ」
ダンジョンの入り口を中継しているテレビを睨みつけるように言い放った。
「新しいダンジョンに異世界人か……事態が急変して理解が追いつかない。とりあえず状況を整理しよう」
エリーゼは首を縦に振って、健人の提案に同意する。
「仮に異世界人がいたとしたら、ダンジョン、魔物、魔法の知識は俺たちと同等かそれ以上あるよね?」
「そうね」
ダンジョンの最下層までたどり着いたのであれば、エリーゼと同等の知識を得ていてもなんら不思議ではなかった。
「ということは、その知識を基礎に日本に合うようにアレンジして管理体制を整えたくなるよね。特に、社会が乱れそうな危険については早めに管理したいはずだ。魔力臓器の検査をするということは、魔法が使える人数の把握と管理が目的なのかな?」
話しながら考えを整理し、何よりも先駆けて魔力臓器の検査を行うことを決めた日本政府の方針を推測していた。
「私の世界では魔力が貯蔵できる量――魔法の威力や規模に違いはあったけど、魔法は全員が使えたわ。そんな世界でも、強力な魔法が使えるほど魔力臓器の大きい人間は国が管理していた。一部の人間しかつかえないこの世界では厳密に管理しそうね」
個人が何の制限もなく魔法の力を手に入れると、最初のうちは周囲に自慢するだけだろう。だが――イジメ、セクハラ、恐喝……自身を守らなければならないとき、偶然手に入れた力を使う人間は必ず出てくる。魔力を体内に循環させて身体能力を向上させただけで、普通の人間が囲んでもかなうことはないだろう。そんな危険な力を、国が野放しにするはずはない。
「それを聞いて少し疑問に思ったんだけど、エリーゼの世界基準だと俺の魔力臓器って、どのぐらい優秀なの?」
今まで比較対象がエリーゼしか居なかったからこそ、今更ながら思い浮かんだ疑問であった。
「私の世界だったら、国が居場所を管理するレベルよ。この世界の標準が健人レベルじゃなければ、要注意人物として管理されると思うわ」
「うぁ……」
自身が持つ魔力臓器の予想を超えた性能と、日々の行動を監視される息苦しい生活をイメージした健人は、絶句していた。
「でもさ、魔力はダンジョン周辺しかないよね? そこまで気にする必要ないんじゃない?」
魔力の補給手段がなければ魔法は使えない。魔法さえ使えなければ、先ほどの懸念は不要だろう。
「最近気づいたんだけど、魔力の範囲が広がっているのよ。具体的には、無人島の近海にまで拡大しているわ。ダンジョンが生み出した魔力が、世界中を覆う日もそう遠くないと思うわ。日本政府側にも異世界人がいたら、同じ結論を出しているでしょうね」
いつの日か、世界中が魔力に包まれる。日本に限定すれば、そう遠くない未来に魔力で満たされるだろう。そうなれば先ほど懸念したことは、高い確率で現実となる。むろん、魔力臓器を持つすべの人間が、すぐに魔法が使えるようになるわけではない。だが、ある日突然使えるようになる可能性はあり、また、健人のように魔法を使える人間に師事すれば、すぐに魔法が使えるようになるだろう。
「……いつになるかわからないけど、この世界が魔力で満たされる日が来る。そのために管理体制だけは早めに作っておこうということか」
「そういうこと」
世界を大きく変える源泉となる魔力。さらにそれを使った魔法と、魔石を使った魔道具の開発が進んだら、この世界がどうなるか誰も予想できないだろう。
この島で使える便利な能力ぐらいしか考えていなかった健人が、その可能性に気付きほほを引きつらせていた。
「全ての元となるダンジョンの存在は、今後さらに重要になりそうだね……。政府が本腰を入れてダンジョン関連の研究をするのは間違いないと思う。そうすると、俺たちが調べている魔石についても向こうのほうが早く進めそうだ」
「結局、私たちが調べたことなんて、魔石に魔力を注ぐと小さな爆発が起きる程度だし……」
エリーゼはベテランの探索者だったが、さすがに魔道具の作り方は知らない。知識もなく、碌な設備も知識もない場所では、遅々として研究が進まないのも無理がないだろう。
「考え方を変えたほうがいいかもしれない」
「どういうこと?」
エリーゼがお金の心配をせずにこの世界を楽しめるようにと心に誓って始めた魔石の研究は、同じ研究をするライバルがいないことが前提であり、数十年の歳月をかけて行おうとしていた。だがここにきて、新宿にダンジョンが出現し、日本政府が管理することになった。一介の元教師では太刀打ちができないほど優秀な人材と資金が集まる組織と、正面から戦うのは無謀だろう。
「魔石のエネルギー利用は頭の良い人達に任せて、俺らは資源が発掘できる場所としてここを守るって考え方。石油で儲かっている中東の国々のようにね」
強力なライバルの出現によって事業の方針を転換し、新しく進むべき道を決めた。
「私たちは石油王を目指すわけね」
「…………なんでそんな言葉知ってるの」
スラングに近い言葉を覚えていることに呆れていた。
「本で書いてあったのよ」
毎日ように電子書籍を購入しては読み漁っているエリーゼは、一般常識からスラングやネット用語などを驚くほどのスピードで幅広い知識を手に入れていた。
「まぁいいか。その通りだよ。世界で2カ所しかないエネルギー資源の権利を最大限活用するためにダンジョンを運営して資金を貯める。幸いというか、この島の所有者は俺だ。誰かに奪い取られないように、今から準備を進めておくか」
不労所得。それもマンション管理といった規模が小さく、すぐに廃れてしまうものでもない。少なくとも100年単位で大金が入ってくる仕組みを作ろうと、健人は意気込んでいた。
数か月前は失意のどん底にいた人間が、守るべきもの、残してしまう人へ人生をかけたプレゼントをする。生きる目標を見つけ、這い上がろうとしていた。
「寝て起きるだけで大金が転がり込んでくる……ふふふ、楽しそうね」
「楽しいだけじゃないけどね。既存仕組みで利益を得ている人たちの領域を犯すんだから、各所から恨まれると思うよ。それをどうやって回避するか、悩みの種は尽きないね」
世の中を大きく変えようとすれば、現在の仕組みで多大な利益を得ている組織、人間の反発は避けられない。変化が大きければ大きいほど、その反発は強くなる。魔力、魔石といったものがこの世界でどこまで通用するかわからない。だが、物事を円滑に進めるためには、今から考えておくべきことだと健人は考えていた。
「なんなら、この島を売り飛ばして、その金で余生を過ごす? それはそれで楽しそうだから、私は賛成よ。面倒を見てくれた恩もあるし、最後まで付き合ってあげるわ」
巻き込まれた健人が頑張る必要はない。そう言いたいがために、冗談のように言いながらも発言したエリーゼは本気だった。
「それは嬉しい提案だけど……最終手段だな。エリーゼの立場は不安定だし、今後の事を考えるとここを簡単に手放してはいけないと思う」
「……健人が考えて出した結論なら私は付き合うわ」
「ありがとう。最高の結果が出るように挑戦してみるよ」
2人ひきこもり生活は、もうすぐ終わる。
新宿に出現したダンジョンは、そう予感させるには十分な出来事だった。
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