第66話 ゴーレム島の警備強化
ダンジョン探索士の免許を所持していれば、刃物の所有が認められている。もちろん、持ち出すときは、布で包むなどの配慮は必要だ。しかし認められているのは刃物までだ。殺傷能力の高い武器――銃器の所有は、認められていない。
ダンジョン探索士が万が一暴れた時、被害を最小限に抑えるためだ。だからこそ、銃器に匹敵するような魔道具の所有も、同然のように認められるはずがなかった。
「武器になる魔道具が欲しい、か……」
魔道具の販売初日の夜。健人とエリーゼはダイニングで晩酌をしながら、今日の出来事を振り返っている。
「雑貨屋で話していた内容よね? 作るの?」
「いや、それは無理だね……」
グラスを手に取り、ビールを一口飲んでから話を続ける。
「一般人にとって、魔法が使えるダンジョン探索士は、恐怖の対象になりかねない。そんな人間に、さらに攻撃の手段を増やしたいとは、誰も思わないでしょ。法律を変えるほどの必要性も無ければ、得られる利益も少ない。誰も賛成しないよ」
日本で「魔物と戦う」目的で、銃を所有することは認められていない。それは、ダンジョンが出現し、魔物という敵が登場しても変わらない。それには理由が2つある。
健人が説明した通り、魔法を使える人間にこれ以上、強力な武器をもたせたくないという、魔法が使えない人間の強い主張。
もう1つが、いまだ日本が平和だということだ。平和な日常が続いているのに、現状を変えてまで、銃の所持を認める人は少ないだろう。仮に危険が迫ったとしても、銃の所持を許可する前に、警官、自衛隊に任せればよい。そのような意見も、当然出てくる。
そのような状況下で「あると便利だから」という理由で、ダンジョン探索士が銃器を所持するの認められるはずがなかった。
「銃は弾丸の補給問題もあるし、急がなくても問題ないと思わ。でも、ダンジョンの下層に行けば、魔道具は必須よ?」
ダンジョンの下層に行くほど、魔物は強くなり、複数で活動することが多くなる。今は覚えたての魔法で魔物を倒せているが、そのうち限界が来るのは間違いない。エリーゼは過去の経験から、そのことを確信していた。
「わかっているよ。でも……下層まで探索して、ダンジョン探索士の死亡率が跳ね上がる。もしくは、ダンジョン探索士に銃を売れば、大きな利益が出る。そこまでいかないと、変わらないと思うよ」
ダンジョン探索士の死亡率は低い。それは、健人が死なないようにダンジョンを運用しているからだ。だが、犠牲者が出ない限り、強力な武器を持つ必要性は理解されない。この矛盾が、健人を悩ませている。
多くの企業が武器を販売して利益を上げられるようになれば、強力な支援を得て、世の中を変える可能性は出てくるが……多くの企業を支えられるほど、ダンジョン探索士は多くない。時期尚早という言葉が、ピッタリと当てはまる状況だった。
「乗り越えるべきハードルは高く、大きいのね」
「前例のないことだからね。こればっかりは、時間をかけて、少しずつ進むしかないよ」
話が一区切りしたところで、健人はグラスに残っていたビールを一気に飲み干す。向かいに座っているエリーゼも、ビールを一気に飲み大きく息を吐いた。
「それじゃ、これからしばらくは、軽量リュックと魔物除け箱だけを作るの?」
空になったグラスを置きながら、エリーゼが質問をする。
「いや、今は他のものを開発してもらっている。それも、もう終わる頃だよ」
「え!? それ、私聞いてないわよ?」
アルコールが入り、感情が表に出やすくなったエリーゼ。ほほを膨らませて不満ですと子どもっぽくアピールをする。
「ご、ごめん。もう、完成するとは思わなかったんだ」
エリーゼに報告するのを忘れていた健人は、慌てた様子で言い訳をした。
「ふーん。で、何を作ってもらったの?」
言い逃れは許さない。そう言いたそうな目をして、健人を追求する。
「ゴーレムダンジョン周辺の広場を耐魔法の壁で囲って、島中に警報装置を配置しようかと思ってね」
「壁と警報装置……どうして必要なの?」
「この島から、魔物が出ないようにするためだよ」
探索の効率を上げる魔道具を作ると思っていたエリーゼは、意外な提案に驚いていた。ゴーレム島の警備を強化する必要性が、思い浮かばないのだ。
「ダンジョンを運営する上で最も重要なのは、魔石の産出でも、珍しいアイテムを手に入れることでもない。魔物をダンジョンから出さないことだよね?」
「そうね」
ダンジョンの危険性が増せば、「封鎖しろ。それができなければ国が管理しろ」そういった意見が増えるのは、間違いない。
健人がダンジョンを管理する上で、ゴーレム島から魔物を出さない。これは、何よりも優先される。そうでなければ、必死にシェイプシフターを討伐しようとはしなかっただろう。
「だからさ。万が一、ダンジョンから出てきた場合に備えて壁を作る。さらにその壁を突破されても、すぐに感知できるよう、警報装置を設置するんだ」
ダンジョンから出てきた魔物を閉じ込める壁。さらに突破された時の保険としての警報装置。この2つがあれば、ゴーレム島に滞在しているダンジョン探索士か、健人が魔物を倒す時間が確保できる。
最悪、大量の魔物が地上に出て討伐に失敗しても、名波議員へ連絡し対策する時間はかせげるだろうと、健人は考えていた。
「初動が大切なんだ。いかに早く察知するか。そして適切な対応が取れるかで、その後が大きく変わる」
「将来に備えて、今の内から準備しておくってことね?」
エリーゼの言葉に、健人は首を横に振る。
「すでにシェイプシフターの例があるし、遅いぐらいだよ……」
背もたれにもたれかかり、少しの間、目をつぶる。
健人は、すでに後手に回っていたこと、その結果、ダンジョン探索士が死亡してしまったことを深く後悔していた。
仮に壁や警報装置があっても、我妻が死亡した可能性は高い。だが健人にとって、そんなことは関係ない。何も対策を考えていなかったことに対して、自分自身を攻め続けているのだ。
「警報装置はどんな魔道具になるの? 私の世界の基準で考えると、魔石に反応するような魔道具になると思うんだけど?」
「ヴィルヘルムさんが作るから、魔物を発見する基本的な仕組みは一緒だよ」
一切の例外なく、魔物は体内に魔石がある。その魔石の存在を感知する魔道具が警報装置のコア機能であり、エリーゼの世界でも良く使われていた。もちろん、魔物を倒して手に入れた魔石と区別できるようになっている。
「でも、この島の事情に合うよう、それ以外の仕組みは別物にした。街灯のような形をした棒の根元に、警報の魔道具を置く予定なんだ。近くに魔石の反応があるとアラームが鳴って、棒のてっぺんにあるスポットライトが、空に向けて光を出す。そんな仕組みを考えているんだ」
サイレンを鳴らして周囲が魔物の出現に気づき、天に向けたスポットライトの位置で、大まかな位置を特定する。予算と時間の問題もあり、単純な仕組みの魔道具を作ることに決めていた。
「ライトだと、明るいときは気づかないじゃないかしら?」
「警報が鳴れば、パソコンに位置を送信するから大丈夫だよ」
「魔道具と科学の組み合わせってわけね!」
魔物の感知までが魔道具。それ以外の警報、スポットライト、位置情報の送信といった動作は、現代の技術を使っている。
シェイプシフター討伐直後から始まった開発は、ヴィルヘルムと研究所に派遣されたチームが、アイデアを出し合いながら作っている。
「話は変わるけど、最近、エリーゼも俺に黙って何かを作っているよね? そろそろ教えてもらえるかな?」
話しながら、背もたれからゆっくりと離して、腕をテーブルの上に置く。
健人は、日本の生活に慣れたエリーゼが、一人で何かをしていることに気づいていた。だが、いくら待っても何をしているのか教えてくれない。だんだんと不安が膨らみ、お酒のいきおもあり、ついに聞いてしまったのだ。
「ふふふ。そうね。そろそろ教えてあげるわ」
エリーゼは、妖艶に微笑んで健人を見つめていた。
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