第108話 探索の理由

 ゴーレムダンジョンの地下三階まではタイルのような石畳が敷き詰められており、歩きやすく、天井から発する光で周囲は明るく照らされていた。


 探索しやすい条件が揃っていたが、アイアンゴーレムが発見された地下四階からは様子が一変する。


 天然の洞窟のような凹凸の多い地面に、水気が多くカビ臭い空気、一歩先は通路なのか、それとも壁なのか、それすらわらかないほどの暗闇に包まれた空間。時折、叫び声にもにた音が木霊するため、本能的な恐怖心を刺激する。すぐ隣に死があるような、そんな空気が漂っていた。


「ここって、ゴーレムダンジョンだよね?」


 地下四階に向かう階段の途中で立ち止まっていた健人が、顔を青ざめながらつぶやいた。


 恐怖で足が止まってしまったのだ。それも無理はない。階段を下るごとに周囲が薄暗くなり、空気中の魔力も濃くなり、重くなっていくのだ。今まではチュートリアルだったと思えるほど、ダンジョン内の雰囲気が大きく違う。健人は心霊スポットのような不気味さを感じていた。


「階層を変えるとフロアの様子が大きく変わるのは、珍しいけど、ありえない話ではないわ。偶にだけど、あるの。で、ここからが重要なんだけど、見た目だけではなく、難易度も上がるわ。別物だと思って探索したほうがいいわね。事前に情報を集めて準備はしているけれど、厄介な構造をしているわねぇ」


 最後尾に立つエリーゼが答えた。

 今回の探索メンバーは三人だ。健人とエリーゼの間にヴィルヘルムが入る形で隊列を組んでいる。


「じゃが、敵は強くないとの話じゃ。ほとんどは、三階と変わらんらしいのぅ」

「足下が悪くて暗闇じゃ、同じ敵でも難易度は変わるわよ」

「そのために準備してきたじゃろ。つべこべ言わずにさっさと行くのじゃ。それとも、怖気付いたからといって、ワシとの約束を破る気か?」

「さぁ? ても、命より重い約束をしたつもりがないのはたしかね」

「何じゃと!」


 エリーゼの挑発的な発言に、ヴィルヘルムが不快感を露わにした。険悪な雰囲気になった二人の間に、すかさず健人が割り込む。


「まー、まー、二人とも落ち着いて」


 エリーゼとヴィルヘルムとの付き合いが長くなった健人は、放置していると本気で罵り合うことを察知していたため、禍根が残らないうちに仲裁に動き出した。


「ここはダンジョン内だよ? 言い争いをして生き残れるほど楽な場所じゃないって、エリーゼが一番よく知っているでしょ?」

「そう、ね」

「ヴィルヘルムさんも、アイアンゴーレムの金属を手に入れたなら、僕たちの探索方針に従ってもらえますか? そうしなければ帰ります。僕も命が惜しいので」

「む、わかっとる! 脅さんでも大人しくしとるわい!」


 正論に黙り込んでしまったエリーゼは、顔を背けてほほを膨らませ、子どもっぽく拗ねたような表情を浮かべている。一方、ヴィルヘルムは両腕を組んで健人を正面から見ていた。痛いところを突かれて、お互いに反論できないのだ。


 致命的とは言わないが、やや重い空気が三人の間に流れる。このまましばらく沈黙が支配すると思われたが、長くは続かなかった。


 やらかしてしまった自覚のあるエリーゼは、小さく息を吐いてから、パーティ内の空気を変えるため、ヴィルヘルムに質問をした。


「ここまできたのよ。そろそろアイアンゴーレムの素材が欲しい理由ぐらい言ったらどうかしら?」


 結局、今日まで素材が欲しい理由を聞き出せていなかった。仕事場に引きこもりがちなヴィルヘルムは、珍しく素材を欲しがっている。新しい武器、防具を作るのか、それともアクセサリーか、ドワーフが作り出そうとしているアイテムに興味をそそられていたのだ。


 当然、健人も気になっており、探索に役立つ道具なら大量生産したいな、といった考えを漠然と抱いていた。


「――――じゃ」

「声が小さくて聞こえなかったわ」

「プレゼントを作るんじゃ」

「「え?」」


 意外な答えに、二人が声を合わせて驚いた。


 それも無理はない。自己中心的なヴィルヘルムが自らの欲望を満たすついでに他人に貢献するのではなく、他人のために自らの意思で動いているのだから、自然な反応ではある。


 しかし、そうだからといって、驚かれた本人が受け入れられるかは別だ。普段とはことなる行動をしている自覚もあり、珍しく顔を赤くしながら羞恥心に耐えるように、全身をプルプルと震わせていた。


「それほど、おかしなことかのぅ」

「ちっとも。全然おかしくないわ。ねぇ、健人」

「そうだね。むしろ良いことだと思うよ。プレゼントは誰に?」


 ここでまた口ごもるが、観念したかのようにため息を吐いて話しを続ける。


「ミーナのためじゃ。回復ポーションの開発成功を祝うための道具を作る予定なんじゃ」

「「あぁ!!」」


 二人はまた仲良く声を合わせて、今度は納得した。


 ヴィルヘルムと最も仲の良い人物が猫獣人のミーナであり、専門分野は異なるが物作りをしているという点では共通しているので、話すと意外と話が弾む。


 気が弱いミーナは一見すると相性が悪そうにも思えるが、ヴィルヘルムに対しても献身的に接してくるため、彼の態度は次第に軟化していき、今では祖父と孫娘のような関係になっていた。


 お互いに隠しているわけでもないので周知の事実であり、ヴィルヘルム唯一の弱点となっている。


「初孫へのプレゼントね。良いと思うわ! ヴィルヘルムおじいちゃん」

「ふん! ワシはまだ二十五才じゃ!」


 からかうようにニヤニヤしているエリーゼに対して、赤かった顔がさらに赤くなり、煙を出しそうなヴィルヘルムが反論した。


「え、ヴィルヘルムさんって、そんなに若かったんですか!?」


 外見から中年だと勘違いしていた健人は、二十代発言に思わず失言をしてしまう。ギラリと鋭く光るようなヴィルヘルムの視線に圧倒されてしまい、思わず後ずさり、一段下がってしまう。


「お前は、ワシを何じゃと思っていたのだ!!!」

「おじいちゃん、怒ると血圧が上がるわよ」


 ドンっと地面を足で踏みつけながら怒るヴィルヘルムを、笑うのを我慢しながらなだめる。


「おぬし!」

「ほらほら、可愛いミーナのために頑張るんでしょ」

「む、そ、そうじゃが!」

「他人のために働くなんて、カッコいいわよ。そんなあなたは、孫娘に何をプレゼントしてあげるのかしら?」


 再び文句を言おうと口を開くが、エリーゼの無邪気な笑顔に毒気を抜かれ、言葉を発することなく閉じた。


 しばらく悩むように腕を組んでいたが、口ではかなわないと諦め、長くは続かなかった。


「…………安否のわかるお守りを作る予定じゃ」


 ミーナはこれから本島で、本格的に回復ポーションの実験を実施することになる。孤島であるゴーレム島と違い、大勢の人に囲まれた生活は、何が起こるか分からない。彼女の功績から、誘拐なども十分に考えられる。


 政府も十分に気をつけているが絶対ではない。せめてお互いが無事だと伝わるアイテムを持つことで、安心を得ようとしていたのだ。


「ほんと、ミーナには優しいのね」

「ふん!」


 エリーゼは軽くヴィルヘルムの肩を叩いてから、健人の方を向いた。

 その表情は明るく、険悪な顔つきは消えている。


「初孫のプレゼントは絶対に成功させないとね!」

「もちろん、二人にはお世話になっているし、アイアンゴーレムからダンジョン鉄が手に入るまでは帰らないよ!」

「いいわね! それじゃ行きましょ!」


 健人は再び階段の下を見る。

 暗く、幽霊が出てきそうな雰囲気のままだが、先ほどよりも恐怖感は薄れていた。


 二人の会話で緊張がほぐれたのだ。

 後ろを振り向くと笑顔で手を振るエリーゼが見える。


 気遣いに心の中で感謝をしてから、一歩踏み出し、ゴーレムダンジョンの地下四階へと下っていった。

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