第58話 我妻との会話
「なぜ、エリーゼを攻撃した?」
距離をとってにらみ合い、冷静になった健人は、大剣を前に出して構えてえながらも、戦闘ではなく対話を選んだ。
「エリーゼさんを狙えば、藤二が、必ずかばうと思っていたからですよ」
顔をあげて人を見下し、感情を逆なでするような声で挑発をする。健人は、嫌悪感を抑えきれず、反射的に目を細めて睨みつけてしまった。
「おっと、勘違いしないでくださいね。エリーゼさんに当てるつもりはありませんでした。万が一、藤二が間に合わないようであれば、寸止めするつもりでしたよ?」
他人事のように淡々と己の考えを語りながら、我妻は盾を消し去ると同時に刀を創り出して中段の構えを取る。これで、お互いに武器を突き出しながら、会話することになった。
「……なぜ、魔物ではなく仲間を攻撃した?」
「なんで、そんなことが気になるんですか?」
我妻は、なぜ健人が驚いたのか分からないようで、とぼけたような表情をして首を傾げる。
「俺達の敵は魔物であって、人間ではない。それなのに、仲間であった藤二を狙ったことに疑問を持つのは当たり前だろ?」
答えが返ってくると思っていたところに質問で返されて苛立ち、健人の口調が再び荒くなる。眉間にしわを寄せて、我妻を睨みつけていた。
「ああ。そういうことですか」
首を盾に振りながら「うん。うん」と声を出し、健人の変化を気にすることなく質問に答える。
「健人さんと礼子さんは、順調に魔物を倒していました。それこそ、私が加勢する必要がないほどです」
今も戦っている礼子は、笑いながら順調に魔物の数を減らしている。あと少しで、襲ってきた全ての魔物を消し去ることができるだろう。
「そこで、次にどうするべきか悩んだ結果、余計なトラブルを起こす邪魔者を排除するべきだと考えたんです。皆さんの迷惑になるのであれば、排除したほうが安全に探索できると思うんですよ。健人さんだって彼のこと嫌いでしょ?」
「だからって、殺すのはやりすぎだ!」
我妻が言う通り、パーティのリーダー、そしてエリーゼの友人としても、健人は藤二の行動は許せなかった。だが、許せないといっても、殺すという選択肢はなかった。
せいぜい、今回の件が終わったら「もう会わないように」と、警告して終わらそうと考えていた。我妻も似たような考え方をしていると思い込んでいたため、まったく違う考えをしていることに驚きを隠せないでいた。
「その考えは甘いと思いますよ? 禍根は元から断ち切らなければいけません」
健人とは対照的に、我妻は感情を表に出すことなく、そうすることが当たり前だと、さも当然とばかりに言い切る。
(ダンジョン探索士は変わった性格をした人間が多い。だが彼は「変わった性格」程度では済まないレベルだ……呼吸をするように人間を殺す、殺人鬼のような思考だ)
背筋に冷たいものを感じながらも、一旦思考を中断する。
「考え方が合わないな……」
「そうみたいですね……ですが、今はそんなことはどうでも良いのでは? 先ほどの傷は致命傷です。彼は、もう助からない。私達がいがみ合う理由はないのでは?」
エリーゼがポーションを使っていることに気付いていない。我妻は、先ほど突き刺した手応えから、藤二は既に死んでいると考えていた。
「私は健人さんと戦うつもりはありません。武器を納めてもらえませんか?」
「…………分かった。だが、ダンジョン内で武器は手放すことはできない」
悩んだあげく、健人は構えを解いて大剣を持ったまま腕を下げる。それに合わせて、我妻も構えを解いた。
「ありがとうございます」
今まで見たことがないほどの、いやらしい笑みを浮かべる。
「ここで睨み合っても意味がありません。私は礼子さんの戦闘をサポートするので、健人さんはエリーゼさんにの所にいきませんか? 心配でしょ?」
すぐ近くには、3体のストーンゴーレムに囲まれた礼子の戦闘が続いている。手助けルウ必要はないとはいえ、何が起こるかわからない。魔物を早めに処理するべきなのは間違いないだろう。とはいえ、ここで2人とも参戦するのは効率が悪い。一考に値する提案だった。
(ほとんど残っていないといえ、確かに魔物は早めに消滅させたほうがいい。だけど、我妻さんを礼子さんの近くに行かせても良いのか?)
今までの会話から、我妻を誰かの近くに移動させるのは危険ではないかと不安を抱いていた。だがそれはあくまで感覚的なことであり、他人に説明するには不十分すぎる根拠に提案を断るべきか決断を下せないでいた。
「悩むようでしたら、逆でも良いですよ? 私がエリーゼさんの方に行きましょうか?」
「ダメだ」
「それなら、礼子さんの所に行っていですよね?」
健人が絶対に拒否する案を出すことで、結論を催促する。
「…………」
「健人さんが決められないのであれば、勝手に行動させてもらいますね」
このまま会話を続けても結論が出ないと判断すると、我妻は礼子の方へと向かって歩き出そうとする。
「今の我妻さんは信用できない。俺が行くから、ここで待っててくれ」
「もう少し、効率的に動きませんか? その指示には従えません」
一度は立ち止まり健人を見るが、すぐに歩き出す。
ゴーレムダンジョンに入る前からお互いの関係はうまくいっていなかったが、それでも健人の指示には従っていた。しかし、今の我妻には健人の指示より己の考えを優先して行動していることに、先ほどとは違う違和感があった。
「なぜ、そんなに焦っている?」
魔物と相対しているときと同じように油断なく慎重に大剣を構える。雰囲気が変わったのを察したのか、我妻は足を止めて再び健人の方を見る。
「焦っている? 礼子さんが戦っているんですよ。早く助けたいと思うのは、当たり前ですよね」
横目で礼子を見ると、ちょうどストーンゴーレムを倒したようで、残りは2体になっていた。呼吸は多少乱れているが楽しそうな笑みを浮かべ、余裕は残っているように見える。
(我妻の言っていることは正しいが、表情の1つ1つが、態度が、本当に心配しているようには見えない。人間を殺すことに躊躇しない。本当に殺人鬼のような思考をしているのか? いや、そうであれば、梅澤さんから忠告があったはずだ。ということは、討伐中に性格が変わったのか……)
先ほどまでは感覚的だったものが、少しずつ健人の中で言語化されてい。今までの経験、エリーゼの話などが一気につながり、ようやく答えにたどり着いた。
「お前、本当に我妻さんか?」
相手が答える前に体内に循環する魔力の量を増やし、身体能力をさらに向上させる。
「ええ。そうですよ」
我妻は、健人に向かって歩きながら刀を前に出す。
「「…………」」
お互いが無言となり斬りかかろうとした瞬間に、我妻の真横から膨大な魔力に包まれた塊が飛んでくる。あまりの早さに、健人は、それが矢だと気づくことができなかった。
「邪魔をするなぁぁ!!!」
健人より早く魔力を察知した我妻は、憤怒の表情を浮かべながら叫ぶ。すぐに盾を創り出したが、次の瞬間には吹き飛ばされた。矢は盾を貫き、左腕を壁に縫い付けていた。左腕からは本来流れるはずの血の代わりに、黒い霧が噴出し、それが我妻を人間ではないと証明していた。
「まさか、普通に会話できるとは思わなかったよ。随分と擬態が上手くなったじゃないか」
健人は自嘲的な笑みを浮かべる。シェイプシフターが我妻の姿になっている。悩んでいたのが馬鹿らしくなるほど、当たり前の結論だった。
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