第59話 シェイプシフターとの戦い
「我妻さんをどうした?」
「正体が分かってどうするかと思えば……くだらない質問ですね!」
我妻の姿をしたシェイプシフターが呆れた顔をする。
「言わなくても分かっていますよね?」
これ以上の会話をする気はないようで、ゆっくりと左腕に突き刺さった矢を抜き取り、刀を創り出す。
シェイプシフターは相手を捕食しなければ変身できない。言い換えれば、変身できるということは、間違いなく捕食されている。それは、我妻の生存が絶望的だということを示していた。
「健人、初日で見つけられたのは幸運よ。今は我妻さんの事は忘れて、目の前の敵に集中しましょ」
矢を放ち終わったエリーゼは、健人の後ろへと移動していた。
名波議員と約束した討伐に必要な日数は4日だ。この期日を守れなければ、使えないと判断される可能性が高い。少なくとも魔物、ダンジョンの専門家としての評価が下がってしまうだろう。名波議員らと今みたいな関係を続けていくのであれば、それは避けるべきだろう。
(俺達は、シェイプシフター程度で躓くわけにはいかない!)
長寿の秘密を抱えたエリーゼが、この世界で安心して暮らすためには、国の後ろ盾が必要だ。議員との対等な関係はまだ維持しておく必要がある。そのためにも、自分たちに利用価値があると証明し続けなければならない。
「そうだな。我妻さんには申し訳ないけど、今はこいつを倒すことだけ考えるよ」
生死不明の我妻と健人とエリーゼの未来を、天秤にかけるまでもない。エリーゼがこの世界で安心して過ごせる世界を作ると決め、ダンジョン運営というリスクを背負った時から、答えは決まっていた。
「邪魔をする奴は、どんな奴でも排除する」
覚悟を決めた表情をした健人は、大剣をシェイプシフターに向ける。
「さて、雪辱を果たすとしよう」
コテージ周辺での戦闘で一方的に負けたときから、復讐の機会をじっと狙っていた。
シェイプシフターは、大きく息を吸うと、人間の耳には聞こえない音を出す。その音は、一部の魔物がお互いの存在を確認するために出す音波であり、知能のない魔物にメッセージを伝える役割にもなっていた。
「地響きがする……また、魔物の群れ!?」
「数は多くないけどそのようね……私が相手するから、健人はシェイプシフターをお願い!」
エリーゼは、健人が先ほど戦っていた場所にまで移動すると、魔物が来るのを待ち構える。
「礼子さん! エリーゼのフォローをお願いします!」
健人は、2体のストーンゴーレムを倒し終わった礼子に指示を出す。無言でうなずいた礼子は、すぐにその場を立ち去った。
「ようやく、2人っきりになれましたね」
エリーゼの矢で傷ついた左腕の修復はすでに終わっており、魔法で創り出した刀を両手で構える。捕食した我妻の知識、経験を遺憾なく発揮したシェイプシフターの構えは、熟練者の雰囲気を醸し出していた。
「魔物に言われても嬉しくないね!」
ゆっくりと全身に回す魔力を増幅させながら、大剣を構える。
「あなたも、私の一部になってください!」
シェイプシフターが、大剣を軽々と振るう健人の攻撃を避けて一気に近づく。前回の戦いより明らかに動きが良くなっていた。
「くそっ!」
サイドステップで鋭い突きを躱そうとするが無傷とはいかず、頬に横一線に刀傷がつき、シェイプシフターの顔に健人の血がかかる。だが、だが、そのような傷を気にしている暇はなかった。
接近戦での戦いは不利だと判断した健人は、すぐさま足から魔法を放って串刺しにしようとするが、行動を読んでいたシェイプシフターが同時に足から魔法を放つ。するとと魔力同士がぶつかり合い、発動する前に魔力が霧散してしまった。
「なっ!?」
「驚いたか?」
シェイプシフターが口元についた健人の返り血を、舌を出してな舐めとり、不敵な笑みを浮かべる。
刀を創り出すようなタイプは、健人のように魔法を放つことは出来ない。このルールは魔物にすら適用される。
健人は、魔法を消滅させられたことより、その常識が覆り驚いていたが、シェイプシフターの姿を見てすぐに落ち着きを取り戻す。
「変身能力……か」
先ほどまで我妻の姿をしていたシェイプシフターだったが、今は最初に行方不明になったダンジョン探索士の豊田に変わっていた。
シェイプシフターは捕食した人間の姿に変わることができるが、それは見た目だけの話ではない。魔法の特性も引き継ぐことができる。
「驚いたか?」
豊田の姿に変わったことで表情や仕草、そして口調までも大きく変わる。我妻は腰が低く丁寧であるのに対し、豊田は荒々しい口調をしていた。
「これで、お前と同じ戦い方ができる。今度は、お前の負けだ。逃げたければそうするがいい……魔物の群れから逃げ出せるのであればな!」
勝利を確信しているシェイプシフターは、魔物に似つかわしくない高笑いをする。
「……ッ!」
健人の最大の強みは遠・中・近すべての距離をカバーできる柔軟性の高さだ。そのベースがあるうえで、魔法のコントロール、格闘技といった技術が効果を発揮している。シェイプシフターの能力によって、そのアドバンテージがなくなったことを理解し、無意識のうちに動揺していた。
「どうした? 隙だらけだぞ」
動かない健人に向って前に飛び出す。途中で我妻の姿に変わり刀を創り出すと、喉を狙った突きを入れる。
「一瞬で姿を変えられるなんて卑怯だろ!」
「私を袋叩きにした人間のセリフとは思えませんね」
健人は、上半身をひねって突きを回避してから、蹴って距離を取ろうとするが、足をきれいに受け流されてしまう。もう一度斬りつけるには近づきすぎたため、お互いがバックステップで距離を取り、仕切り直すことになった。
「この体は良いですね。刀や体の使い方が上手い」
体の馴染み具合を確かめるように、刀を数度振る。
無生物特有の無尽蔵の体力に加えて、戦闘の技術まで身につけたシェイプシフターと、連戦により疲労が蓄積され言葉を出すことさえ億劫な健人。圧倒的に不利な状況へと追い込まれていた。
(エリーゼ達の戦闘が終わるまで時間を稼ぐか……? いや、それはダメだ……)
離れた場所から聞こえてくる戦闘音は、小さくなるどころか規模が大きくなっている。
エリーゼ達が負けることはないが、ストーンゴーレムとスペルブックの組み合わせは面倒であり、健人の体力が尽きる前に倒しきるのは難しいだろう。
「こういう場合は……そうか、孤立無援というのですね。味方の援護なく、1人でどこまで戦えるか試してみたらどうでしょう?」
健人が思考していた一瞬の隙をついて、シェイプシフターが上段から刀を振るう。寸前のところで体が動いた健人は、大剣を横にして防ぐことに成功した。
「隙だらけだと、すぐに倒されてしまいますよ?」
「やれるものなら、やってみろ!」
押し返そうとして、さらに体内に循環させる魔力を増やす。だが疲労によっていつもより力がでず、押し返すまでには至らなかった。
しばらく押し合いが続くと、全身に疲れが出始めるた健人は徐々に押され、ついに膝をついてしまった。最後の一押しと言わんばかりにシェイプシフターが体重をのせようとする。
「ちっ!」
だがその直前に、タイミングよくシェイプシフターの頭を狙った矢が飛んできたため、大きく後退して回避した。
「あいつらを先に殺すべきだったか?」
シェイプシフターが豊田の姿に変わり、火玉を創り出すと、攻撃してきたエリーゼに向けて放つ。
「そうはさせない!」
健人が即座に作り出した2重の氷壁によって、エリーゼに届く前に消滅した。
「まぁいい。もう俺には攻撃できんだろう」
順調に魔物の数を減らしていたエリーゼと礼子だったが、シェイプシフターに攻撃した直後に数体の魔物が追加され、再び激しい戦闘が始まる。先ほどのようなサポートは期待できないだろう。
「こっちも、仲良くやろうじゃないか」
豊田の姿のまま、健人とシェイプシフターの第2ラウンドが始まった。
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