第60話 最後の一押し

 息は上がり、全身は鉛のように重く、思考は霞がかかったように鈍い。あと何回、大剣を振るえるか分からないが、そうう多くはないだろう。健人は、自身の体調をそのように判断していた。


(残された方法は多くない……か)


 遠距離から近づけないほどの魔法を連続して放ち、その間に体力の回復に努めるしかない。左腕を上げてシェイプシフターに手のひらを向け、氷槍を1本ずつ連続して放つ。


 健人へ近づこうとしていたシェイプシフターが体をひねって前に出るが、すぐに次の氷槍が放たれ、思わずサイドステップで躱す。氷槍が放たれるペースは遅くなるどころか速くなる一方で、シェイプシフターに向けて次々と放たれる。


 豊田の姿をしたシェイプシフターは火槍を放つが、魔法を放つ速度は健人の方がわずかに速い。徐々に逃げ場を失い追い込まれていく。魔法戦になってしまえば、エリーゼと訓練をしていた健人の方が有利であった。


 シェイプシフターが、このままだと逃げ道が無くなると判断すると、瞬時に我妻の姿に変わり、盾を創り出して健人に向って突撃する。


 だが、その行動は健人の予想していた範囲であったシェイプシフターの接近を防ぐために、地面から無数の土棘を創り出した。


「ちっ!」


 土棘から逃げ出すように大きく後ろに飛ぶ。


「遠距離からネチネチと……あなたの性格の悪さが出ていますね……そろそろ死んでもらいます!」


 盾を消して再び刀を創り出すと、腕を上げて上段の構えを取る。シェイプシフターが魔力を増幅させ、一瞬、間があってから「タン」と音を立てて踏み込む。するると、次の瞬間には健人の目の前にいた。


「……ッ!」

 上段から振り下ろす途中で軌道を変え、健人の胴体を真っ二つにしようと刀を横にする。何とか大剣を間に滑り込ますことができたが、衝撃を受け流すことは出来ず、吹き飛ばされてしまった。通路に壁に背中から衝突する。


「ゴホッ!」

 衝撃により数回咳き込んでから、フラフラと立ち上がる健人の顔には、血が流れていた。


 だが健人も黙ってやられていたわけではない。吹き飛ばされる瞬間に地面から土棘を放ち、シェイプシフターの下半身を串刺しにしていた。普通の人間であれば致命的な傷だった。


 だが、魔物であるシェイプシフターは違う。体内から漏れ出す黒い霧が傷を覆うと、服ごと修復されたように、攻撃された跡が消えていた。


(打撃も効かないうえに、刺してもすぐに修復される……奴は無敵か!?)


 痛みに耐えながらシェイプシフターをにらみつけると、修復時に発生する小さな変化に気付く。


(いや違うな……体内の魔力が減っている。そうなると、やることは1つしかないか)


 一見、傷が治り攻撃が意味をなさないように感じるが、実際は、体内の魔力を使って見た目を元に戻しているだけであり、その魔力が尽きてしまえば修復するどころか、すぐに消えてしまう。


 傷一つない見た目とは違い、魔力という資源は確実に減っていた。だが放置していれば、大気中の魔力を吸収してすぐに元に戻ってしまう。そのことに気づいた健人は、防御を捨てて攻撃に専念することに決めた。


 健人が氷槍を6本創り出し放つと、シェイプシフターが右に大きく避ける。着地の瞬間に生じる隙を狙って健人が近づき、すくい上げるように下から上へと大剣を振るうと、左腕が宙に舞った。健人は気づいていないが、修復中の隙をついた回避不能な一撃だった。


「切り刻んでやる!」


 腕を切り飛ばされたことで逆上したシェイプシフターは、我妻の姿にもかかわらず口調が荒くなる。


 腕を再生する時間が惜しいのか、残された右腕で刀を振るうが、我妻の戦い方に慣れ、さらに片腕を失って鈍くなった攻撃。健人はそれを、あえてギリギリに回避すると前蹴りを繰り出し距離を取ってから、上げていた大剣を振り下ろす。


「甘いっ!」


 攻撃を読んでいたシェイプシフターは、刀で大剣の腹を思いっきり打って軌道を変えると、距離を取りながら豊田の姿に変わる。


 大剣から肩手を離して氷槍を放った健人と、豊田の姿に変わり火玉を放ったシェイプシフター。お互いの魔法がぶつかり合い消滅し熱を伴った余波が2人に襲い掛かるが、それぞれ氷壁と、盾を創り出して防ぐ。


 魔物の体は多少の熱であれば体に影響はない。先に盾を消して攻撃に出たのは我妻の姿に変わったシェイプシフターだった。


 氷壁が消えるタイミングを見計らって水蒸気の中を、刀を持って飛び出す。氷壁を出している間に大剣を構えていた健人の小手――手の甲を狙って小さく刀を振るう。


 健人は、とっさに大剣を手放して回避するが、シェイプシフターの持つ刀は、すでに頭を狙って振り上げていた。見上げている健人に、次の攻撃を防ぐ手段はなかった。


「もらっ――」


 勝利を確信したシェイプシフターが三日月のような笑みを浮かべていだが、魔力動きを察知して表情が一変する。身体を横に向け、本来であれば健人の頭を切るはずだった刀で、火槍を切り裂いた。


「お前、生きていたのか!! なぜだ! こいつの知識では、あの傷が治るような道具はなかったはずだ!」


 我妻、豊田の知識から傷を治す手段を持っていないと判断していたシェイプシフターは、藤二を刺した時点で死亡したと思い込み、戦闘対象から外していた。


 捕食することで手に入れたこの世界の常識。その知識に頼ったばかりに、エリーゼが持っていたポーションの存在に気付いていなかった。


「誰でも奥手の1つや2つ……持っているんだ……人間をなめるなよ化け物」


 藤二は、貧血により、立つどころかしゃべることすら困難だった。だが、そんなことは関係ないと、意地を見せてニヤリと嗤う。


「クソっ! 俺の邪魔をするな!」

「良いのか? 俺と話してて」


 藤二が言い終わる直前に、シェイプシフターの頭が鷲掴みされ、さらに左胸に手のひらが当たる。


「頭と左胸が吹き飛べば、死ぬよな?」

「お前は!」


 事態の急変に頭が追いつかず硬直したままのシェイプシフター。ゼロ距離から健人の氷槍が放たれ、貫き、手を離すと、シェイプシフターは、鏡のように周囲を映し出すデッサン人形のような姿になる。


「これが、シェイプシフターの姿か」


 糸の切れた人形のように倒れるシェイプシフターを見つめながら、健人がつぶやく。地面に横たわると黒い霧に包まれ、アイアンドール並みの魔石を残し、捕食した人間と共に、この世から完全に消えてしまった。


「藤二さん。あなたの協力がなければ死んでいたのは俺でした。ありがとうございます」


 討伐対象であるシェイプシフターの消滅を確認した健人が、藤二の方に体を向けて礼を言う。


「…………あなたに死なれると、悲しむ人がいますから……」


 感情を押し殺すように返答し、数秒の間沈黙が続いてから再び藤二が口を開く。


「これで……仇はとれましたよね?」


 健人の手の中にある、魔石を悲しそうに見つめながらつぶやく。


シェイプシフターに捕食され、残りかすはダンジョンに吸収されてしまった。墓に入れる遺骨すら残らない。藤二はダンジョン探索士の哀しい末路を目のあたりにしていた。


「ええ。藤二さんのおかげで勝てました。ちゃんと仇は取れていますよ」

「そうであれば、もう私がやれることは何もないですね……」


 エリーゼに完全に振られたこと、我妻が死んでしまったこと、2人の仇を取れたこと、様々な思いが藤二の中を駆け巡り、天井を見つめながら涙を流していた。


「…………もう私はエリーゼさんの近くに行くことは出来ません…………私の代わりに、まだ戦っている彼女を助けてください」


 悔しさを、憤りを、諦めを、そして羨望をといった感情を絞り出したような声だった。


「では、もうしばらく待っていてください」

「ちゃんと、守ってくださいね」

「ええ。当然です。全てをかけて守りますよ」


 笑顔で言い切るとすぐに未だに戦っているエリーゼと礼子の方へと向かう。その後姿を眺めていた藤二は、気力が尽きたかのように全身の力が抜け、瞳を閉じた。

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