第16話 ゴーレムダンジョン探索3

 フロアボス通称アイアンドールとの戦闘当日は、雲ひとつない晴天だった。もし、エリーゼと出会っていなかったら、コテージの前にある小さな畑の手入れをして、読書をしながら昼寝をする。そんな穏やかな生活が続いていただろう。


 今はそんな穏やかな生活とは遠いが、今日さえ無事に乗り切れば、実現に大きく近づくのは間違いない。


◆◆◆


 討伐当日の朝は早く、日が昇り始める5時過ぎには起床し、おにぎりとお味噌汁といった日本食を堪能してから、安全靴やヘルメットを身に着けるとすぐに外に出て、ゴーレムダンジョン前まで移動していた。


「……いよいよだな」


 テントから非常食の詰まったリュックと液体窒素が入った容器を取り出した健人は、ゴーレムダンジョンの入り口に立ってつぶやいていたが、普段より声は硬く、初めて探索したときと同じような緊張をしていた。


 いくら覚悟を決めているといっても命の危険を意識して戦った経験は少ない。緊張するなというほうが無理だろう。

 後ろに立っていたエリーゼは、健人の左肩に軽く手を置いてから前に出る。そのまま数歩前に進んでから勢いよく反転して健人の方に体を向けた。


「緊張しているわね。いつも通り私が前に出て指示を出すわ。健人の判断にも期待しているけど、無理そうだったらサポートに撤してもいいからね」

「ありがとう。気を使わせてごめん」

「その代わり、アイアンドールと戦うときには頑張ってもらうわよ?」


 緊張を和らげようと軽い冗談を言ったエリーゼは、いたずらっ子のような目つきで笑っていた。

 その笑顔につられて笑っていた健人は、いつの間にか、さきほどより緊張感が薄れているのを自覚していた。


「それじゃ出発!」


 もうこれ以上の会話は不要とばかりに、出発の号令を発したエリーゼは健人の返事を待たずに先に進み始める。

 健人は地面に置いていた荷物を慌てて掴み、ゴーレムダンジョンの中に入る彼女を追いかけるように小走りで追いかけた。


 乾燥した空気、天井から降り注ぐ不自然なほど明るい光、戦闘を想定したと思われるほど広い通路。コツコツと安全靴が地面を叩く音が鳴り響くだけの静かな場所。探索を始めた頃は、そのすべてが不安と恐怖を掻き立てていた。


 ゴーレムダンジョンに入ってすぐの一直線の通路を歩きながら初心を思い出していると、急にエリーゼが足を止めて弓を構える。行動の意味を察した健人は、すぐさま持っている荷物を降ろして棍棒を構えた。


「見て。前方から3体のウッドドールがいるわ……最悪……奥にいる1体は弓を持っている。弓を持つ個体は、初めて見たわ……」


 驚愕の声に従い前方を注視した健人は、弓を持ったウッドドールを中心に、棍棒を装備したウッドドールが左右に分かれて、こちらに向かっている姿が視界に入った。


「こっちに気づいた!」


 エリーゼが警告を口にすると、中心にいたウッドドールが弓を構える。


「俺に任せろ!」


 戦闘になったことでスイッチが切り替わった健人は、今までの探索で培ってきた経験から、何をするべきか理解していた。即座に魔法を使う準備に入る。

 判断が早かったため発動が遅い健人でも間に合い、ウッドドールが肩にかけている矢筒から矢を取り出すのと同時に足元から魔法が発動する。魔力をまとった冷気が、素早く地面を伝って前方にいるエリーゼのさらに数m先まで移動する。


 矢が放たれるまで残り数秒。迎撃するしかないとエリーゼが戦闘の態勢を取ろうとした瞬間に、人ひとり隠すには十分な大きさの氷壁が、エリーゼの前に出現した。

 氷壁に一瞬驚いたものの、先ほどの発言から健人の魔法だと理解したエリーゼは、弓を構えて手のひらを上に向けると白く輝く矢を1本創りだす。


 一方、感情を持たないウッドドールは、事態が大きく変化しているのにもかかわらず、事前に指示された内容に従っているかのごとく、弓を大きくしならせて矢を放つ。

 だが、氷壁に衝突した瞬間に、硬い音が響いただけで貫くことはおろか傷をつけることすらできなかった。


「ナイスアシスト! 弓は私が倒すから、残りの2体は任せたわ!」


 健人の返事を確認することなく、先ほど創った白く輝く矢を弓につがえると、天井に向けて放つ。空気を切り裂くように弓から飛び出した矢には、細い糸のようなものがあり、エリーゼの手とつながっていた。


 糸のついた矢は、天井に向かって一直線に飛んでいくが、もう少しでぶつかるといったタイミングで角度を変えてさらに加速し、弓を放ち終わって棒立ちしているウッドドールの頭を貫き、勢いが衰えない矢は地面に突き刺さった。


 致命傷を負ったウッドドールは、黒い霧に包まれ魔石だけを残して消滅し、数舜遅れて、込められた魔力を使い切った地面に突き刺さっている矢も白い粒子となって消えた。


 敵を完全に倒したことを確認したエリーゼは、健人の戦いに参戦しようと残りのウッドドールを視界に収めようと顔を動かすと、全長2mもある氷槍が頭に突き刺さっている姿が目に入った。


「もう少し経験を積んだら、一人前の探索者になれるかも」


 黒い霧に包まれて消滅するウッドドールを横目に、出会ってから数か月で急成長している健人に驚いていた。今回見せた的確な状況判断にも驚いたが、特に魔法の扱い方が上手い。地面を伝って魔法を発動させるのは高度な技術が必要であり、数日練習したらすぐに使える技術ではない。


「いつの間に、そんな高度な技術が使えるようになったの?」


 青い粒子となって消えてゆく氷壁を見上げながら、そう質問せずにはいられなかった。


「魔法は手と足から出せる。そう聞いたときからずっと、地面を伝って魔法が出せないか練習したんだよ。出来るようになったのは、アイアンドールに出会った日だから、時間がかかってしまったけどね」

「時間がかかってしまった!? 無知とは恐ろしいものね。普通、独学でやろうと思ったら年単位の時間が必要よ。それをわずか数ヵ月で出来るようになるなんて、魔法操作の能力は想像していた以上に高いのかもしれないわ」


 魔法操作だけは、自分の世界の探索者としてはトッププレイヤーに近い水準のレベルなうえに、このまま成長すれば、魔法の発動時間が遅い問題もそう遠くない未来に解決する可能性が高い。

 長年、探索者としての経験を積んだエリーゼがそう思えるほど、健人の成長するスピードは速く、そして、強敵と戦うパートナーとして心強かった。


「そんなに驚くこと? エリーゼはなんでもほめてくれるから、すごいと言われても実感が持てないなぁ」


 成長が速い。能力が高い。これらは誰かと比較することで分かることである。比較対象のない健人にとって、エリーゼの言葉に説得力が感じられないのも無理はなかった。


「それよりさっきの矢はすごかったね! 魔法の矢って、あんな風に自由自在に動かせるものなの?」


 そんな実感が持てない言葉より、先ほどエリーゼが披露した新しい矢に興味を持っていた。


「飛んでいる矢を操作するのは、さっきの健人が使った魔法よりさらに難易度は高いのよ? あそこまで高度に操作できる人はほとんどいないわ」


 少し自慢げに語るエリーゼの話を、ほほえましく聞いていた。


 実際、自動追尾はおろか、一度は放った魔法の軌道を変えることすら難しい。エリーゼですら、操作しやすいように特別な矢が創れるようになるまでは、操作することなどできなかった。


「この魔法は、私のとっておき。これ見た生き物はみんな死んでいるから、矢が操作できるのを知っているのは健人だけよ。秘密にしてね!」

「わ、わかった……エリーゼの事は誰にも言うつもりはないし、秘密は守るさ」」


 軌道を操作できる魔法の存在を知った人を、冷たい目をしたエリーゼが無表情のまま殺す姿を想像した健人は、思わずい身震いをした。


「なんで口ごもっているのよ」


 大きくため息をつくと、床に落ちている魔石を拾いに歩き出した。

 お互いに倒した魔物の魔石を拾い上げてリュックにしまうと、降ろしていた荷物を再び身に着けて、ゴーレムダンジョンの奥へと進む。



 手書きの地図にしたがって入り組んだ通路を慎重に歩く。魔物と不意に遭遇しないように慎重に行動していたため、十分距離が取れた状況で健人達が先に魔物を見つけることが多く。エリーゼの弓と健人の魔法で、相手が近づいてくる前に一方的に攻撃して倒していた。


 このままアイアンドールのところまで順調に進めると思っていた健人達だが、目的地の直前にある広い部屋にたどり着くと、1体のウッドドールが先に進む道をふさぐように待ち構えていた。


 手には西洋風の黒い両刃の長剣と、腕を隠せるほどの大きさの木の葉のような形をした黒い盾をもっている。剣を構えた立ち姿は歴戦の猛者のようであり、その風格がある姿に健人は飲み込まれそうになっていた。


「これはまた個性的な個体ね……。健人、時間稼ぎお願いできる? 盾を貫くほど強力な魔法を創るわ」


 エリーゼに声をかけられたことで我に返った健人は、短く「任せて」とつぶやくと荷物を降ろし、棍棒を片手に1人、前に向かって歩き出す。


 部屋のなかほどまで移動すると、今まで身動きしなかったウッドドールが、予備動作もみせずに跳躍をする。


「毎回、飛ぶのが好きな魔物だなっ!」


 慌てて魔法で迎撃しようとした健人だったが、盾で身を隠している相手には分が悪いと考え、サイドステップで大きく距離をとると、数舜遅れて先ほどいた場所に着地した。痛みを感じない体は便利なもので、すぐに立ち上がり健人の方を向く。

 すでに攻撃することを決めていた健人は、ウッドドールに向かって棍棒を振り下ろすが、剣で受け受け流されてしまい、それを合図にウッドドールの猛攻が始まった。


「ハァハァ」


 戦闘が始まってから1分。

 接近戦の技術を学んだばかりの健人がケガを負うこともなく立っていられるのは、回避に専念しているからであり、永遠に回避し続けることができれば時間稼ぎの目的は達成できるだろう。だが、極度に高まった緊張感により通常より体力の消費が激しく、また、剣を受け流すたびに棍棒が削れ、限界だと悲鳴を上げている。


「くそっ」


 頭を狙った突きが目前に迫るが、棍棒を縦にして紙一重で軌道を変えて避ける。

 攻撃に転じる余裕はなく、相手が硬直した隙にバックステップで距離をかせぐと、横目でエリーゼの方を見る。


「ハァハァ……まだか……」


 創り出した矢に魔力を込めているのがわかり、視線をにじり寄ってくるウッドドールに戻す。棍棒を持つ手は、白くなるほど力が込められていた。


「まだ前哨戦だというのに、このありさまか……」


 武器の性能、そして圧倒的な体力差により、健人は徐々に敗北へと追い込まれていた。


◆◆◆


(このままじゃ間に合わないかもしれない……)


 健人の危機を一番理解していたのは、間違いなくエリーゼだろう。

 徐々に輝きが強くなる赤銅色の矢を手のひらに創り出している彼女は、このまま魔力を注いで矢の威力を高めるか、今すぐ矢を放って援護に回るか悩んでいた。


 過去の探索では、確実に倒せる方法を常に選んでいた彼女だったが、親しい人間の危機には冷静ではいられなかった。初めての経験に戸惑っているなか、ウッドドールの剣によって健人は弾き飛ばされ、地面に転がる。


(ダメ! これ以上は見ていられない!)


 流れるような動作で赤銅色に輝く矢を放つ。

 身に着けた技術はエリーゼの期待を裏切ることなく、ウッドドールの側頭部に向かって飛んでいく。だが、命中すると思った瞬間、人間の反応速度を凌駕する動きで矢と頭の前に盾を滑り込ませ、惜しくも矢は盾に当たり熱風が吹き荒れたかと思うと、ウッドドールがフロアボスへつながる通路へと吹き飛ばされた。


「健人!」


 倒せなかったことを後悔する暇はなく、ケガの具合を確認しようと、ようやく体を起こした健人に駆け寄ろうとする。


「大丈夫だ……擦り傷ぐらいしかない。それよりアイツは倒せたのか?」


 エリーゼがたどり着く前に、痛みに顔を歪めながらも自らの足で立ち上がった。


「ううん。盾で防がれたから倒せてないと思う……」

「そうか……棍棒もこの状態じゃ使えないし、どうするかな」


 先ほどの戦闘で、健人の棍棒は半分に折れていた。

 次の手を考えながら何気なく折れた先を探していると、ウッドドールが持っていた剣が床に転がっていることに気が付く。


「いや、こいつを使うか」


 床に転がっていた黒い長剣をもった健人は、数回振り、感触を確かめると通路の方に顔を向ける。


「剣なんて使えた?」

「棍棒と同じような使い方しかできないけど、相手が武器を持っていなければ今度こそ大丈夫だ。それより魔法の準備を任せたよ」


 話している間に吹き飛ばされたウッドドールは飛び跳ねるように立ち上がる。

 だが、盾は半分以上が消滅し、頭部にも大きなヒビが入っているが、消滅するほどではないようで戦闘意欲に燃えているかのように勢いよく走り出した。


「わかった。負けそうだったら逃げてもいいから!」


 そう言うとすぐさま後ろに下がり矢を創りだす。


「あまい!」


 走っていたウッドドールは勢いを利用して盾を健人に向けて投げるが、動きを予想していた健人は、慌てずに横にずれて回避する。その隙に近寄ってくるが、魔法のダメージの影響が大きいのか動きは遅く、突き出してきた右手を切り上げると、ウッドドールの右腕が宙を舞う。


 勝利を確信した健人は、とどめに頭をたたき割ろうと剣を振り下ろすその瞬間に、偶然にもエリーゼの声が耳に届いた。


「奥からアイアンドール! 健人、お願い! 避けて!」


 もうそれは、警告というよりも悲痛に似た叫びだった。


 通路から勢いよく飛び出したアイアンドールは、ウッドドールの真後ろにが立つと、味方ごと横なぎに長大な剣を振るう姿が目に入った。攻撃の動作に入っていた健人は避ける余裕もなく、かろうじて持っていた剣を盾に代わりに使うことで直撃を避けることができた。


 衝撃をもろに受けた健人は、勢いよく床を転がり減速せずに壁に衝突すると、かぶっていたヘルメットが砕け散り、身動き一つとれずに横たわる


「健人! ――絶対に殺す!」


 怒りを爆発させたエリーゼの声を聴いたのを最後に、健人の意識は暗闇へと落ちていった。

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