第47話 名波議員との協議2

「メンバーが決まったところで、討伐の期間について相談があります。1週間……いや、4日で全てを解決する代わりに、我々の要求を受け入れてもらえませんか?」


 今回は一方的に条件を突きつけられているが、同じ思惑で動く名波議員らと健人には、本来であれば明確な上下関係は存在しない。取引相手と称するのが妥当だろう。であれば、相手の要求を受け入れる代わりの対価を求めるのも当然の行為だった。


「いったい……何を求めているのですか?」


 取引を要求してくるとは思わず、訝しげな表情を浮かべた。


「新宿ダンジョンから産出したハーピーの魔石を買い取らせてもらえませんか?」


 先ほど前の意趣返しと言わんばかりに、口元を吊り上げて嫌らしく笑う。


「なぜ、その存在を知っているんですか!」

 予想だにしなかった発言に、思わず目の前にあるローテーブルを叩いて勢いよく立ち上がる。


 新宿ダンジョンの1階に出現する魔物はゴブリンだけだったが、地下2階にまで進むと、ハーピーなどといったベースが人に近い魔物が出現するようになっていた。それらは、ゴブリンとは比較にならないほど強く、余計な犠牲を増やさないようにと、発見者などごく一部の人間を除き、情報は秘匿されていた。


「…………梅澤ですね」

 大きく息を吐いてからつぶやき、立ち上がった時とは逆にゆっくりとソファーに腰かける。


 遠く離れた場所にいる健人が、秘匿された情報を手に入れる手段は限られている。そんな状況下で的確な情報を手に入れられるのは梅澤しかいないと、名波議員は考えていた。


「どうでしょうか? ですが、梅澤はよくやってくれています。良い人材を派遣していただきありがとうございます」


 健人達の情報を手に入れようとして梅澤を派遣したことをチクリと指摘すると、名波議員の眉がピクリと動いた。


「彼は、私達が協力し合うのに必要な人材です」


 今回のようなことをやりすぎてしまい、梅澤が排除されてしまったら意味がない。今はまだ梅澤を通じて、お互いに協力し合う関係が必要だと暗に言う。


「それに私達は、ダンジョンを運営する仲間じゃないですか。この一大プロジェクトが軌道に乗るように、お互いに利益を出していきたいですね」


 健人達は政府の駒でもなければ、下請けの企業でもない。対等な関係だと主張するように、名波議員の目をまっすぐ見つめていた。


「……はぁ……その通りですね」


 先ほどまでは順調に進んでいたと思っていたが、いつの間に立場が変わり、相手の要求を受け入れる側になっていた。むろん、健人の提案を断ることは出来るが、メリットがない上にシェイプシフターという問題が残ったままになる。


 政府として決して受け入れられない要求ではないということもあり、健人の取引を受け売れる方向で考えていた。


「ダンジョン運営を軌道に乗せるためと言うのであれば、仕方がありませんね。4日で解決できるのであれば、ハーピーの魔石も購入できるように働きかけましょう。ですが、本当に可能なのですか?」

「メンバーがそろってから4日であれば、ほぼ間違いなく」


 健人が自信をもって答えるのには理由がある。第1に場所がゴーレムダンジョンの地下2階と特定できていることが大きい。丸1日かければすべてのエリアを踏破するのも難しくないだろう。さらに、生物を積極的に捕食する生態を考慮すれば、健人にとっては実現可能な日程だった。


「初めて遭遇した魔物に対して、ずいぶんと自信がありますね?」


 疑問があるように質問しているが、自信の裏には、エリーゼといった異世界人の助言があると、名波議員は考えていた。


「エリーゼからシェイプシフターの特性を聞いて、実現可能だと判断しました」

「確かに彼女なら知っていても不思議ではないですね」


 予想通りの回答に安堵し、大きく息をはく。


「それにしても、魔物の知識が豊富ですね……」

「向こうの世界で、何年も魔物と戦っていましたから」


 エリーゼの世界におけるダンジョン探索士――ハンターをまとめるギルドは、魔物の情報を収集し、有料で提供していた。


 常に金欠状態の駆け出しハンターであれば情報を手に入れることは難しいが、ベテランハンターであれば問題ない。最新の情報が入れば、すぐに確認して、個人用のメモなどに記録していた。もちろんエリーゼも他のハンターと同様にメモをして、肌身離さず持ち歩いていた。


「実は相談ですが、魔物図鑑を作成したいと考えています。それを、彼女に依頼したいのですが、よろしいでしょうか? 今後、ダンジョン探索士の……いえ、人類の役に立つ知識だと思います」


 新宿ダンジョンでも下層に向かうにつれて、ハーピーが出現するなど、魔物の種類が増えている。下に向かうにつれて、難易度は上がり、死傷者が増えるのは間違いなかった。


 だが、エリーゼから魔物の特性を教えてもらっていれば、被害も最小限に抑えることができるだろう。そんな思惑もあり、名波議員は健人に依頼した。


「面白い話ですね。エリーゼがやりたいと言うようであれば、魔物図鑑を作成してもいいかもしれませんね」


 人類の役に立つなどと言う考えには興味のない健人だが、エリーゼが作ってみたいと言えば話は別だ。万が一、作りたいといった場合にすぐに行動できるよう、曖昧な回答をするだけだった。


「前向きな回答を期待しています」


 一通り話がまとまると、お茶で喉を潤わせてから再び口を開く。


「それでは、話を戻します。健人さんらは、地下2階に到達したパーティと共に、4日以内にシェイプシフターを討伐し、その報酬としてハーピーの魔石を健人さんに売却する。それでよろしいですね?」


 健人が出した要求も含まれていたため、問題ないと無言で首を縦にふる。


「最悪、1週間までは待ちますが、それ以上時間がかかるようでしたら連絡してください」

「ええ。そうしましょう」


 連絡するような事態にはならないと、自信を持った表情で答える。仮に、それが虚勢だったとしても、名波議員の前で弱気な姿を見せることはできなかった。


「色々と話もまとまったので、すぐに戻って討伐に取り掛かって欲しいところではありますが……明日は、新宿ダンジョンを軽く視察してもらい、2名の記者に会ってもらいたいと思います」


 健人の返事に満足した名波議員が話を続ける。

 建前とは言え、視察に来たのであれば新宿のダンジョンの運営を見学しなければならない。時間の無駄ともいえるが、発表内容に真実味を持たせる意味で必要な行為だった。


「記者……ですか?」


 だが、記者の話については何も聞いていなかった。怪訝な表情を浮かべて名波議員を意図を読み取ろうと必死に頭を回転させる。


「イメージアップ戦略の一環として、エリーゼさんにダンジョン探索士について話してもらえませんか? 質問の回答はこちらで用意しますので」


 ダンジョン探索士は出来たばかりの職業であり、一般的には「怪しい職業」と思われている。そこで、美人でありエルフでもあるエリーゼが、その実情を語りイメージアップさせようと考えていた。


「確かにイメージアップは必要ですが……」


 エリーゼを広告塔の様に使うことにためらいがあり、判断できずにいると、エリーゼから声がかかる。


「健人にとって良いことなのよね?」

「そうだね……ダンジョン探索士の地位が向上すれば、俺らも運営しやすくなる」

「なら、やるわ」


 健人の返事を聞いたエリーゼの判断は早かった。健人は未だに難しい顔をしているが、名波議員は満面の笑みを浮かべている。


「そう言ってくれると思いました。先方から質問リストをもらっているから、今から受け答えの内容を考えましょう」


 ソファーに置かれていたバッグから紙の束を取り出すと、日が落ちるまで、取材の打ち合わせを入念にすることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る