第36話 彼女は悪くない

 夜の会議から数日後。手配していた作業員が到着し、島の開発が始まった。まず始めに着手したのは、文字通り道を切り開くことだった。


「ここから、軽トラックが通れる程度の幅の道を作りたいと思います。まずは、木の伐採からですよね?」


 依頼人である健人は、作業着を着て頭にタオルを巻いていた。

 現場監督がうなずくと、この日のために伐採するための資格を手に入れていた健人は、チェーンソーを片手に他の作業員と一緒に木の方へと向かう。


 これから、ゴーレムダンジョンまでの木を伐採し、地面を固め、アスファルトで舗装をする予定だ。大量に出た伐採した木は本島に運ぶと費用がかさむため、薪にするか島の片隅に置いて乾燥させることにしている。


「私が魔法の斧で木を倒したら、枝を切って丸太にしてね。その間に、切り株を処理するわ」


 一方、エリーゼは、ミーナとヴィルヘルムを連れてゴーレムダンジョンの広場にまで来ていた。


「はーい」


 元気よく返事をするミーナに対して、ヴィルヘルムは腕を組んで無言でうなずく。


「健人達は、作業を始めたようね」


 道路工事の開始を知らせるかのように、遠くからチェーンソーの音が聞こえて来る。


「工期は短いんだから、みんなサボらないで働くのよ!」


 こちらも負けてはいられないと気合を入れると、魔法で作った斧を振り上げて、勢いよく木に叩きつけた。


 健人達は、工事に時間をかけるつもりはなかった。人数と魔力にものをいわせて、事前に計画より早く作業を進める。


 さらに木の伐採を進めながら、同時に道路の舗装工事も始め、木の根を取り除いた個所から地面を固めてアスファルトを流し込み、ゴーレムダンジョンへ続く道を急ピッチで作る。その甲斐もあって、予定より数日早く、道路工事は終わった。


「アスファルトの道ができると、この島の雰囲気も一気に変わるな」

「この道を見ていると、本島へ行った時を思い出すわ」


 健人とエリーゼは横に並び立ち、夕焼けに照らされたアスファルトで舗装された道を、砂浜から眺めていた。


 道の先にはゴーレムダンジョンがあり、エリーゼ達が拡張した広場には、ゴーレム事務所、休憩所、売店といった建物と、ゴーレムダンジョン入り口を囲うような壁、セキュリティカードをかざすことで開錠できる鉄製の頑丈なドアの設置が、急ピッチで進められていた。


 そのことを証明するかのように、今も遠くから工事の音が聞こえている。


「これから大勢の人が来るのよね?」

「そうだね。人数制限はするけど、ダンジョン探索士が沢山くると思うよ」


 ゴーレムダンジョンの方に視線を向けたまま会話が進む。


「大勢のダンジョン探索士がこの島に来て、私たちはサポートをすることになるのよね?」


 健人と出会い、ダンジョンを探索してから約1年が経過していた。初めて手に入れた魔石で髪留めを作ることもあれば、アイアンドールと死闘を繰り広げ、生活を脅かす侵入者と戦ったこともある。


 出会った島、そしてゴーレムダンジョン。そこで起こった出来事は、宝箱に大切にしまた2人だけの思い出であり、開発が始まってから、この島には誰にも触れてほしくなかったことに気付いてしまった。


 自由を手に入れるためとはいえ、他人が勝手に宝箱を開けて、中をいじっているように思えてしまい、エリーゼは胸が締め付けられるような感覚に襲われていた。


「そうだね……」


 苦しそうな表情をするエリーゼを慰めるかのように、そっと手を取る。

 突然の行動に驚いて健人の方に顔を向けると、目の前に健人の顔があり、お互いが見つめあうことになった。


「この島――ゴーレム島がどんな形になろうと、俺達の思い出が消えるわけではないよ」


 健人を見つめていたエリーゼが無言でうなずく。

 これから大勢の人が訪れる島に名前がないと不便ということで、先日、2人でゴーレム島と名付けていた。この名前もまた2人の思い出となり、この世界で長く使われる名称となる。


「砂浜で行き倒れていたエリーゼから始まった俺達の生活は、まだこれからだよ。エリーゼには日本を、この世界を、もっと見てほしい。楽しんで欲しいんだ」

「私も見てみたいわ」


 お互いが一瞬、無言になり、気持ちが重なり合う。


「「もちろん、一緒にね」」


 同じ言葉を発したことで、しんみりとした空気が一気に変わり、砂浜に2人の笑い声が響き渡る。


「ウフフ……健人、私のマネをしないで」

「いつも似たようなことを言うから、マネをしやすいんだよ」


 2人しかいいない、お互いが常に近くにいる濃い1年を過ごしてきた。何が好きで嫌いか、何に怒り喜ぶのか。長年付き合っている恋人のように相手のことを理解できている。少なくとも、健人はそう思っていた。


「そうかしら?」

「そうだよ。絶対にそう!」

「健人にそこまで言われたら、ウフフ……そんな気がしてきたわ」


 説得するかのように必死になる健人を見てエリーゼが笑い、それにつられて健人も笑う。再び、砂浜に2人の楽しげな声が響き渡った。


 一通り笑い終わると、健人はエリーゼの耳元にゆっくりと顔を寄せてささやく。


「未来だけを見て、変化を楽しもうよ」

「ええ。少なくとも、あなたが生きている間は、未来だけを見るわ」


 健人の声の大きさに合わせて、ささやきあう。過去に捕われる必要はない。まだ未来を見て生きていこうと、エリーゼは健人の息づかいを感じながら思っていた。


「いいね。それに、これからもっと色々なことが起こるはずだ。過去を見ている時間なんてないよ」

「それは楽しみね」


 会話が終わると、波の音だけが聞こえる。先ほど前の会話と夕焼けの海岸、2人っきりというシチュエーション。狙っていたわけではないがチャンスを逃すわけにはいかないと直感し、感情が高ぶった健人は、抱きしめようと両手を広げる。


「ここにいましたか! 現場監督から、作業が終わったから帰ると伝言を任されました!」


 背後からミーナの声が聞こえた健人は、広げた手をエリーゼの背中ではなく肩に置いて、勢いよく体から放す。


「もう少しだったのに……」


 誰にも聞こえないように小さな声を発すると、気持ちを切り替えて振り返り、笑顔でミーナを迎える。


「連絡ありがとう! 日も落ちるころだし、俺達もそろそろコテージに戻ろうか!」


 心の中で「彼女は悪くない」と何度も念じながら、健人は歩き出す。後を追うようにエリーゼも歩き出すが、口をとがらせて悔しそうな表情を浮かべていた。


 翌日からも島の開発は順調に進み、ゴーレムダンジョン付近の探索に必要な環境を整えると同時に研究所や梅澤が住む場所の建設も始まっていた。


 期間短縮を重視した結果、梅澤が住む家はプレハブよりかはまし、というレベルの木造で簡易的な建物が出来上がったが、雨漏りや隙間風がなくなったことに非常に喜んでいた。


 コテージから少し離れたところに建設された研究所は、健人が住むコテージと同水準の建物を作り、さらに、離れにはヴィルヘルムの指導の元、鍛冶場が作られ、完成するとすぐに中からは金属を叩く音が鳴り響くようになる。


 ダンジョン探索用の武具の製作が、ヴィルヘルムにとって全てであり、地球の知識を手に入れた今、創作意欲はとどまることを知らなかった。


 そうして約半年かけた開発が終わり秋を迎えたころに、ダンジョン探索士の受け入れと、ゴーレムダンジョンの運営が始まろうとしていた。

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