第37話 ゴーレムダンジョンの運営始まります
ゴーレムダンジョン周辺の工事が終わり、開放まであと数日。名波議員からの紹介でゴーレムダンジョンの入り口を警備する元自衛隊の2人が到着した。
まずは、業務内容を伝えるためにコテージにまで来てもらうと、挨拶を交わしてからダイニングにあるイスに座り、今後の予定を伝えることにした。
「明日からここに、ダンジョン探索士が来ます。2人には、ゴーレムダンジョンに免許を持っていない人が入らないか、そして、ダンジョン探索士のトラブルの仲裁をお願いしたいと思っています」
「もしもの場合は、魔法を使ってもよいのですよね?」
質問をしたのは、黒く長い髪が印象的な、凛とした雰囲気をまとった大和と名乗る女性だった。気の強さを象徴するように、ややつり目な瞳をまっすぐ健人の方に向けていた。
「大和さんでしたよね? ダンジョン特区では、魔法の使用は許可されていますし、多少のケガも問題ありません。どうしてもという場合は、許可します」
鋭い視線にひるむことなく返事をすると、無表情だった大和が笑顔になる。
「清水社長。私のことは、気軽に礼子と下の名で呼んでください。皆、そのように呼んでいますので」
気の強い礼子にひるむことなく、返事をした健人を人として気に入ったようだった。
「大和姐さん。初対面だからって嘘――ゴホッ!」
隣に立っていた、茶髪の軽薄そうな男性のみぞおちを無言で殴りつけて黙らせると、何事もなかったかのように健人を見つめる。
「清水社長から依頼された、砂浜を中心に最新式のセンサーを取り付ける件ですが、作業はすべて終わっています。今までより不審者を効率よく発見できるようになりました。また、監視カメラも最新式の物に変えています!」
「…………」
何度も修羅場を潜り抜けた健人だったが、突如、目の前で行われた暴力をなかったことにはできず、言葉を失っていた。
「ゴホッ……社長……ゴホッ……俺の事は……ミネッチと呼んでほしいっす」
息も絶え絶えになりながらも、自身のアピールを忘れなかった。
「それはさすがに遠慮します。呼び捨ては色々と問題がありそうなので、礼子さん、明峰さんと呼ばせてもらいますね」
彼のたくましさに驚嘆した健人だったが、初対面の人間をニックネームで呼ぶことに抵抗を感じ、2人とも下の名前で呼ぶことに決めた。
健人の返答に明峰は残念そうな顔をしていたが、心から残念がっているようには見えなかった。一方、礼子は、心から満足な笑顔を浮かべてうなずいていた。
「礼子さん、明峰さん。土日はお休みですが、平日はゴーレムダンジョン付近にある事務所で寝泊まりしてください。何か異変があれば、私の携帯電話にまでご連絡お願いします」
下の名前を呼ばれて満足したのか、礼子の視線の鋭さも若干和らいだように見える。
「大和ねぇ――」
何か言いかけようとしたが、礼子ににらまれると顔を青くして黙ってしまう。
「お任せください!」
信頼され大任を任されたと感じた礼子は、明峰に向けたキツイ表情から一変して真剣な顔つきになっていた。
「この後は事務所に向ってください。梅澤さんがいると思うので、業務の詳細を説明してもらいます。本当にお願いしますね……」
一抹の不安が残るが、他に選択肢がない健人は、梅澤に丸投げしようと心に決めた。
ダンジョン探索士がゴーレム島に上陸する方法は、朝と夕方に来る定期船だ。本日は記念するべき1回目の運用であり、早朝と呼ばれる時間から、健人は砂浜で1人、定期船が来るのを待っていた。
ダンジョン探索士は魔力臓器があり、十八歳以上であれば免許を取得する資格はある。学歴、容姿、性格など一切関係ない。生まれ持った素質さえあれば良いのだ。「いったいどんな人間がこの島に来るのか?」と想像を膨らませていると、ようやくダンジョン探索士を乗せた定期船の姿が視界に入った。
ゆっくりと進む定期船が、砂浜から伸びたさん橋に近づき係留すると、ダンジョン探索士が降りてきた。
パーティを組んでいるのだろう。複数のグループが絶え間なく降りてくる。
「予想していたより多いな」
交通の便は悪く、さらにお世辞にも探索しやすい環境とは言えない。ゴーレム島に訪れるダンジョン探索士は少ないと予想していた健人は、上限ギリギリの30人が上陸するとは想像していなかった。
一度大きく頭を振って気持ちを切り替えると、船から降りて荷物を確認しているダンジョン探索士に向って歩き出した。
「ようこそ、ゴーレム島へ!」
最初のインパクトが重要だと自分に言い聞かせ、両手を広げてややオーバー気味に歓迎する。
「私はここのオーナーで、あなた達と同じダンジョン探索士でもある清水健人です。皆様が来るのを、お待ちしていました」
挨拶が終わると頭を下げて再び上げる。だが、誰もが返事もせずに周囲をキョロキョロと見渡しているだけだった。
滑ってしまったのかと、手に汗をかき、内心ヒヤヒヤしながら相手の反応を待っていると、がっちりとした体格の男性が健人の前に出てくる。
「清水さんだっけ。ここにはエルフがいるんだろ? どこにいるんだ?」
ゴーレムダンジョンを公開するにあたり、エルフのエリーゼの存在を、政府を通じて公表していた。今回来たダンジョン探索士の一部が、エリーゼを目当てに来ていても不思議ではない。
話しかけてきた彼と同様に、周囲を見渡していたダンジョン探索士達は、同意するかのような視線を健人に向けていた。
「エリーゼは、この島にいますが、彼女は大切な従業員であり、別の仕事を任せているので、ここには来ません」
目当ての人物に会えないことが分かり、周囲は落胆したような声をもらすが、目の前の人物は諦めなかった。
「俺は今すぐ会いたいんだが、紹介してもらえないか?」
圧力をかけるように、健人に一歩近づく。
「ダメですね。理由がありません。もし彼女目的で来たのであれば、どうぞお帰り下さい」
エリーゼに会いたいだけの人間に彼女を紹介する気はなかった。交渉の余地はないと言わんばかりの態度で、出発の準備をしている定期船を指さす。
気を悪くしたのか、目の前に立っていた男性の顔が険しくなり、健人の襟をつかもうと手を伸ばす。
「藤二、そこまでにしておこう。お前の行動に豊田も呆れているぞ」
同じパーティの仲間に、肩をつかまれて実現されることはなかった。
手を伸ばしかけた男性――藤二が勢いよく後ろを振り返り、我に戻る。
「俺たちの目的は、ゴーレムダンジョンの探索だろう? 違ったか?」
「……我妻か。すまない……そうだったな」
健人からは後姿しか見えないが、声のトーン、そして肩を落とした態度から反省しているように感じられた。
「思い出してくれれば問題ないさ。それより……」
「分かっている」
肩を叩かれて後ろを向いていた藤二が、再び健人の方を向く。
「先ほどは、すまなかった」
少し前に見せた高圧的な態度から一変して、頭を深く下げる。
「俺達は、魔石や木材を手に入れるためにここにきている。ゴーレムダンジョンまで案内してもらえないだろうか?」
「分かってもらえれば結構です。頭を上げてください」
相手の謝罪を受け入れた健人は、藤二の顔が上がるのを待ってから周囲を見渡す。
「ゴーレムダンジョンを探索していれば、異世界人に会えるかもしれません。ですが、それを目的にここにきているようでしたら、どうぞお帰り下さい。そんな浮ついた気持ちで探索していたら、魔物に殺されてしまうでしょうから!」
大声で宣言する健人に周囲がざわめくが、定期船に戻る人間は誰一人として存在しなかった。
「よろしいですか?」
確認するために周囲をゆっくりと見渡す。
「確かにエルフに会いたい気持ちはあるが、それより今はゴーレムダンジョンの探索を優先したい。案内をお願いできないか?」
我妻と呼ばれた男性が発言すると、近くにいる藤二も同意していた。
「分かりました。それではこれから徒歩で案内します!」
体を反転させて、出来たばかりのアスファルトの道に目を向けると、後ろを確認することなく歩き出した。
異世界人に会いたいという気持ちは決して悪いものではない。健人でさえ、エリーゼと出会っていなかったら、エルフに会えるかもしれないと浮き足立っていただろう。だが、そんな気持ちで探索できるほどダンジョンは甘くはない。それは、健人の実体験から来る見解だ。
まだまだ未熟なダンジョン探索士と交流して、全員が無事に帰れるように注意しなければと、道すがら考える健人だった。
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