第38話 ダンジョン探索士達の活動
軽トラックが1台通れば道がふさがってしまうような細い坂道を、健人を先頭にして小学生の遠足のように歩いている。秋も深まり道を覆うような木々は色鮮やかで、ちょっとした紅葉狩りのようだった。
ダンジョン探索士達は大きなリュックや武器を持っているが、全員が身体能力向上させているため足取りは軽い。適度な緊張感を保ちながらも紅葉を楽しみ、誰一人遅れることなく、エリーゼ達の活躍によって拡張した広場までたどり着いた。
「ここが、ゴーレムダンジョン前広場です! これから、利用上の注意をまとめた用紙を渡します!」
ダンジョン探索士を広場に集めると、案内をしていた健人が振り返り、全員に聞こえるように大声を出す。全員に施設利用上の注意やルールなどが書かれている紙を渡すと、再び集団の前に出た。
「これから、設備の説明をします。先ほど配った紙を見ながら聞いてください」
聞こえていない人がいないか、周囲を見渡してから話を続ける。
「皆さんから見て、左手にあるのがゴーレム事務所です」
健人が指差した建物には、看板に人の形をした岩のイラストがほどこされ、ゴーレムダンジョン事務所と書かれていた。
「ゴーレムダンジョンに入るためのセキュリティカードの発行と、魔石などのダンジョンで手に入れた物の換金。その他、ダンジョン内のトラブルや相談事があれば、ゴーレム事務所を利用してください」
エリーゼと出会った頃はお手製の柵で囲まれていたゴーレムダンジョンだったが、開発工事により薄い鉄製の壁とドアが取り付けられ、セキュティカードをかざすと開錠される仕組みになっていた。
ダンジョン探索士や魔物が壊そうと思えば、簡単に破壊できる程度の強度しかないが、それでも壁で囲い施錠することには、破壊の証拠が残るといった意味でも存在価値はあった。
「ゴーレムダンジョンで手に入れた魔石は全て換金してもらう決まりになっていますが、それ以外のアイテムの換金は強制ではありません。手持ちの換金表を参考に、手元に残すか検討してください」
魔石は魔道具、ポーション作りに欠かせないため、政府が買い取り管理する決まりになっているが、その他のダンジョン産アイテムまで強制的に買い取ることは出来ない。そのため、換金率は良く、大物が出れば1年以上は働かずに済む収入を得ることも可能だ。
「何か質問はありますか?」
「探索中にケガをして動けなくなったら、どうなりますか?」
集まったダンジョン探索士の女性が手を挙げて、健人へ質問をした。
肉体労働であり危険な仕事でもあるダンジョン探索士だが、魔力によって筋力といった性差の壁が薄くなり、またブラック企業で働くより稼げる。
意外なことにダンジョン探索士になる女性も多く、ゴーレム島に上陸した30人の内、10人は女性だった。
「ダンジョンに入る前に何時間探索するか申請してもらうのですが、その時刻から4時間過ぎても出てこなかった場合は、救助チームを編成して救助に向かいます。詳細は裏に書いてあるので、読んで覚えておいてください」
新宿ダンジョンでも同じシステムだが、探索予定場所、時間などを細かく記載し、計画通りに探索しなければならない。予定通りに帰ってこなければ救助活動はする。しかし、死亡していればダンジョンに飲み込まれてしまうため、発見、救助できる確率は低かった。
「次に右手の方を見てください」
話しながら健人は、鞄の絵が描かれた看板を指していた。
「軽食、飲み物、他には探索に必要な小物が置いてあり、買い忘れた物があれば補充できますが、品数は少ないので注意してください」
週に一度、商品を仕入れている売店だ。当然、生鮮食品といった腐りやすい物は置いていない。保存食や飲料水を中心に取り扱っていた。
「それでは実際、ゴーレム事務所の中を見に行きましょうか」
この場にいる全員を案内するには売店は狭すぎる。さらに質問も上がらなかったので健人は、ゴーレムダンジョンに入るための手続きを詳しく説明することにした。
ゴーレム事務所に向かって歩き出すと、ダンジョン探索士達も後を追うように歩き出した。
「いらっしゃいませ」
仮設住宅のように貧相なドアを開けると、奥にカンターがあり、その中に梅澤が立っていた。
「受付の梅澤さんです。ゴーレムダンジョンの入場、換金の手続きを担当するので、この島で一番お世話になる人物になると思います」
説明しながら受付カウンターの前に立つと、自らのダンジョン探索士の免許を取り出してカウンターに置く。
「それではこれから実演します。よく見て、お覚えてください」
入り口付近に固まって立っているダンジョン探索士の方を向いて宣言をしてから、手続きを進める。
「入場カードの発行手続きお願います」
「では、この用紙に必要事項をご記入ください」
受付カウンターから取り出した用紙には、氏名、パーティメンバー、探索予定時間、階層など情報を記入する欄があり、ダンジョン探索士達に覗かれながら健人は必要事項を記入していた。
健人が用紙に記入している間、梅澤はダンジョン探索士の免許に書かれているナンバーをノートパソコンに入力し、本人確認を行っていた。
「書き終わりました」
「ありがとうございます」
健人が差し出した用紙をじっくりと見つめ、入力に誤りがないか、計画に無理がないか確認をする。
「問題なさそうですね。それでは、こちらを受け取ってください」
健人は、ナンバーだけが刻印された白いセキュリティカードを受け取ると、ゆっくりと立ち上がり振り返る。
「このカードがゴーレムダンジョン前にあるドアを開閉するためのセキュリティカードです」
奥にいる人にも見えやすいようにセキュリティカードは上に掲げられていた。
「カードにはナンバーが書かれていて、誰が何番のセキュリティカードを所持しているか管理しています。紛失、盗難された場合は、すぐにゴーレムダンジョン事務所にまで連絡してください」
不正利用を防ぐため、発行したセキュリティカードは個人と紐づけられ、1人1枚しか持つことが許されていない。また申請した日に返却しない場合は機能が失効となり、2度と入ることができなくなる。
また、健人が会社員として雇った礼子達のどちらかが、ゴーレムダンジョンの入り口に立ち、本人がセキュリティカードを利用しているのか確認する体制を整えていた。
「では皆さん。セキュリティカードの申請をしてから、ゴーレムダンジョンの探索を始めてください」
健人が部屋の端にまで移動すると、先頭から順序良くセキュリティカードの発行手続きが始まった。人前で話したことで教員時代を思い出した健人は、懐かしい気持ちに浸りながら、手続きを眺めている。
「ドン」
そんな気分を吹き飛ばすかのように、勢いよくゴーレムダンジョン事務所のドアが開いた。
「ごめん! 寝坊しちゃった! 健人、もうお客さん来てい……る……みたいね」
ドアを開けた瞬間は満面の笑みを浮かべていたエリーゼだったが、ダンジョン探索士の視線が顔と耳に集中していることに気付くと、顔を赤くして一気に無表情へと切り替わった。
「…………お邪魔したら悪いから、私は戻っているわ」
「…………分かった」
予想外の展開に全員が固まって静まり返っている。音を立てずにゆっくりとドアが閉まると、それが合図となり一気に騒がしくなった。
「生エルフだ! 生エルフだったぞ!」
「だれか写真を撮ったか?」
「実物の方が何倍も綺麗だった……」
「これで、地元の奴らに自慢できるぜ!」
男性だけではなく女性すら興奮したように盛り上がり「今日、来てよかった」と口にしていた。
騒ぎ立てる周囲を何かを諦めたように見つめていた健人だったが、騒ぐことなくドアをじっと見つめている男性に気が付く。
(あれは砂浜で俺に絡んできた男か……確か名前は藤二だったかな?)
1人だけ周囲と違う態度に気になったものの感動のあまり動けなくなっただけだと、考えなおした健人は、手を叩いて周囲を落ち着かせると、セキュリティカード発行の手続きを再開する。
その後は先ほどのようなトラブルは発生せず順調に進み、午前中にはすべてのダンジョン探索士がゴーレムダンジョンの中へと入っていき、そして夜になると全員が無事に探索を終えて本島へと帰宅した。
帰還したダンジョン探索士から記録した情報によると、ダンジョン産のアイテムは手に入らなかったが、換金した魔石の数は100個を超えていた。
その8割が政府に、そして残りの2割が研究所へと送られることになり、ミーナのポーション研究やヴィルヘルムの魔道具作りに使われる予定であった。
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