第39話 1日の終わり
名波議員の紹介で、健人の会社へと就職した礼子と明峰の業務は、ゴーレム島の警備である。1人はゴーレムダンジョンの入り口をふさぐように作られたドアの前に立ち、許可なきものの立ち入りを監視している。もう1人はゴーレム事務所が襲われた場合に素早く鎮圧できるようにと、ゴーレム事務所にも滞在して警備をしていた。
このように警備の2人は、探索に関連する手続きと会計を一手に引き受ける梅澤と業務で関わることが多く、一日の終わりに情報のやりとりをしていた。
「ご協力、ありがとうございました」
頭を下げる動作に追従するように長く黒い髪が垂れ下がる。
魔石を換金しにゴーレム事務所まで訪れたダンジョン探索士のボディチェックが終わると、礼子は外に出ていく姿を見送っていた。
指定された業者を除く一般人が、ゴーレム島から魔石を持ち出すことは禁止されている。密輸を未然に防ぐために、換金後に魔石が残っていないか確認することは、警備を担当する礼子達にとって非常に重要な業務だった。
本日最後となるボディチェックを終えると、受付カウンターの奥に作られた部屋にまで移動して、梅澤が入れたお茶を飲んでいると、ゴーレム事務所の貧相なドアが壊れてしまうのではないかと思うほど勢いよく開き、明峰が飛び込んできた。
「大和姐さん、ただ今戻りました!」
何かトラブルがあったのではないかと、ドアの方へ振り向いた梅澤だが、明峰の1言によって勘違いだと気づき、紛らわしい行動をした相手に呆れた表情を浮かべていた。
「ドアが壊れたら余計な経費が発生するので、優しく開けてもらえませんか?」
受付カウンターにあるノートパソコンでで、1日の最後の締めの処理をしていた梅澤が、うんざりした声で注意をした。
「うっす。気を付けます!」
自衛隊仕込みのきれいな敬礼をするが、軽薄そうな見た目と返事が全てを台無しにしていた。
反省しているのか分からない明峰をみて、梅澤は大きく息を吐く。
「経費は使わなくていい。奴の給与から天引きしよう」
梅澤が後ろを振り返ると、眉間にしわを寄せ、青筋を立てている礼子がいた。
「それは良いアイディアですね。施設を意図的に壊した人には給与から天引きするよう、清水さんに提案しましょうか」
言葉で言っても反省しない明峰に頭を悩ませていた梅澤は、すぐさま同意した。
「いやいや! それは職権乱用ですよ!」
「明峰の癖に難しい言葉を知っているな?」
「大和姐さんほど抜けてないっすよ…………」
色々と残念な性格をしている礼子にバカにされたことで、小声で思わず本音が出てしまった。
「ん? なんか言ったか?」
「いえ! これから気を付けます!」
姿勢を正すと、再び、徹底的に仕込まれた敬礼をする。
幸い、距離が離れていたので聞かれることはなかったが、先ほどの言葉が、礼子の耳に入っていれば鉄拳制裁は免れないだろう。
「ならいい。では、そろそろ本日の振り返りをしようじゃないか」
明峰が受付カウンターにまで近づくと、お互いの情報共有と健人への報告を目的とした、1日の振り返りが始まった。
「まずは明峰、報告を頼む」
指名されると手を後ろに組んで胸を張り、明峰の報告が始まった。
「本日も、セキュリティカードを不正に利用する人はいません。梅澤さんから送られてきたリストと一致していました。ですが、探索から戻ってきたダンジョン探索士の1人が、体調を崩したのか、顔色が悪くフラフラと歩いていたのが気になりました」
礼子や明峰が腰に取り付けている液晶タブレットには、梅澤が発行したセキュリティカードの番号とダンジョン探索士の名前、顔写真がリスト化したデータが送られるようになっており、そのリストを見ながら、ゴーレムダンジョンの入り口で本人確認を行っていた。
「ダンジョン探索士の体調管理は、業務外だな。特に問題ないだろう。私が担当した午前中も同様に、不正に入ろうとする人間はいなかった」
簡単な報告が終わると、梅澤の方を向く。
「議事録に記録しながらで申し訳ないが、最後は梅澤から報告をお願いする」
「分かりました。本日の探索人数は34人。全員無事に、ゴーレムダンジョンから帰ってきています」
ノートパソコンのキーボードをたたきながら、器用に報告内容を口にする。記録と報告は秘書時代に叩き込まれていたので、梅澤の得意分野であった。
「続いて探索の進行状況ですが、本日、地下2階に達した3人組のパーティがいました」
「おー。すごいっすね!」
「ええ。解放して間もないのに、地下へ続く階段を発見したことは、単純に素晴らしいと言えます」
健人とエリーゼによって1階、そして地下1階の半分までは探索済みであり、ダンジョン探索士には、地図が貸し出されていた。地図の存在や出現する魔物がウッドドールしかいないという好条件ではるものの、探索のペースは速いと言えるだろう。
「それで、どこまで探索したんだ?」
完全未踏破のエリア。新しい魔物が出現する可能性も高く、全員無事に戻ってきていると報告を受けているものの、無茶をしていないか礼子は心配していた。
「魔物と2回戦ってから戻ってきたそうです。戦った方から詳細を聞いて、エリーゼさんに魔物の種類を確認しました。現在確認できている魔物は、ストーンゴーレムとスペルブックと呼ばれる魔物だそうです」
「詳細は分かるか?」
キーボードを打つ手を止めて、礼子の顔を見てうなずいてから再び話し出す。
「帰還したときに聞いています。ストーンゴーレムは、レンガを積み上げて作ったような人型の魔物だそうです。武器は持たず、素手で攻撃してきます。硬い材質ではないようなので、そこまで脅威ではないそうです」
ここでいったん黙ると、魔物の名称と要約した特徴を議事録に記録する。その場にいる礼子と明峰は、その姿を見つめながら続きをじっと待っていた。
「続いてスペルブックですが、ハードカバーの分厚い洋書のようなものが、宙に浮いている魔物だそうです」
一通り入力が終わるとノートパソコンから目を離して、もう1体の魔物について説明を始めた。
「彼らは驚くことに、魔法を使ってきました」
「「!!」」
予想外の攻撃手段に、報告を受けていた2人は驚き、目を見開く。
「……どんな魔法だったか分かるか?」
「同時に2体遭遇したそうですが、遠距離から野球ボールほどの石と、見えない攻撃――エリーゼさんが言うには、圧縮した空気を飛ばしてきたそうです」
「健人さんみたいなタイプの魔法を使うのか……」
ウッドドールより耐久力が高いストーンゴーレムと、遠距離から複数の魔法を使うスペルブック。地下2階から探索の難易度が格段に上がったことに不安を抱いていた。
「で、倒したのか?」
「いえ、同時にストーンゴーレムにも襲われたようで、バラバラになりながら逃げてきたそうです。」
「まずは、無事に戻ってきたことを喜ぶとしよう」
礼子は無茶をせず撤退を選んだことに安堵し、その場の雰囲気が和らぐと、突如、ゴーレム事務所にある電話がけたたましく鳴り響いた。
「定期便からのようですね……」
電話の液晶ディスプレイには、ゴーレム島と本島を行き来する定期便の電話番号が出ていた。
梅澤は、無言でゆっくりと受話器を上げて耳に当てる。
「こちら、ゴーレム事務所の梅澤です。何かありましたか?」
トラブルが発生しない限り、定期便からゴーレム事務所に電話をすることはない。嫌な予感を覚えながらも業務を全うするべく質問をする。
「なるほど……電話にも出ないと……それは、困りましたね……。こちらから健人さんに報告するので、皆さんは、本島に戻ってください」
事情をすべて聞いた梅澤は、ダンジョン探索士を本島に戻らせるように指示を出すと受話器を置いて電話を切った。
「何があった?」
内容が気になるのか、急かせるような口調だ。
疲れた表情を浮かべたまま、礼子の方を振り向くと、梅澤はゆっくりと電話で聞いた報告を口にした。
「……ダンジョン探索士が1名、行方不明になったそうです」
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