第35話 開発の予定
滞在が決まるとすぐに残りの空き部屋を全員で掃除し、ベッドしかない殺風景な部屋だが、夕方頃には寝泊りできる状態にまで綺麗になっていた。
さらに、東京から荷物を取り寄せたり、島内を案内したりと、新生活の準備に費やす。猫獣人のミーナとドワーフのヴィルヘルムが移り住んでから1週間経過した頃になって、ようやく落ち着いて話せる状況になった。
「そろそろ、この島の具体的な開発予定を説明しようか」
再び夏が近づき過ごしやすくなった夜。ダイニングのテーブルを囲むようにして座っている5人の前には、印刷した無人島の地図が置かれていた。
「ようやく発表してくれるんですね。名波議員からせっつかれていたので助かります」
心の重荷から解放されたかのように、梅澤が大きく息を吐いく。
健人の会社では経理として、そして政府とのパイプ役である梅澤は、名波議員から「彼らの動きは逐一報告するように」と指示されていた。ある意味スパイのような役を押し付けられているため、本来であれば隠れて行動するべきことだが、逃げ場のない無人島で健人と敵対する危険性を理解していたため、事情を説明してから、堂々と情報を集めて名波議員に伝えていた。
「いいんですか? この人がここにいて」
梅澤の存在がこの場にいることに疑問を感じたミーナが、猫耳をあちこちと動かしながら質問をする。
「隠すことは何もないからね」
諮問されたほうに顔を向けると、肩をすくめて短く答える。
実際、今は隠すよりも積極的に情報を交換した方がメリットは大きいと、健人は考えていた。
「話を戻すけど、1日数本の定期船を運用してダンジョン探索士を招こうと思っている。この島にある2つの砂浜――クルーザーを係留している方を、定期船で乗り降りできる場所として開放する。そこから、ゴーレムダンジョンまで歩いてもらう予定なんだけど……」
「もしかして……新しく道を作るんですか?」
思わず発言してしまったが、自分の考えが間違っているかもしれないと思い直し、尻尾を小刻みに揺らしながら恐る恐るといった表情で健人の方を見つめていた。
「その通り!」
島が発展するのが嬉しいのか、ミーナを指差し、興奮気味に話を続ける。
「雑木林の一部を開拓して、道を作り、アスファルトで舗装する予定なんだよ! 一応、軽トラックぐらいが通れる幅にして、食料などの補給の負担を軽くしたいと考えている」
身体能力強化ができればゴーレムダンジョンまでの距離は、軽い散歩程度の距離だが、水、食料、日用品を運ぶとなれば別だ。人が抱えて運べる荷物量には限界があり、砂浜から軽トラックで運んだ方が効率は良かった。
「他にもゴーレムダンジョン付近の広場を拡張して、魔石を買い取る事務所、水や食料などを販売する店などを作る予定! 船着場から軽トラックに荷物を積んで、新しく作る店に下ろし……」
「そして、帰りには魔石を運んでもらうのよね?」
数日かけて、健人と一緒に開発計画を考えたエリーゼが言葉を継ぐ。
「そうそう! その通り! で、砂浜に着いたら、俺達とは別で、政府が用意した定期便に乗せるまでが、ダンジョン運営のお仕事!」
一通り喋り終わったところで、不機嫌そうに眉間にしわを寄せて座っていたヴィルヘルムが、顔を真っ赤にして立ち上がる。
「そんな細かいことはどうでもいい! 研究所は、どこに建てる予定なんじゃ!」
苛立ちがピークに達していたのか、怒りを含んだ声だった。
先ほどまで興奮していたのが嘘のように、健人は冷静さを取り戻す。
「……コテージの近くに建てます。もちろん、ヴィルヘルムさんの要望通り、鍛冶場も作る予定ですよ。一般人は立ち入り禁止にするので、研究に専念できる環境です」
いきなり火山が噴火したような態度に驚き、一瞬、言葉に詰まるが、すぐに次に話そうとしていた研究所について説明をする。
政府と共同で作る研究所の機密性は高く、また、ダンジョン探索士とヴィルヘルムが顔を合わせればトラブルが発生する可能性は非常に高い。
そう考えていた健人は、政府から研究所に派遣された人間には悪いとは思いつつ、半ば隔離された状態の場所に建設すると決めていた。
「ならよい。ワシは眠いからもう戻る。後は勝手に決めてくれ」
健人の回答に満足したのか、言い終わると返答も聞かずに階段を上る。部屋に戻るヴィルヘルムの顔色はすでに元に戻っていた。
「相変わらず、自分勝手な人ね」
姿が見えなくなると、ため息とともにつぶやく。
「今後の成果に期待……かな?」
さすがに健人もフォローする言葉が見つからないのか、困ったような表情をしていた。
「少し話してしまったけど、コテージ、研究所、公開していない方の砂浜……プライベートビーチは、基本的に俺達だけしか立ち入れないようにする」
説明する相手が1人減ってしまったが、ミーナと梅澤に顔を向けると説明を続ける。
「あくまで一般公開するのは、定期船を係留する場所と新しく舗装する道、そしてゴーレムダンジョン付近だけなんですね?」
先ほどから健人の話を聞きながら持っていたノートにメモを書き込んでいた梅澤が、手を止めて質問をする。
「俺達の島で、勝手なことはして欲しくないからね」
健人にとって自分が住む場所であり、他人が長期間滞在して欲しいとは思わない。宿泊施設など、ハンターが長く止まるような施設は作らず、本島から日帰りで探索してもらいたいと考えていた。
「質問です。ポーションの研究は研究所でしょうか?」
「研究所の1階が魔石研究で2階がポーション研究になるよ」
ミーナの質問に便乗したミーナに返事をする。
「よかった……ようやく、ポーションの仕事に関われるんですね」
健人の説明に安堵したのか、大きく息を吐き、目には涙がたまっていた。
「私からもいいかしら?」
事前に話し合っていたエリーゼから質問があると想像していなかった健人は、うなずきながらも、どんな内容になるのか身構える。
「研究所ができたら、ヴィルヘルムとミーナの部屋は、そっちに移動することになるのかしら?」
「ああ、そのことか」
エリーゼに指摘されたことで、研究所の建設が終わり次第、ヴィエルヘルムとミーナには出て行ってもらおうと、事前に話していたことを思い出した。
「説明するのを忘れていたね。うん。研究所に部屋を作るから、2人にはそこで寝泊まりしてもらう予定だよ。ミーナはそれで良い?」
「寝泊まる出来る部屋がある。それだけで十分です。ヴィルヘルムさんも同じことを言うと思います」
生活費を稼ぐために危険な職業であるポーターをやっていたミーナにとって、部屋を用意してもらえるだけでも贅沢だと考えていた。地球に転移した今でもその考えは変わらず、場所や大きさなど、自分が文句を言える立場ではないと思っている。
だからこそ、自分勝手な行動をするヴィルヘルムの行動を見るたびに、心臓が縮みあがる気持ちだった。
「そう。それなら、私から何か言うことはないわ」
ミーナの返事に、満足そうに頷く。
「梅澤さんは会話にほとんど参加していませんが、何か質問ありますか?」
「私は健人さんの考えを実現するための駒ですから、特に質問はありません。ですが……贅沢を言って良いのであれば、もう少しましな部屋に住みたいですね……」
梅澤元秘書が住んでいる掘っ立て小屋であり、隙間風、雨漏りがする、住み心地が最低の場所だったのを思い出す。
「そうでしたね……ついでに掘っ立て小屋をバージョンアップしておきますか」
そのことを思い出した健人は「梅澤の家をまともにする」と心の中にメモをした。
「話が終わったならもう寝ましょ」
娯楽の少ない島では早寝早起きが基本だ。現代人からすると寝るには早い時間帯だが、エリーゼにとっては深夜に近く、手で隠しながら大きなあくびをしていた。
「そうだね。俺も眠いし、そろそろ解散としようか」
最近はエリーゼの生活リズムに合っていた健人も眠い目をこすりながら同意すると、会議を終わらせて、自分の寝室へと向かって歩き出した。
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