第93話 ゴーレム島 防衛戦4


 サハギンの討伐は順調に進んでいるが、礼子の取り巻く状況は悪化の一途をたどっている。


 いまだに魔物の襲撃は終わらず、世界中が混乱したままだ。魔物の襲撃のによりインフラは壊され、2日前からインターネットも携帯電話も通じなくなった。ゴーレムダンジョンから出てくる魔物を倒す必要があるため、ゴーレム島を放棄する選択肢はとれない。


 食料は残りわずか。礼子は判断を迫られていた。


「食料問題について話し合いたいと思います」


 襲撃から4日目の朝。礼子は事務所に集まった梅澤、明峰と会議をしていた。


「健人さんの畑から野菜を収穫していましたが、もう限界です。行動するなら今日です」

「なら話は簡単っす。ひとっ走りするっすよ」


 ゴーレム島の外から食料を調達しなければならない。これに関しては、議論の余地はない。だが地上ではノロマなサハギンも海中であれば、恐るべき速度で移動する。クルーザーが全力で動けば振り切れる可能性は高いが、そのスピードに達する前に捕らえられたら危険だ。


 逃げ場のない海で、クルーザーを沈められたら間違いなく彼らの餌食になってしまう。サハギンと海上で交戦するリスクを追っ手でもクルーザーを使うべきか、礼子は追い込まれるまで決断を避けていたのだ。


 問題を先送りにするのは、リーダーとして失格かもしれない。だが未曾有の事態に遭遇して、同僚の命を賭けた決断をすぐに下せる人間が何人いるだろうか。


 少なくとも礼子は出来なかった。


「危険、でも、それしか選択肢がない……ですか」


 あえて明峰を見ないようにつぶやいた。

 魔物の出現により海は危険地帯になってしまった。明峰一人がクルーザーで移動するには、あまりに危険だ。


「大丈夫っすよ。この前運転したから慣れているっすよ!」

「…………すまない」


 自分の無力さを感じながら礼子は、明峰の好意にすがるかのように決断を下した。


「任せるっすよ!」


 礼子は発言してから後悔をした。使命に燃える明峰に不吉なものを感じたからだ。手を伸ばし発言を訂正しようと口を開く。だが言葉を発することは出来なかった。


「おっきいサハギンがっ! 広場の近くにっ!」


 ドアが乱暴に開かれ、真っ青になったミーナが事務所に飛び込んできた。


 彼女の様子から緊急事態が発生を察した礼子と明峰は、慌てて事務所から飛び出した。だがすぐに空を見上げるようにして立ち止まった。二人が目にしたのは、身長10m近い巨大なサハギンに似た別の魔物のように見える。


 鋭い牙の生えた魚に足が生え前屈した体勢であり、手の代わりに水中を泳ぐに適した大きな翼に変わっている。もはやサハギンより、ドラゴンに近い。


 広場を囲む壁は数mほどしかないため、巨大サハギンには役にた立たない。食糧問題より先に、目の前の魔物を討伐しなければいけない。礼子がそう直感すると、見上げている二人の視線に気づいた巨大サハギンが口を開いた。


「散開!」


 即座に反応した明峰が、礼子と反対の方向を全力で走る。


 その直後、巨大サハギンの口から放たれた水のブレスが、2人が立っていた場所を直撃。口からはブレスが途切れなくはなたれ続け、地面を削りながら広場内に一本の線を描いて壁を破壊した。


 命がけで守った壁が、あっさりと壊されてしまったが、放心している余裕はない。壊れるタイミグを知っていたかのように、多数のサハギンが広場に侵入してくる。


「私が足止めする! 明峰は、ダンジョンに入る人間を引き連れて食い止めろっ!」


 強敵を目の前にして、戦力を分散するしか、この場を乗り切る方法はなかった。


 巨大なサハギンは壊れた壁に向かって走る明峰に狙いを定めた。


「お前は私が相手をしてやる!」


 闘争心をむき出しにした礼子が、巨大サハギンに向けて魔石爆弾を投げる。


「グギャァァァ!!」


 爆発の衝撃によって体がのけぞる。その隙に礼子は壁の上に立つと、ハルバードを創り出して飛びかかる。だが彼女にはこの場で最も大切な運がなかった。


 攻撃する前に、痛みによって暴れまわる巨大サハギンは翼に当たってしまい、礼子は地面に叩きつけられてしまった。


 背中から落ちた礼子は一瞬呼吸が止まり、新鮮な空気を求めるように咳き込んでしまう。身体能力を強化しているとはいえ、叩きつけられて体が無事であるはずがない。礼子のいたるところで打撲、骨折が発生して仰向けになったまま動けないでいた。


「グァ!!!!!」


 痛みから立ち直った巨大サハギンが濁った目で、礼子を睨みつける。顔のいたるところに傷ができているが、致命傷には程遠く、鱗が幾つか取れる程度であった。


 獲物を追い詰めたことを確信したのか、ゆっくりと口を開く。その奥からは不気味な濁流のような音が聞こえる。


「っ!」


 立ち上がるために腕を動かそうとした礼子だが、両腕とも骨が折れて微動だにしない。後ずさることすらできない。


 健人や明峰のように魔法を放つタイプであれば、この状態からでも攻撃できたかもしれない。だが礼子の魔法は武器を創造するだけだ。体が動かないのであれば、魔法で反撃のしようがない。


 もっと早く気づけば…… 戦っていたのが明峰なら……正しい判断が出来れば……。礼子の脳裏によぎる後悔の言葉。


「私には無理だったんです……」


 また、失敗してしまった。


 その一言が礼子の心に重くのしかかり、全身の力が抜け、生きる気力が抜けていく。


「そんなことない。あなたは十分よくやったわ」


 迫りくる死を受け入れようとした礼子の前に、一人の女性が立っていた。

 右手には弓、左手にはロングソードを持っている。


「ゴーレム島を守ろうとして頑張った。あなたの努力が成功へと導くのよ! 見てなさい!」


 弓を持った女性――エリーゼが左手に魔力を込めると、ロングソードを核とした巨大な赤い魔法の矢が創られる。それを番えると、口を開いた巨大サハギンに向けて放った。


 一直線に突き進む矢が水のブレスを切り裂くように突き進み、半ばで拮抗する。ダンジョンによって創られたロングソードから魔力を抽出し、溶かしながら魔法の矢が強化される。エリーゼの手から離れても魔力が拡散せずに強度が保たれ、通常よりも長く存在し続けていた。


 だが、それでも水のブレスを切り裂くには足りなかった。

 ロングソードの魔力を吸い尽くした矢が消えると同時に水のブレスも止まった。


「相打ち……」


 希望を見いだした礼子が再び絶望する。

 だが目の前に立つエリーゼは違った。


「心配しなくていいわ。本命は別だから」


 エリーゼが上空を指さす。礼子がつられるように視線を上げると、巨大な赤い大剣が空中に浮いていた。その周囲に一台のリコプターがホバーリングしている。


「あ、あれは?」

「健人の魔法。”絶対に見捨てない”って、張り切っていたんだけど、あれは頑張りすぎね……」


 巨大サハギンが再び水のブレスを放とうとするが、その前に上空に待機していた魔法の大剣が落下する。


 狙いすましたかのように、頭部にある堅い鱗が剥がれた小さな隙間に先端が当たると、柔らかい肉を突き進み、串刺しにした。


「グギャァァァァァァ ! ! ! !」


 ゴーレム島中に断末魔が響き渡る。釣り上げられた魚のようにのたうち回ろうとするが、頭に刺さった大剣によって動けない。


 その場から移動することなく、数秒後には黒い霧に包まれて大剣と共に消え去った。


「防衛成功ね。あなたのおかげでゴーレム島は守られたわ。ありがとう」

「私は……」

「役に立っているわよ。自信がないのなら私が保証してあげる。あなたが居たおかげで守れたのよ。任せて本当に良かったわ」

「……役に立てたんですね」

「もちろん」

「良かった……あり……がとうございます」


 期待に応えられた。失敗しなかった。エリーゼの言葉で実感がわいた礼子は、涙を流しながら礼を言った。


「ヘリには食料を積んでいるし、医者がいるから、すぐに手当てするわよ。私は明峰のサポートとしてくるわね」


 そう言うとエリーゼは跳躍して壁の上に立つと、移動を始めた。


 しばらく動かずに待っていると、次第にヘリコプターの音が大きくなり、巨大サハギンが立っていた場所に着陸する。


「礼子さん大丈夫ですか!?」


上空から地上の状況を把握してた健人は、男性の医者を引き連れて礼子の元へと駆け寄った。


「これはひどい……本島に戻ってすぐに治療しましょう」

「先生、よろしくお願いします」


 目の前の敵が倒され、緊張感から解き放たれた礼子の視界がぼやける。


「本当に終わったんですね……良かった……」


 健人が近づく足音を聞いて安堵すると、全身を襲う痛みによって意識を失った。

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