第92話 ゴーレム島 防衛戦3
赤いサハギンの討伐に向けて、二人はコンクリートの坂道を歩いていた。礼子は素手だが、明峰は健人が愛用している大剣を持っている。
突発的な遭遇を避けるために、周囲を警戒しながら慎重に移動すると、通常の二倍以上の時間をかけて目的地である雑木林の入り口に到着した。
「こっちっす」
明峰が先頭を歩いて、奥へと進む。
草木が好き放題に生えるこの場所は、見た目はいつも通りだが不気味なほほど静かだ。
「鳥の鳴き声が聞こえない」
「魔物にビビって、逃げたのかも……大和姐さん、隠れるっす」
緊迫した声が礼子の耳に届くと、素早く近くの木に隠れる。
隣にいる明峰が指さした方を見て唖然とした。
「報告より数が多い」
礼子が非難の視線を明峰に向けた。
「よ、よく見てほしいっす。赤いヤツが偉そうに指さしているっす」
「なるほど。緑のサハギンに命令しているのか……」
赤いサハギンの命令に従って、複数のグループが合流したのだ。その数は五十にまで膨れ上がっている。
二人が目標を短時間で発見できたのも、複数の集団をまとめていて移動できなかったおかげだ。
「大和姉さん。作戦通りにいくっすか?」
もしかしたらと予想していた行動パターンだったが、不利な状況に二人は次の行動に移せないでいた。
「そうしたいが……あれは敵が十匹程度の場合を想定していた。この状態では無謀だ……」
「でも、他に方法はないっすよね?」
「…………」
礼子の長い沈黙。明峰は、それを肯定と受け取った。
二人に残された時間は多くない。目の前の集団がゴーレム広場にたどり着けば、コンクリートの壁が破壊され、籠城することすら不可能になる。罠を仕掛けるにしても時間が足りない。さらに、ゴーレムダンジョンを封鎖に人員を割いているので、援軍も期待できない。
この場にいる二人で正面から戦わなければ、ゴーレム島を守ることはできないのだ。
「仕方がないっすね」
そうつぶやくと木の陰から姿を現す。
遠距離攻撃ができる明峰がおとりとなって緑のサハギンを釣り上げ、その隙に礼子が斬りかかる。当初の作戦通りに進める覚悟を決めたのだ。
「あ、明峰?」
礼子の戸惑う声を無視して、歩き出した。緊張によって表情はこわばっており、うっすらと汗が浮かんでいる。
だが歩みを止めることはなかった。一歩一歩、しっかりとした足取りで進むと、サハギンの行く手を阻むように、明峰が一人で立ちふさがる。
「グァ?」
突然の出来事にサハギンの集団は襲うことを忘れて、目の前の敵を観察していた。
「流石にこれはビビるっすね」
一対五十。敵は異形な姿で言葉は通じず、殺意のこもった濁った瞳でにらんでいる。感情のないゴーレムとの戦い慣れていた明峰は、生々しい五十の殺意に怯んでいた。
「でも、ここは男を見せるべきっす」
一瞬目を閉じ礼子の姿を思い浮かべてから、再び開く。先ほどとは違い、明峰の瞳は闘士が宿っている。
大剣を持った右手に力を込め、左手を前に向けた。先の戦闘で倒すために必要な魔力量は把握している。当たれば一撃必殺の火球が周囲に次々と浮かび上がった。
「先手必勝っす!!」
複数の火球が放たれた。
サハギンは突如出現した火球に警戒していたが、密集していたため身動きがとれない。避けることも防ぐこともできずに、頭や体をが吹き飛ばされて倒れていく。
「「「ウォォ!!!」」」
不気味な悲鳴が雑木林に響き渡った。
血が飛び散り、数体のサハギンが黒い霧とともに消えていゆく。だが、目の前の魔物は怯むほどの感情は持ち合わせていなかった。赤いサハギンの命令に従い、明峰に向かって走り出す。
それをシューティングゲームのうように、近い個体から火球で倒していく。
一匹、二匹と順調に倒していく。だが魔力の吸収量より消費量が大きく上回っていた。順調な成果とは逆に、明峰は危機感を募らせていた。
「これはマズいっすね……」
一度もミスも許されない戦況。緊張で汗が目にしたたり落ち、腕で拭き取る。
クリアになった視界に移ったのは、目の前に迫ってきた水球だ。
「くっ!」
わずかに体をそらし心臓を狙った一撃を回避した。
水球が地面に接触すると、土を吹き飛ばして小さなクレーターが作られる。
反撃とばかりに火球を打ち込もうとするが、水球が放たれる速度の方が速い。先ほどとは打って変わり、防戦一方になった。さらに状況は悪化する。明峰の攻撃が減ると、サハギンの迫る勢いが真下のだ。大量の敵が目の前に迫り、反撃する余裕がなくなった。
明峰の脳裏に撤退の2文字が思い浮かぶ。だが、即座に否定した。
赤いサハギンの護衛が数匹残っており、礼子が奇襲を仕掛けるには、数が多いのだ。おとり役として、もっと敵を引きつける必要がある。
歯が欠けるほど強く噛みしめ、水球を放ち続ける赤いサハギンをにらみ付ける。
「もっと派手に暴れるしかないっすね」
知能の低い魔物は、目の前に生物がいれば襲い、攻撃されれば反撃する。それは赤いサハギンの護衛をしている魔物も例外ではない。今はただ、攻撃されず、さらに獲物の数が少ないからリーダーの指示に従っているだけだ。
エリーゼの書き残した本から、その事実を知っていた明峰に迷いはない。緑のサハギンが繰り出すトライデントを大剣で受け流し、水球のサイドステップで回避すると、即席の火球を一つ創り出す。
「これでも、食らえっす」
赤いサハギンの護衛に向けて放った。
サハギンの間を縫って、突如として現れた魔法を回避することはできない。頭に当たり、焦げ跡を残す。
「ビンゴ!」
魔力がほとんど込められていないので、反撃とは言えないほど威力は低い。衝撃を与える程度の影響しかなかった。だが、明峰にとっては、それで十分だ。
わずかに残っていたサハギンが、命令を無視して、攻撃された方向に走り出した。
「「ウォォォォ!!」」
雄叫びをあげて、口から液体を垂らしながら迫り来る。
明峰に襲いかかっているサハギンの集団に突っ込むと、周囲を攻撃しながら、前に、前に、と進む。
怒りに身を委ねたサハギンに、仲間意識など存在しない。突如、仲間から攻撃されたサハギンが、痛みで暴れ出すと集団の行動が乱れ、明峰への圧力が減った。
「同士討ち……生物系の魔物は、何をするか分からないところが怖いっすね」
相手の混乱を利用して、明峰はサハギンの集団から離れる。火球を複数創り出すと、再び放った。
すると同士討ちをしていたサハギンが、本来の目的を思い出した。一斉に明峰の方を向き、再び殺到する。
「鬼さんは、こっちっす!」
木を盾にするように水球を避けながら、雑木林の中を縦横無尽に動き、ひたすら逃げ回る。
「大和姉さん、あとは任せたっす!!」
青いサハギンを全て釣り上げることに成功すると、礼子の武運を祈りながら、命がけの鬼ごっこを続けていた。
◆◆◆
明峰とサハギンの集団が離れると、赤いサハギンは水球による攻撃を中断した。
さすがに姿が見えなければ、魔法を当てることなどできないからだ。トライデントを両手で持つと、走り出そうとする。
その瞬間、耐え続けていた礼子が飛び出し、背後から魔法で創り出した赤い刀で切りつけた。
「どこに行くつもりだ? お前の相手は、この私だ」
最大の好機だったが、赤いサハギンは当たる寸前で、体をひねり致命傷を避けると、跳躍して礼子との距離を取る。
「可愛い部下が待っている。さっさと消えてもらう」
礼子は内心で舌打ちをする。奇襲による一撃でケリをつけて、明峰を助けに行く。これが赤いサハギンと戦う際に掲げた、礼子の目標だった。
一撃は確かに当たったが、相手の注意を礼子に向けるだけの効果しか得られなかった。
「ウゥゥゥ」
低いうなり声を上げた赤いサハギンが、一足飛びで礼子に近づくと、トライデントを突き出した。それを半身で避けると、すれ違いざまに刀を振るおうとするが、敵が口を開いた姿を見て、行動を中止。魔法で創り出した刀を、顔面に向けて投げ捨てると同時に転がるようにして回避する。
その直後に赤いサハギンの口から水球が飛び出し、木をなぎ倒していた。
「くっ。口からも出せるのか」
持ち主の手を離れ、魔力の供給が断たれた刀は、光に包まれて消滅。赤いサハギンの視界が、わずか悪くなる。その隙に礼子が素早く立ち上がると、無手のまま構えた。
「ウォォォォ!!」
無手になった礼子を見て、追い詰めたと勘違いした赤いサハギンが、トライデントを突き出しながら走ってくる。
普通なら焦って動きが止まってしまう状況。だが、戦い慣れている礼子は冷静だった。
身体能力を極限まで強化すると、タイミングを冷静に見極めてトライデントを素手で掴む。魔力で強化した筋力に物を言わせて横に振り回すと、放り投げた。
「グァァァァ!!」
トライデントごと宙に舞った赤いサハギンは、地面にたたきつけられて、悲鳴を上げた。
「銃器が創れないのは不便だが……」
その間に体勢を整えた礼子は、腰を落とし、右手に赤い刀を創り出す。
「私の全力を、お見せしよう」
普段より多い魔力を下半身だけに集中させて、身体能力を強化する。片足を後ろに引くと、地面がえぐれた。
「死ね」
ようやく立ち上がった赤いサハギンに向かって、低く、前に跳躍した。
その速度は速く、身体能力を強化したエリーゼさえ、目で捉えるのは難しく、一瞬にして赤いサハギンを過ぎ去り背後に立っていた。
「グァ?」
礼子の後を追うようにしてきた風圧によって、切断され赤いサハギンの頭がポロリと地面に落ち、黒い霧となって消える。
「健人さんに聞いていた、過剰に魔力を回す方法……なんとか、上手くいきましたね。一部分であれば、体にかかる負荷は小さい。うん。後で報告しておきましょうか。さて、明峰は……」
周囲を見渡すと、少し離れた雑木林の中から爆発音とともに薄い土煙が上がる。
「あそこか!」
無理な動作で軽く足を痛めていた礼子だが、それを無視して全速力で移動する。
目印もあり迷わず到着すると、木の上に退避した明峰が魔法を放っていた。周囲には複数のクレーターとサハギンの死体があり、生き残りの集団が木を切り倒そうと殺到している。
「生きのよい餌があると、戦うのが楽そうだ」
戦いによる興奮が収まらない礼子は、笑いながらサハギンを背後から切りつける。
「大和姐さん!」
礼子が来たことで、目標を倒したと確信を得た明峰の声は明るい。
縦横無尽に動く礼子と頭上から魔法を放つ明峰。この二人に翻弄されたサハギンは、程なくして全滅することとなった。
当面の危険を回避した礼子たちは広場に籠って、散発的に襲撃してくるサハギンを倒す日々を繰り返すと、救助が来ないまま数日が経過した。
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