第32話 エピローグ

 名波議員との交渉と会社の設立が一段落したのは桜が咲き誇る4月に入ってからだった。


「健人ー。ゴーレムダンジョンに行かない?」


 ダイニングのテーブルに両手を伸ばしてつっぷしているエリーゼが、やる気のない声で健人に話しかける。


「3日前にいったばかりだろ? もうすぐテレビが始まるし、今日は大人しくしてよう」

「面白いドラマでも始まるの?」

「日本の生活にも慣れたようだね……残念だけどドラマじゃなくて、俺らの発表だよ」

「あっ! それ、今日だっけ!?」


 日本の生活に慣れて気が抜けているエリーゼにあきれてため息がでるが、自然体で生活できるのは良い傾向だと思い直し、リモコンでテレビをつけてニュースが始まるのを待つことにした。


「この発表が終わったら島の開発が本格的に始まるのよね?」

「うん。あとは異世界人の2人もこっちに来るし、名波議員に紹介してもらった魔法が使える元自衛隊員もこっちに来る予定」

「その人たちは信用できるの?」

「まぁね」


 健人は肩をすくめて曖昧な返答をする。

 2人も面接ということで1時間会って話しただけだ。それでその人の事をことがわかるとは思っていない。


「ちゃんと身辺調査したから信用できますよ」


 換気のために開けていた窓のから、梅澤元秘書が顔をのぞかせて会話に参加してきた。

 声を聞いた健人たちは、大きなため息をついてから視線を窓に向ける。


 政府との交換条件の1つに梅澤を健人が立ち上げる会社の社員にすることが含まれていた。幸い経理の経験があったため、経理として雇うことで決着がついたが、会社が立ち上がる前から無人島に移り、今はコテージの近くに小さな掘っ立て小屋を作り移り住んでいた。


 ベッドと最低限の衣類しかなく、食事や風呂などは健人のコテージで済ませている。半居候状態であったが、経緯はともかく社員として雇っている都合上、健人は邪険に扱うこともできずにいた。


「あら。烏山を逃亡させた梅澤さん、どうしてここにいるのかしら?」


 逮捕された烏山元議員は、数日前に魔法を使って警察署から抜け出していた。

 魔法が使える犯罪者への対応が整っていない今だからこそ、簡単に抜け出すことができ、成田空港での目撃証言を最後に行方をくらませている。この件に関して梅澤は無関係ではあるが、元関係者への風当たりは強い。


 エリーゼの声のトーンが1段低くなり、眉間にしわを寄せて不快感を隠さない嫌味をぶつけていた。


「あれは、私のせいじゃないですよ……。そんな冷たいこと言わないでください」

「ふーん」


 エリーゼは、梅澤の言葉を信じることができず、さらに半目になってにらみつける。


「いやいや。本当ですって!」

「確かに信用できない人だけど、同じ島に住む仲間だと思ってもう少し優しくしてあげて」

「はーい」

「信用できないって……私はどういう風に思われているのでしょうか……」


 エリーゼは、健人の仲介もあってこれ以上の口論を避けることにしたが、本心ではいつか裏切るだろうと考え、行動を監視すると決めていた。


「ニュースが始まったみたいだ」


 健人が顔をテレビの方に向けてぶつやくと、エリーゼと梅澤も視線がテレビへと移る。

 テレビには女性のニュースキャスターが、政府が発表した内容を読み上げているところだった。


「先日、突如として新宿に発生したダンジョンですが、日本で新たにダンジョンが発生したと発表がありました。正確な場所は不明ですが離島に発生したようで、現在、民間の企業に管理を依頼し、一般公開への準備が進んでいるそうです。さらにそこでは――」


 先ほどまでの口論で騒がしかったダイニングも、誰もが口を閉じて静かにニュースを聞いていた。


 ダンジョン探索士のみだが、武器の所有が認められるダンジョン特区化や研究所、ライフラインの工事など、大まかなロードマップが発表され、最後にダンジョン探索士への公開の予定が発表された。


 発表が終わると記者会見のライブ映像へと切り替わり、日本の首相がいかにダンジョンが資源としての有用か力説し、他国に先駆けて魔法などの研究を進めると宣言していた。


「約束通りの発表で安心したよ」


 取引の内容通りの発表に満足した健人は、手に持っていたリモコンを操作してテレビの電源を消す。


「立ち上げの時期が一番大事ですからね。例のゴブリンがなければ、ここまで譲歩してなかったはずですよ」

「烏山の人生で唯一の功績ね」


 またもや、エリーゼが梅澤を半目になってにらみつける。


「アハハ。私からはノーコメントということで……」


 この件に関しては梅澤元秘書も無関係ではないため、気まずさからエリーゼの視線から逃げるように顔を背けてる。


 このまま追及されるとぼろが出てしまうと感じた梅澤元秘書は、話題を変えるべく健人に今後の予定を確認することにした。


「清水さん。発表が終わった今、これからどうしますか?」


 苦し紛れに出た発言ではあったが、これから大きく変わるであろう無人島について予定を考えることは正しい。


 2人っきりで秘密基地に住むような生活は終わり、これからは何人もの人間がかかわり過ごすこととなる。無人島もそれに適した形い変えなければいけない。健人は、エリーゼとはすでに話し合い自身も納得していたことだが、どこかでエリーゼと出会ったことを懐かしむ気持ちがあった。


「3億円を使って島を開発する。インフラは政府が受け持つけど、ダンジョン探索士が泊まる宿や魔石などを買い取るショップ、さらには、さん橋の拡張や売店なども作る必要がある。全て実現するのは無理だと思うから、優先度をつけて3億円で出来ることから始めるよ。本格的な開発は、ダンジョン事業から利益が出てからかな」


 無人島の開発で宝くじで手に入れたお金のほとんどが無くなってしまう。だが、健人は後悔するわけでもなく将来への投資に資金を投資すると決めていた。


「お金が足りなければ、投資してもらいます?」

「絶対に受けない」


 投資を受けてしまうと、投資した人間の意向は無視できない。巨額な投資をうければなおさらだ。そうなると無人島とゴーレムダンジョンの経営の主導権を奪われかねない。

 健人は、今後の禍根になりえる投資は絶対に受けたくないと考えていた。


「分かりました。それでは、会社が本格的に動き出す前に準備を進めますね」


 健人の思惑を理解した梅澤元秘書は、エリーゼから逃げるように窓から離れて、寝泊まりしている掘っ立て小屋へと足早に戻っていった。


 話が終わりダイニングへと視線を向けると、先ほどの会話に参加しなかったエリーゼが、健人が作ったヘアピンを眺めていた。


「来週には新宿ダンジョンと一緒に出現した異世界人の2人も来るみたいだし、これから忙しくなりそうだ」


 健人の声を聞いて振り返るエリーゼの表情は、梅澤元秘書に見せたようなキツイ表情ではなく、柔和な笑みだった。


「そうね。いったい誰なのかしら」


 写真を見ただけでエルフであると断言した異世界人は、エリーゼの知り合いである可能性も捨てきれず、今まで出会った人たちを思い出していた。


「もし知り合いだったら嬉しい?」

「うーん。ここに来た当初なら心細かったから、うれしかったと思うけど……今はねぇ……。余計なことをしないでほしいという気持ちの方が強いかな」


 ヘアピンを付け直しながら答えるエリーゼの表情は、ほんのりと赤くなっていた。


「それより、さっきの話! 私にもわかるように説明してもらえないかしら?」


 先ほどの梅澤元秘書との会話が理解できなかったのか、勢いよく立ち上がると健人に近づく。


「分かった分かった! コーヒーを入れてから、ゆっくりと説明するよ」


 健人は、キッチンへと向かって歩き出した。


 たった一度の失敗で社会から追い出されて居場所をなくし、大金を手に入れたことで人と関わることに疲れてしまった健人。たった1人で住む予定だった無人島には、エリーゼとの運命的な出会いにはじまり、梅澤元秘書、異世界人、会社の社員や研究所の人間が住むことが決まり、新しい居場所は賑やかになりつつあった。


 様々な人間の思惑に翻弄されながらも、幸運にも手に入れた新しい居場所を守るため、健人は再び現代社会の競争に飛び込み勝ち残ると、心に誓っていた。

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