第21話 変わる世界2

「そろそろお昼にしよう」


 時間にして30分。神秘的な雰囲気を十分に堪能した2人は、青の洞窟の光景を脳内にしっかりと刻み込んでから、ビーチに戻ると手際よくバーベキューの準備を進めていた。


「バーベキューコンロを組み立てるから、エリーゼはクーラーボックスから食材を出してもらえる?」


 荷物置き場にある青いクーラーボックを開けると、エビ、イカ、ホタテといった魚介類が入っていた。その下には焼きそばの麺がある。エリーゼは言われた通り、食材を手に持つと健人がいるガスコンロまで移動すると、健人がバーベキューコンロに火をつけるところだった。


「食材を持って来たわ」


 エリーゼから食材を受け取ると、肉の代わりにイカ、エビ、ホタテを入れて程よく焼けたら、焼きそばを入れてよくかき混ぜて最後に味をつけると、海鮮焼きそばが完成した。紙皿に入れてエリーゼに渡して一緒に食べる。


「美味しい!」


 口に入れると潮の香りが広がり、朝から何も食べていないこともあわさって、普段の食べている料理より美味しく感じる味だった。手に持ったフォークは止まることなく、山盛りだった海鮮焼きそばが目に見える速さで減っていく。


 このままだと自分の分もなくなると思った健人は、慌てて回線焼きそばを確保すると、椅子に座って海を眺めながら食事に手をつけた。


「そういえば、健人にお願いがあるの」


 お腹が膨れて食事の手を止めたエリーゼが健人の隣に置かれたイスに座る。手には空になった紙皿があった。


「ん? どうした?」

「私、実は泳げないの。泳ぎ方を教えてもらえないかしら?」


 恥ずかしがるように海を見ながらお願いを口にする。

 エリーゼの世界では泳げないことが当たり前だったが、日本では子どもでも泳ぐことができる。海の楽しさを覚えたエリーゼは、今度は泳ぎを覚えたいと思っていた。


「もちろん! 顔を水につけることはできるから、バタ足の練習をしようか。泳げるようになるまで何日でも付き合うよ」

「ありがとう!」


 勢いよくイスから立ち上がり喜ぶエリーゼを見ると、言葉通り何日でも付き合う覚悟ができた。


「健人―! 今すぐ行くわよ!」


 興奮したエリーゼは、健人の手を取って海辺へと向かった。


「もう教えることはないよ……」


 泳ぎ方を教えてから数時間で、クロール、平泳ぎ、バダフライなどを苦労することなく覚えていった。先ほどの覚悟はなんだったんだろうと、健人が思ってしまうほどだった。


「健人の教え方がいいからよ? 浮き輪を使ってバタ足の練習するとか、私じゃ思いつかないわ」


 先ほどまで休むことなく泳いでいた2人は、休憩と称して波打ち際を横に並んで歩いていた。


「それは俺がすごいんじゃない。誰でも知っていることだよ」

「そうだとしても、教えてくれた健人には感謝しなきゃね!」


 満面の笑みで健人の方を向く。

 エリーゼにとって、泳ぎ方を教えてくれたのが健人だという事実の方が大事だった。


「まだまだ覚えることはたくさんあるけど、そのうち無人島を出て旅をしてみるのも良いかもしれないわね」

「そうだね。焦る必要はないし、俺と一緒に、この世界との付き合い方はゆっくりと覚えていこう」


 健人の言葉を聞いたエリーゼは、急に立ち止まる。それに気づかず数歩先まで歩いてしまった。


「どうした――」


慌てて振り返るとエリーゼは、迷子になった子どもの様な表情をしていた。


「頼りにしていい?」


 既に魔法を使えるようになった健人に衣食住その全てを頼り切っている今の生活は良くないと思いながら、ズルズルと現状の関係を引きずっていたエリーゼは、いつか見捨てられてしまうのではないかと焦燥感にかられていた。


「アイアンドールのときみたいに、俺が死にそうになるまで頼っていいよ!」

 誰が聞いても冗談だとわかる一言。だが、臆病になっていたエリーゼにとって、冗談でも「頼って良い」と返事をしてくれた健人に、今まで感じたことのない安らぎを覚えていた。


「そんなになるまでは、頼らないわよ」


 健人の冗談で、ビーチに2人の笑い声が響き渡った。


「まだこうしてたかったけど、もうすぐで夕方だ。暗くなる前に帰ろう」


 街灯のない無人島では太陽とともに生活をするしかない。まだ遊び足りなかった2人だが、渋々と帰ることに決めた。


「……そうね……」


 ここで手を握れば完璧だったのだが、大事なところで気が利かない健人は、帰るのが寂しいといった表情をしているエリーゼに気づくことなく、歩き始めてしまった。

 早めに帰宅したことで夕方には荷物は片付け終わり、ダイニングで海で遊んだ後の心地好い疲れに浸りながら、火照った体を冷やすために冷たいジュースを飲んでいた。


「今日は、思いっきり遊んだわ」

「最近はずっと家にこもってたからね。たまにはこうやって遊ばないと! 今日はどうだった?」


 夏を楽しんでもらうために用意した計画。その成果を確認することにした。


「すべてが新鮮でそして楽しかったわ! 青の洞窟はずっと見ていたくなるほど神秘的だったし、海鮮焼きそばは本当に美味しかった! それに泳げるようになったことも嬉しかったわ! 今日一日で一体、どのぐらいの初めてを経験したのか分からないぐらい、驚きの連続だったのよ!」


 今日一日の出来事を思い出すように語る声は、明るく楽しそうだった。

 初めての海は楽しい雰囲気で終わるはずだったが、BGM代わりにつけていたテレビによって、もろくも崩れ去る。


「――の記者会見で公表した新宿に発生したダンジョンの続報です。現地にいるレポーターによると、ダンジョン発生により避難地域に指定された新宿区の一部地域はゴーストタウンのように静まり返っているようです! ただいま、現場と中継がつながりました――」


 健人との談話中に聞きなれた、だが、決してテレビから聞こえてくるはずのない単語を耳にする。


「これって、どういうことか分かる?」

「分からないわ……私が教えて欲しいぐらいね……」


 理解の追いつかない健人は質問をするが、それはエリーゼも同じことだった。2人は談話を中断すると、テレビをにらみつけるように見つめていた。

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