第103話 オーガ討伐依頼完了
思わぬ襲撃によって電子ランタンを手放し、そのまま距離を取ってしまったため、健人の周囲は再び暗闇に包まれてしまった。
健人は今すぐ攻撃したい気持ちを抑えて、自らを中心として四方を囲むように火壁を創り出す。ゴウっと炎が立ち上ると共に両者の逃げ場がなくなり、それと同時に周囲を明るく照らす。周辺の変化に戸惑うオーガの表情まで読み取れるほどだ。
「経験が浅い。生まれたてか」
魔物は、この世に誕生したときから熟練者のような戦闘能力を持っている場合もあるが、そういった個体は特殊な武器を持っている。それに身にまとう雰囲気も普通とは違う。
だが目の前に立つオーガは、それらがない。魔法を見て驚く程度の経験しか積んでいない。ダンジョンから発生したてのオーガだと健人は断定した。
片手を前に出すと火槍を次々と創り出して放つ。
他に気を取られていたオーガに避ける余裕はなく、頭、肩、腕、腹、に次々と突き刺さる。通常のオーガであれば、普段使っている攻撃で十分通じるのだ。
「グァ――」
短い断末魔とともに黒い霧に包まれて消えると、魔石が落下する。コンと、アスファルトに当たる音が聞こえた。
「小手調べの攻撃だったんだけど、普通に刺さって消えた。さっきのオーガに比べて肌の硬さは半分程度? 攻撃力は高いけど、この程度で倒せるのなら二人で十分だね」
魔石を拾い上げた健人が、一人つぶやく。
「こっちも終わったわ! 火壁を解除してもらえない?」
「わかった!」
健人は足下から流し続けていた魔力の供給を止めると、魔法が消えて周囲が再び暗闇に戻る。電子ランタンを持ったエリーゼだけが、ぽつんと浮かび上がっていた。
「戦った感想は?」
「近寄らなければ簡単に勝てる相手だった。依頼には三体と書いてあったけど、もしかしたら他にいるかもしれない。まだ食料も残っているし、明日も探索を続ける?」
話しながらエリーゼは、思い詰めた表情をして、ゆっくりと健人に向かって歩く。
「ううん。明日になったら、すぐに戻るわ」
「それは彼のため?」
健人は先ほどまで異世界人がいた場所を見ていた。
人の遺体を勝手に埋葬することはできない。警察署に報告をして、しかるべき手続きを経てから、墓地に埋葬されることとなる。健人の報告が遅れてしまえば、それだけ雨風にさらされる期間が延びてしまう。それを気にしたのかと思って質問したのだ。
だがエリーゼが懸念しているのは、もっと別のことだった。
「ずっとあの状態ってのはかわいそうだとは思うけど、彼のために戻るわけじゃないわ」
「ならオーガは三体で終わりって確信があるの?」
「ううん。健人の言うとおり、普通であれば他にいないか探す必要があると思うの。でも、それを無視してでも戻るべきだわ」
「どうして?」
健人は魔法を使える人の中でも上位に位置する。中堅どころであれば魔法を放ったとしても、オーガの硬い肌を貫けるか微妙なところだ。魔力をたっぷり込めて放った魔法であれば倒すこともできるが、技術と魔力が必要となり、全員がヤレと言われて出来ることではない。
先ほどの戦闘のようにあっさりと倒せる人は少なく、街に降りてくれば甚大な被害が出てしまうのは間違いない。健人はその前に安全を確保したかったのだが、エリーゼはもっと別のことに懸念を抱いていた。
「異世界人の彼、どこを指さしていたかしら?」
「あっちの方だから、富士山だね」
「私たちが発見したダンジョンは?」
「樹海、それも富士山の麓に近い。なるほど、エリーゼが早く帰ろうと言った理由が分かった気がする。ダンジョンが二つあると、どのぐらい危ないの?」
「ダンジョンが出す魔力は一定じゃないし、明確なラインは分からないわ」
「二個でも、なってしまう可能性は?」
「あるわ」
エリーゼの短い返答を聞いた健人は、眉間にしわを寄せると、南米アマゾンで起こった悲劇を思い出していた。
周辺の魔力濃度が異常なまでに濃くなり、魔法を使えない生物が魔物化してしまう地域。そこをエリーゼの世界では魔境と呼んでいた。普通の生物にとって地獄のような場所であり、魔物以外の生き物は生存は困難だ。
健人とエリーゼが南米アマゾンのジャングルで発生したばかりの魔境を探索したときも、最後は大量の魔物に襲われ、命からがら逃げ出したほどだ。
魔境になる条件はいくつかあるが、近くにダンジョンが複数発生する、というのが致命的であり、目の前に広がる広大な樹海周辺はその他の条件を満たしつつあった。
「魔境――あれは、ダメだ。出来る前に潰さないと」
「今ならまだ間に合うわ」
「どうすれば良いの?」
「魔力の発生源であるダンジョンの入り口を塞いで、自壊させれば良いのよ。中に生物が入らなければ勝手に消えてなくなるわ。そうなるには数年かかると思うし、自壊しそうになったら魔物が出てくる頻度も高くなるから、入り口の警備も必須ね」
ダンジョンは生物の死骸を吸収して魔力に変換しているため、入り口が封鎖されてしまえば魔力は発生できずに消えてしまう。だからといって何もしないで消えるほどダンジョンも無力ではない。様々な手を使って生物を取り込もうとする。そのうちの一つが、入り口を壊そうと魔物を派遣する方法だ。
入り口を塞いでいた物を破壊すると、その勢いのまま大量の魔物を使って周辺の生物を襲う。お腹が減って死にそうな人が勢いよくご飯を食べるように、根こそぎ殺してダンジョンに連れ去っていくのだ。
ダンジョンの入り口を塞ぐ方法は、リスクもそれなりにある。魔境の件がなければ、選ばない選択肢であった。
「入り口の封鎖だけではなく、魔物を倒せる人を逗留してもらう必要もあるのか。今の日本で、そこまで人員をさく余裕あるかな?」
「無理矢理にでも捻出するしかないわよ。今は大丈夫だからって、将来の危険を無視するなんて、考えなしのバカがやることよ」
「でも、今も大事だよ」
「きっと、ダンジョンを監視する人員を派遣したら滅ぶほど危機的な状況じゃないわよ。きっとね」
明日を生きるために今日の食事が必要であるのと同じように、将来のためといって今の安全が疎かになってしまい、地域や国が滅んでしまったら意味がない。大きなケガをしないようにバランスを取る必要があり、それをするには現在の日本の状況を正確に把握している必要がある。
ダンジョンの管理や魔物の討伐をしている健人やエリーゼは、一部の情報には詳しいが日本全体の情報を把握しているわけではないので、アドバイスは出来ても判断を下せる立場ではない。
危険をいち早く察知して、警告をする。今できることはそれだけだ。
「依頼通りの数は倒したわ。仕事は終わっているのだし、問題ないでしょ」
「いるかいないか分からないオーガを警戒するよりかは、存在する可能性が高い富士山にあるダンジョンの場所を確認する方が先か」
「どっちのダンジョンを塞ぐにしても、両方とも放置するにしても、場所が分からないと始まらないわ。明日、朝日が昇ったら警察署に戻って報告しましょ。魔境と言っても理解してくれないとは思うけど、名波議員にまで伝われば対処してくれるはずよ」
「あの危険性は言っても伝わらないだろうしね。報告レポートをちゃんと読んだ名波議員であれば、まだ適切な判断が下せるか」
嫌なことも多かったが、故郷であり安定した生活基盤を手に入れた今、健人は日本を見捨てるわけにはいかない。多少の不利益などは、受け入れる覚悟はある。
寝袋に入ると意識を失うまでの間、樹海周辺の魔境化を防ぐためにどうすれば良いか、頭を悩ませていた。
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