第104話 完了報告
翌日、重い体を引きずるようにしてオーガの残した金属製の棒を回収すると、静岡市内にへと戻る。
警察署でバイクを返却した健人とエリーゼは、説明をうけた会議室で依頼人に今回の報告をしていた。
「オーガが使っていた武器、ですか」
数メートルはある太く、長い、金属製の棒を観察していた近藤が、口を引きつらせながらつぶやいた。「失礼」と発言してからネクタイを緩め、持ち上げようとする。だが魔力を持たない一般人である彼では、持ち上げることは出来なかった。
オーガの怪力を十分に発揮できるように創られた武器は、重く、そして頑丈だ。身体能力を強化できる健人ですら、武器として使うのを諦めるほどである。
「これを振り回している化け物と戦って、勝てると。若いながらも政府に認められるだけはありますね」
戦えない人が何を偉そうに、エリーゼがそう口を開きかけると、手に温かい感触が伝わった。行動を先読みした健人が手をにぎったのだ。その表情は、ダメだよと、子どもを諭すような優しい笑みが浮かんでいる。
「身体能力は人を大きく上回っていますから、近くで戦うとなれば我々のような人間は必須ですね」
「魔物の情報と目の前にある武器を見れば、その言葉に同意するしかありませんね」
魔物が地上に出てからダンジョン探索士の評価は上がったが、未だにその実力を疑う者はいる。近藤もその一人だったが、集めた情報と証言、そしてなにより目の前の武器を振るう魔物の姿を想像したことで、考え方が変わりつつあった。
「それと、これが討伐証明である魔石です。一つだけ大きく、色が鮮やかですが、この武器を振り回していた特殊個体のオーガが残したものになります」
「特殊個体?」
「普通より強いオーガだと思って頂ければと」
「どのぐらい強いか教えてもらえますか?」
健人は一瞬口を止めて考えるが、すぐ説明に戻った。
「特殊個体のオーガが、通常個体の三体に囲まれて戦ったとしても、特殊個体が勝ちますね。それも圧倒的に」
特殊個体は何より防御力が飛びぬけて高かった。
健人は、通常のオーガからは硬い肌を通すような攻撃は出せないだろうと、予測している。倒す手段がなければ、戦闘は一方的なものになるのは間違いなく、通常のオーガが勝てる可能性はゼロに近い。
「もはや別の生き物ですね……」
近藤は巨人同士の戦いを想像して無意識のうちに言葉に出していた。
彼はオーガに限定して発言していたが、なにも魔物だけの話ではない。魔法が使える人とそうでない人。人類にも当てはまる。生物としての強さが圧倒的に違うのだ。別の人種といっても過言ではない。
幸いなことに、この場でその事実に気づいているのはエリーゼだけであり、健人や近藤はそこまで意識しておらず、話は順調に進んでいく。
「イレギュラーがあったようですが、適切な対応をしていただいたおかげで被害はありませんでした。ありがとうございます。オーガ討伐の依頼完了書類と報酬は、帰りに受付からもらってください」
「わかりました。それで、ダンジョンの方はどうしますか?」
近藤は机に置いてある、木々に囲まれた館が描かれた紙を手に取った。
「一つは樹海のど真ん中、もう一つは富士山の中腹にあるとのことですが、頭の痛い問題です」
ダンジョンを管理するにしてもそれ相応の人、金、物が必要になる。さらにエリアは特定できているとはいえ、場所がはっきりとしないダンジョンまであるのだ。治安を守る政府としてはすぐに解決したい話であり、やることは分かっているが、動き出すにには時間がかかる。
「調査隊を派遣するしかないですね。健人さんの報告によると、富士山に発生したダンジョンと共に出現した異世界人は死亡しているとのことですので、樹海ダンジョンの方を優先度高めで行きましょうか」
「それが良いと思います。管理するにも自壊させるにも調査は必要ですから」
「自壊? あぁ、魔境の話ですね。確かにアマゾン周辺は人が住めない場所になったと報告が上がっています。あの話が事実であれば、ここも危ないですね」
魔境から命からがら逃げだした健人と比べると、近藤の反応はあまりにも悪く、危機感を抱いていないことが手に取るように分かった。アマゾンでおこった未曽有の悲劇は、距離によって現実感が薄まってしまった。
テレビやインターネットから映像が公開されるのは、いつになるのか分からない。日本に住む国民の義務として、アドバイスをしようとしていた健人だったが、何を言っても無駄だろうと諦めてしまった。
「事実かどうかは、名波議員にでも問い合わせてください」
「ええ、そうします。で、調査ですが――」
「私たちは帰るわよ」
エリーゼが目を細めてキリっとにらみつけると、健人がにぎっていた手に力を込めて、それ以上の動きを制した。
「追加料金を支払ったとしても?」
「本業はダンジョンの運営です。これ以上、現場から離れるわけにはいきません」
「なるほど、正論ですね。オーガ退治とダンジョンの発見で義理は果たしたと?」
「そこまで言うつもりはありませんが、長い間、ダンジョンから目を離すのは怖いので、しばらく依頼を受けるのは控えようと思っています」
「健人さんのご意見は、上に伝えておきます」
健人の意思は固いと思った近藤は、現場レベルでの話し合いを中断した。政府と強いつながりがあるダンジョン探索士は、目の前にいる二人だけではない。何とかなるだろうと、上に丸投げして忘れると決めたのだ。
「報告は以上です。帰りますね」
「ご協力、ありがとうございました」
健人はパイプ椅子から立ち上がり、部屋を出る。続くエリーゼは出口まで移動すると、足を止めて振り返った。
「魔境化すれば、ここら辺は人が住めない場所になるわ。上が事態を甘く見るようだったら引っ越しをオススメするわね」
金髪の美しく、どこかあどけなさの残っているエリーゼから、冷たい一言が放たれた。健人とは違い日本への帰属意識は薄いが、だからといって、無用な混乱は望むところではない。魔物やダンジョンをよく知る彼女は、警告だけはしておきたかったのだ。
「……ご忠告、ありがとうございます」
近藤の返事を聞いて無言でうなずくと会議室から出て行き、受付を済ませた健人と合流する。
「遅かったね。何かあったの?」
「なにもなかったわ。それよりも」
途中で言葉を止めると、顔を少し赤らめたエリーゼが手を出し、健人は戸惑いながらも優しく握る。
二人は仲良く手をつないで、ゴーレム島へ帰るためにクルーザーを留めている港へと向かっていった。
◆◆◆
五日後。名波議員はオーガ討伐の報告書を読みながら、徐々に血の気が引いていくのを感じていた。
「樹海と富士山にダンジョン!? 魔境化!? これ絶対にマズイやつじゃない!」
濡れた子犬のように小刻みに震え、手に持った紙にしわができる。
「どうしよう。そうだ! 見なかったことにして帰る!」
「ダメです」
報告書を丸めて投げてから鞄を手に手に取ったところで、後ろから、抑揚のない観察するような声を聞こえた。秘書だと気づきつつも、「別人でありますように!」と祈りながら、ゆっくりと、時間をかけて振り返った。
「いたのね」
欲望にまみれた祈りは通じなかった。
秘書にギラリとにらまれ、動きが止まる。
「職場を和やかにする、ジャパニーズジョークよ!」
手から鞄を離すと秘書の肩を叩いて言い訳をする。誰が見てもウソだと分かるが、秘書が突っ込むことはない。彼にとって結果が全てであり、逃げ出さなければ問題ないのだ。
「とりあえず、関係者集めましょうか。二日後に会議が開催できるように調整します。それまでに、話す内容をまとめてもらえますか?」
名波議員が頷いて提案を受け入れたのを確認すると、秘書は足音を立てずに出て行った。
「あぁ、もう、ムリ!」
力が抜けたように座り込んだ名波議員は、考えることを止めて天井を見つめていた。
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