第109話 ゴーレムダンジョン探索(地下四階)-1
地下四階にたどり着いた健人たちは、天然の洞窟のような、暗く足下の悪い場所を慎重に歩いていた。
三人の腰には電気ランタンが付いており、足元を中心に周囲を照らしている。先頭を歩く健人は、片手に剣、もう一方に特殊部隊が使うような指向性の高いハンディライトを使って前方を照らし、後ろにいるヴィルヘルムも同製品のライトを使って、周囲の視界を確保しながら警戒して進む。
通路にはダンジョン探索士が設置したランタンが点在し、持ち込んだ装備とあわせてようやく視界が確保できている状況だ。
探索を効率的に進めるために健人らが貸し出してるのだが、こちらの動力源は魔石。明かりが切れているランタンがあれば、探索中に手に入れた魔石を使って交換するのがダンジョン探索士の務めであり、ゴーレム島で作られた新しいルールであった。
今までは個人主義の多かったダンジョン探索士だが、魔物があふれ出すようになると自然と団結するようにななり、他にも共同スペースの利用方法など、緩やかな協力体制がとれるルールが作られているのだ。
「探索は順調に進んでいるのかしら?」
「梅澤さんから、ダンジョンの半分は探索しただろうって話は聞いたよ」
ゴーレム島のダンジョンのサイズは未確定ながらも、エリーゼの過去の経験からある程度、推測できていた。その情報を基に探索状況を管理しており、現在は約半分と思われる五階まで探索が進んでいた。
最下層にはエリーゼらが転移するきっかけになった水晶があるのか、触れたらどこかに転移できるのか、誰も分からない。だからこそ、ごく一部の人々を強烈に惹きつけ、地球上に魔物があふれ出した今でも神秘を暴くために探索は継続されている。
「それはいいことね」
コツコツと、乾いた音を立てながら一行はゆっくりと奥に進むが、会話を始めたことで、その速度はさらに落ちることとなる。
「でも、最近、ここに来る人は減っているわよね?」
「そうだね。ダンジョン探索より街を守れって圧力が強いみたい」
「あぁ、あの、魔法が使えない人たちの」
エリーゼは静岡での出来事を思い出していた。
魔法を使えない人々は魔物におびえて外出を控え、一部は警察署に押し入って、不満を垂れ流していた。自分たちは何もせず、脅威から守ってもらえることが当たり前だと、自らの安全のためなら他人が犠牲になるのも厭わない。そんな身勝手な行動に嫌悪感が湧き上がっていたのだ。
「本人の意思とは関係なく、強制的に警備に回されている人もいるみたいで、ダンジョン探索士も抗議しているみたいだよ」
「当たり前ね」
エリーゼは無理やり自由を束縛されてしまえば、反発するのは自然な流れだろうと思った。
戦える力があるからといって他人を守る義務はない、自由を奪ってもよい理由にはならない。
もちろん、そうやって割り切れないのが人情ではあるが、一方的に利用され続けるのであれば、いつかは気持ちが擦れ切れてしまい、関係は終わってしまうのだ。
人間関係のわずらわしさに嫌気がさしたヴィルヘルムは、眉間にしわを寄せながら、ボソリとつぶやく。
「ふむ、外は色々と面倒じゃのぅ。ミーナは大丈夫じゃろうか」
「政府に守られているから、彼女はダンジョン探索士のようなトラブルは起こらないと思うよ。その代わり、強引な勧誘――誘拐には気をつけないといけないから、常に護衛はいるし、街を歩くのも難しいと思う。そういった意味では、不自由なのは変わらないかもね」
「なに!? ゆる……ブッ!!」
強制労働されているミーナを想像したヴィルヘルムは、ダンジョンでいきなり大声を出そうとしたところで、エリーゼに頭を叩かれた。
「大声出さないの。魔物が来たらどうするのかしら。探索は続けたいんでしょ?」
「う、うむ。早く先に進むのじゃ! 全ての厄災から身を守る道具を作るのじゃ!」
「はいはい、おじいちゃんは焦らないの。ここで気を抜いてたら、作る前に死ぬわよ。黙ることね」
「むぅ……」
鼻息荒く今にも飛び出しそうなヴィルヘルムを、適当にあしらいながら会話を打ち切った。
意識を切り替えた一行は、通路をまっすぐ進み、突き当りを右へと曲がる。さらに突き当りを左に曲がったところで、エリーゼから静止の声がかかった。
「ちょっとまって。何か聞こえたわ」
健人が立ち止まると、エリーゼの形の良い長い耳が、わずかに聞こえる音を聞き逃さないようにと、ピクピクと上下に動く。
沈黙が降りた空間で、人より数倍も性能の良い耳は、金属がこすれ合う音を拾った。
「ゴーレムナイトが……二体きているようね」
梅澤がまとめた報告書の内容を思い出す。
地下四階から現れた新しい魔物。フルフェイスの銀色に鈍く光る全身鎧をきているゴーレムだ。
装甲は薄いので攻撃は通じるが、武器は剣や槍、弓、メイスといった個性豊かな装備をしており、五体以上になると前衛と後衛といった役割分担をする。個別の技量は高くないが、集団になると厄介な魔物という内容だった。
「その程度なら、なんとかなるね」
今回は二体と数が少ない。肩慣らしにはちょうど良いだろうと判断した。
「健人、ヴィルヘルムにはライトを渡して」
「うん」
ヴィルヘルムは両手にハンディライトを持つと、前方を照らす。、戦闘に参加しない代わりに照明係になっているのだ。
エリーゼは赤く輝く矢を創り出すと弓に番えて準備を整えた。
「きたわね」
暗闇から赤い点が四つ浮かび上がった。それが、フルフェイスの兜とから漏れ出した目の明かりだと気づいたころには、足音が大きくなり健人の耳にも届くようになっていた。
強烈な光に照らし出された魔物は、二体とも1.5メートルはある両刃の剣と上半身を覆い隠せる盾を持っていた。ゴーレムナイトの装備としてはオーソドックスなタイプだ。
「私が先に一体目を倒すから、健人は残りを接近戦で倒してもらえるかしら?」
「うん。まかせて」
「良い返事ね。なら、遠慮なく先に行かせてもらうわね!」
エリーゼの手には先ほどよりも強い光を発するようになった赤い矢を放つと、先頭を歩いていたゴーレムナイトを盾ごと貫いた。貫通した穴の周囲は灼熱色で、周辺は鉄が溶けたように溶解している。
致命傷を受けたゴーレムナイトは、重力に従って、腕からパーツごとにバラバラと崩壊していき、黒い霧に包まれて魔石だけを残して消え去った。
「こっちも負けてられないねッ!!」
身体能力を強化した健人は、一歩、二歩近づき、三歩目で大きく踏み出すと、上段から剣を大きく振り下ろし、ゴーレムナイトは大盾で受け止める。
両者が真っ向から衝突すると、空気を震わすような衝突音がダンジョン内に鳴り響く。
火花が散り、お互いの顔が一瞬、明るく照らし出された。
「うぉぉぉぉ!!」
気合と共に剣戟は続く。時折、ゴーレムナイトが反撃をするが、戦闘経験をつんだ健人の前では児戯に等しい。体力の消費を意識するほどの余裕があり、最小限の動作で回避。暗闇という不慣れな環境だが、動きはそれを感じさせないほどである。
今の自分が、どこまで通用するのか確かめるように、一撃ごとに、筋力、動体視力を強化していき、比例して斬撃が、鋭く、重くなっていく。
流れを変えようとしたゴーレムナイトが、大盾を勢いよく前に出した。
「甘いっ!」
シールドバッシュを横に飛んで避けると、攻撃直後の隙を狙って頭を突く。それこそ生物系の魔物であれば頭を貫かれては即死ほどの的確な狙いだった。
しかし相手はゴーレムナイト。頭を貫かれた程度では止まらない。死力を尽くした最後の一撃が健人を襲う。
「健人ッ!」
「坊主!!」
死角、さらに暗がりから鋭い蹴りが放たれ、弧を描きながら吸い込まれるように脇腹へと入り込んでいく。
だが、攻撃の気配を即座に察知した健人は冷静だった。頭に突き刺さったままの剣を手放すと跳躍してやり過ごす。
「これで、消えろっ!」
空中で頭部に刺さったままの剣を再び持つと、落下の勢いを使って縦に切り裂くと、形を保てなくなったゴーレムナイトは黒い霧に包まれて消えていく。
「健人っ!! 怪我はない!?」
駆け寄ったエリーゼは、健人の身体をベタベタと触って、負傷した箇所がないか念入りに調べていた。
「調子に乗りすぎたかな……」
「もう、ホントそれよ! さっさと倒しちゃえば良かったのに」
「ごめん。次は気をつける」
「次があることを感謝するのよッ!」
身体を離すと腰に手を当てる。エリーゼの整った眉が釣り上がっていた。
「もぅ、心配させないで」
「ごめん」
「良いのよ。ちゃんと反省して、次に活かすのよ」
背中をパシッと叩くと、名残惜しそうな気持ちを押し込めて、戦利品の魔石を取りに離れる。
「うん」
戦闘後の処理を眺めながら、健人は不慣れな場でも戦えるという、確かな自信を感じていた。
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