第63話 試作品2

「ミーナの話はまとまったし、そろそろ魔道具の性能を教えてもらえませんか?」


 健人とミーナのやりとりを見て機嫌が戻ったヴィルヘルム。健人が持っていた黒い箱を奪い取り、床に置く。スイッチを押すと、箱の下から円を重ね合わせたような幾何学模様が出現する。


 大きさは半径10mほどあり、2〜3人が横になっても十分なスペースが確保出来る大きさだ。


「箱の中に描いた魔法陣を、地面を通して出現させておる。この魔法陣のなかでは魔物が出現しないうえに、魔物に見つかりにくくなる代物じゃ」


 魔物は生物から漏れ出す魔力といった、視覚以外の情報から、獲物を探すことがある。この魔法陣はそういった、情報を遮断することが可能だ。


 姿を隠すわけではないので、魔物の視界に入ってしまえば、簡単に見つかってしまう。逆に姿さえ隠せば見つかりにくくなる。壁の多いゴーレムダンジョン内では非常に強力な魔道具だ。


「へぇー。凄いっすね。中学生が描いたような魔法陣にしか見えないっすけど……」

「明峰と同じ意見というのは気になりますけど、確かに見た目からじゃ本当に効果があるか分かりませんね……」


 床に描かれた魔法陣をつつきながら、明峰がつぶやく。礼子は、腕を組んで眺めていた。


「なら、これなら分かりやすいじゃろ」


 ヴィルヘルムが登山用の大きく黒いリュックを指をさし、懐からウッドドールから手に入れた魔石を取り出す。


「厚めの底板に魔石を入れるスペースがあるのじゃが……これを……こうやってセットするとな……荷物が軽量化されるのじゃ!」


 リュックから底板を取り出し、ふたを開けると魔石が入る小ささな窪みがあった。周囲には軽量化させるための模様が描かれている。ヴィルヘルムの作業を覗き込んでいた健人は、先ほど地面に描かれた魔法陣に似ていると感じた。


「ほれ、使ってみるがいい!」

「うっす!」


 底板を入れ直したヴィルヘルムは、リュックを明峰に放り投げる。


「ペットボトルを入れてきます!」


 健人を見て一礼すると、台所まで小走りで移動する。


 新しいおもちゃを手に入れた明峰は「家の中で走るなっ!」と注意する礼子の声は聞こえていない。無視された礼子は、文句を言うために明峰を追ってキッチンに行ってしまった。


「いいですねぇ」


 そのような人間関係を、梅澤は目を細めて楽しんでいた。


 しばらくすると、明峰が礼子に説教をされ、疲れた顔をした明峰がダイニングへと戻ってきた。手に持っているリュックには、閉まりきらないほどのペットボトルが入っている。


「これすごいっすよ! 片手で余裕で持てるっす!」


 右手一本でリュックを上下に動かし、軽さをアピールする。身体能力を強化しなければ、このように軽々と持ち上げることはできないだろう。


「明峰! 物を乱暴に扱ったらダメだろ」

「大和姐さん、すまないっす」

「もう、お前は……」


 後ろから付いてきた礼子が明峰に注意をする。再び長い説教が始まりそうな雰囲気を察した健人が立ち上がり、


「そこまでにしておいてあげましょ」


 礼子と明峰の間に入り、リュックを受け取る。


「本当に軽い……」


 想像していた重さと実際の重さ。そのギャップに驚き、目を見開く。何度かリュックを上下に動かして、重量を確認すると視線をエリーゼの方に顔を向ける。


「持ってみる?」

「ええ。投げてもらえるかしら?」


 ペットボトルがぎっしり詰まったリュックを、マクラを投げるように軽々と投げる。受け取ったエリーゼもリュックを片手で掴み、まるで重さを感じていないようだった。


「うーん。もしかしたら、私の世界より性能がいい?」

「ほぅ。気づきおったか」


 リュックの重さを確認しているエリーゼがつぶやくと、ヴィルヘルムが片方の眉を上げて反応した。


「魔法陣を改良したのじゃ。かなり効率が良くなっておるはずだ。もちろん、魔物除けも同じじゃ」


 この世界の知識を吸収してインスピレーションを得たヴィルヘルムは、魔道具を再現するだけに留まらなかった。効率を追求した結果、能力が倍増した魔道具が完成していたのだ。


 完成までに時間がかかったのも、改良していたからだ。再現するだけであれば、もっと早く実用化できていていただろう。


「さすがドワーフね」

「フン。あたりまえじゃ!」

「……素直じゃないところも含めてね」


 予想通りの返答に苦笑したエリーゼが、健人の方を見る。


「これを、ダンジョン探索士に売るつもり?」

「最終的にはね。その前に、耐久性など確認しないと」

「ということは?」

「これから、ダンジョン探索さ!」


 久々の探索に張り切る健人を先頭にエリーゼ、礼子、明峰の順番でゴーレムダンジョンに向って歩く。探索メンバー全員が魔道具のリュックを背負い、中には寝袋や着替え、数日分の携帯食料、水といったものが入っている。


 ダンジョン探索は、原則日帰りだ。だが魔物除けが販売されれば、魔物の危険を最小限に抑えることができ、泊りがけの探索をする人間も出てくるだろう。その予行練習として、健人は面倒な仕事を放置して泊りがけの探索へと出かけていた。


「随分と機嫌がいいのね?」


 今にも歌いだしそうな健人に、エリーゼが声をかける。


「シェイプシフターを討伐してから、ずっと忙しかったからね。たまには思いっきり、体を動かしたいんだよ!」


 シェイプシフターの討伐を終えた健人を待ち構えていたのは、山のような事務手続きだった。エリーゼのインタビュー記事を掲載した雑誌を見て、取材が殺到。さらに、ゴーレムダンジョンを探索する人が増えてきた。


 臨時で人を雇ってはいるが、日々の運用をこなすだけでギリギリの状態だ。


「だから、細かいことを考えずに探索できるのは楽しいんだよ」


 他人に仕事を押し付けた事実をあえて忘れ、慣れ親しんだ大剣を手に持ち、笑顔で応える。


「最初の頃とは大違いね。初めてゴーレムダンジョンに入った時なんて、ブルブルと震えていたわよね? 夜中に起きてしまった子どものように、怖がって私の手を握っていたじゃない」


 身に覚えのない発言に、周りが騒ぐ前に即座に否定しようとした健人だったが、わずかに遅かった。誰よりも早く、明峰が反応する。


「おお!! それマジっすか? 健人さんにもそんな時代があったんですねぇ」

「いやいや! それ、エリーゼの冗談だから! 確かに緊張していたけど、手なんて握ってないから」

「あら。恥ずかしがらなくてもいいのよ? 最初はみんな、そんなものなんだから」


 狙い通りの反応をする周囲に気を良くしたエリーゼが、健人の肩に手を乗せる。


「そうですよ。戦いなれている私や明峰でさえ、初めてダンジョンに入った時は、緊張で思うように体が動きませんでした」


 納得したようにうなずく礼子。明峰は冗談だと分かって話に乗っていたが、彼女はエリーゼの話が事実だと勘違いしていた。


「いや、本当にエリーゼの冗談なんだよ……」


 真剣な顔つきでフォローする礼子に「さっきの話を信じた」と感じた健人が、がっくりと肩を落とす。


「否定すればするほど、怪しいっすよ?」

「でも黙っていたら誤解されたままじゃないか」

「ここは、諦めるしかないっす。大和姐さんの誤解を解くのは至難の業っすよ」


 礼子と長い付き合いの明峰は、過去に似たような出来事が数え切れないほどあった。そのことを思い出し、表情はいくぶん暗くなる。


「実感がこもっているな」

「付き合い長いっすから……」


 2人仲良く、肩を落としながら歩く。


「明峰まで元気が無くなったな? これから探索なんだから、シャキっとしろ!」

「…………うっす」


 明峰の背中を叩くと、礼子はゴーレムダンジョンの中へと入っていった。

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