第64話 お泊まり会
探索の目的は、ヴィルヘルムが作成した魔道具――魔物除け箱と軽量リュックの性能テストだ。予定どおりの効果を発揮するか、実際に使って検証をするためにゴーレムダンジョンに潜る。
あくまでも魔道具のテストであるため、未踏破エリアの探索はしないが、連続稼働させるために一泊する計画だ。
健人とエリーゼが先頭になって、ゴーレムダンジョンへと入る。今さらウッドドールが出現したところで、苦戦するようなメンバーではない。2人が魔物を順調に倒し、苦労することなく奥へと進む。
程よく体を動かし空腹を感じ始めた頃に、目的地である出入口が1カ所しかない、部屋にたどり着いた。
「この部屋なら、寝泊まりするのに良いかしら?」
4人は、ゴーレムダンジョンの地下1階にある10人ほどが入れる部屋の中心に集まっている。
光を発する天井と、石畳の床と壁に囲まれたここで、夕食を作り、一泊するつもりだった。
「部屋の中心に置いてから、ボタンを押すんだよな?」
ヴィルヘルムが作った説明書を見ながら、健人は魔物除け箱を床に置く。恐る恐る箱の中心部にあるボタンを押すと、部屋一面に魔法陣が展開され、しばらくすると消える。
「これで、良いのか……?」
今は、魔物除け箱のスイッチが淡く光っていだけだ。本当に効果が出ているのか、健人は自信が持てないでいた。
「魔法陣が出ているから、これで大丈夫よ」
すぐに効果が実感できるようなものではないが、確かめる方法もない。健人は、エリーゼの言葉を信じることにした。
「健人さん、それより腹減ったっす」
寝袋から調理器具まで持たされている明峰が、空腹をアピールするように腹に手を当てている。
「まったくお前は……私が準備するから、そのあいだに寝床の準備をしておいてくれ」
魔道具の動作より空腹を気にする明峰に、保護欲をかきたてられた礼子が、優しく肩を叩き、リュックからレトルトの袋を取り出して準備を始める。
ダンジョン内で水を補充する手段はない。ゆえに貴重であり、水を使うような料理は出来ない。晩御飯の材料は全てレトルト食品だ。
携帯用のガスバーナーで作ったお湯をフリーズドライの白米に入れ、温めたレトルトのカレーをかけて短時間で完成した。
「いい匂いだ」
「……空腹を刺激する匂いね」
「さっきからお腹が鳴りっぱなしっす」
カレーの独特な匂いに誘い出された健人、エリーゼ、明峰が、礼子の近くに移動する。
「手抜き料理で申し訳ないのですが……皆んなで食べましょう」
食器を受け取ると思い思いの場所に座り、食事が始まる。普段であれば、魔物にいつ襲われる分からない状況で、時間をかけて食事はできない。
だが、出入り口が一カ所しかない狭い空間で、さらに魔物除け箱が動作している。周囲の警戒を最低限にして、ゆっくりとした食事が始まる。
「魔物除けって、どういう仕組みなんっすかね?」
カレーを半分ほど食べた明峰が、スプーンを魔物除け箱の方に向ける
「……確か、生物の魔力を遮断するんだっけ?」
「もう少し詳しく説明するわ」
健人のあやふやな説明の続きを、エリーゼが話す。
「魔物は、人間と同じように五感で獲物を見つけるんだけど、実はもう1つ方法があるの。それが、生物の全身から漏れ出す魔力よ。特にゴーレムダンジョンにいるような魔物は、その魔力を感じ取って、獲物を見つけるのが得意なのよ」
「ああ! なるほど……」
健人は納得したといったような表情をし、首を縦に動かす。
ウッドドール、スペルブック、ストーンゴーレム。これらの魔物は、目、耳、鼻といった器官がない。健人は、どうやって襲う相手を見つけているのか不思議だと思っていた。
「魔物除け箱の効果範囲に入っていれば、魔法陣から魔力が漏れ出すことはないのよ。その結果、魔物から見つかり難くなるの」
「でも目の前に魔物がいたら、見つかるってことっすよね?」
明峰の疑問はもっともである。だが、生物の存在しないゴーレムダンジョンでは、漏れ出す魔力を察知するのに特化した魔物が多い。
このダンジョンに限って言えば、視覚情報をごまかすような魔道具より、魔物から身を隠す効果は高い。
「ええ。そうよ。だから草原のような広い空間で使ってもあまり意味がないわ。こういったダンジョン内で使うのが効果的ね」
また一応、ゴブリンといった生物をベースにした魔物にも効果があるが、場所を選ぶ必要がある。見晴らしの良い場所では、姿が隠せないので見つかってしまうのだ。森、小屋といった障害物がある場所で使うのが一般的であった。
「なるほど。だから小部屋を選んだんですね」
食器を片付けながら話を聞いていた礼子が、相槌を打つ。
「でも、そこの通路から魔物が出てきたら、襲われるっすよね?」
明峰は魔除け箱の説明を聞いたとき「絶対に見つからない」と勘違いしていた。
エリーゼの説明を聞いても不満が残り、言いがかりだと分かりながらも、文句を口に出さずにはいられなかった。
「そうね。だから見張りは必要よ」
「やっぱり、そうなるっすね……」
「すべての状況に対応できる、完璧な道具はないってことだね」
健人がパンパンと手を叩いて、強引に話をまとめる。
「さて、雑談はこのぐらいにして、食器を片付けてから見張りの当番を決めようか」
この一言で、じゃんけん大会が始まり、礼子、明峰、健人とエリーゼの順番で見張りをすることが決まった。
◆◆◆
「健人さんの番っす」
明峰に起こされて、健人は眠い体を無理やり動かして寝袋から出て立ち上がる。
エリーゼが礼子に起こされている姿が視界の端に入る。
「魔物は出たかな?」
「暇すぎて、何回か寝そうでしたっす。もう限界なんで、後は任せたっす」
ふらふらと歩きながら明峰は、寝袋の上に倒れこむ。その姿を見送った健人は、ゆっくりと小部屋の出入り口にまで歩き、手に持っていた2人分の折りたたみイスを組み立てる。
「ありがとう。準備がいいのね」
2人とも座り、まだ半分寝ている状態のまま周囲を見張っている。そこに会話はない。寝袋に入った礼子と、床の上に寝ている明峰の寝息だけしか聞こえない。耳が痛くなるほど静かな空間だ。
代わり映えのない景色、警戒する場所は出入り口の一カ所だけ。このままでは寝てしまうと思ったエリーゼが声を出す。
「暇ね……」
「何か話す?」
「うーん……最近、面白いテレビあった?」
退屈と眠気を覚ますために、学生のような会話を始めるエリーゼ。
「怪奇現象TVってのを見たよ」
最近になってオカルト系の番組にはまっていた健人は、無言で過ごすには静かすぎるこの場に嫌気がさし、質問に喜んで答える。
「……それ、面白いの?」
予想外の回答に思わず、隣に座っている健人の顔を見てしまった。
「人里離れた村人が数人、宇宙人にさらわれて消えたとか、太平洋で潜水艦が消息不明になったとか、嘘っぽい話んだけど……実際に消えているんだよね。だから、地味に面白かったよ」
「へぇ。今度見てみようかしら」
「この探索が終わったら、録画したのを見せてあげるね!」
興味を持ってくれたことに気を良くした健人が、前のめりになって話しかける。その勢いに押されてエリーゼは、背を反らせながら表情が引きつっていた。
「最初は何を見せようかな――」
健人がオススメの番組を脳内でリストアップしていると、エリーゼが急に険しい表情へと変わる。
「静かに!」
健人の妄想タイムは、切迫した声で会話が中断された。
先ほどまでは寝息しか聞こえない静かな空間だったが、今はコツン、コツンと、足音が聞こる。
一気に緊張が高まり、健人から息を飲み込むような音が聞こえた。
「健人……足音が近づいているわ!」
「みんなを起こしてくる」
折りたたみの携帯イスから勢いよく立ち上がると、就寝している礼子と明峰の方へ走る。
健人が2人をたたき起こし、全員が下ろしていた軽量リュックを背負う。準備が終わった頃に、部屋の外を監視していたエリーゼが戻ってきた。
「みんな道具を身につけたかしら? 敵はウッドドール一体よ」
「ここは俺に任せて欲しいっす」
明峰を見て健人が無言で頷くと、迎え撃つために走り出す。
「あっ!」
だが、途中で不意にバランスを崩してしまい、背中から倒れてしまった。
「何しているのよ!」
音に反応したウッドドールが、健人たちのいる部屋を覗き込んだところで、エリーゼが矢を放つ。狙い違わずウッドゴーレムの頭部を破壊し、黒い霧に包まれて消えてしまった。
「イテテ……急にリュックが重くなったっす」
健人と礼子に抱えられて起きた明峰は、目に涙をためていた。
「確かに重い……」
健人が、重くなったと言われた軽量リュックを受け取り持ち上げると、ずしりとした重さが手に伝わる。
荷物を取り出して底板の中にある魔石を取り出すと、真っ黒になっており、魔石の中にある魔力が空になっていた。
「魔石の中が空になったのね……いつ切れるか分からないと、危ないわ。これは改善する必要がありそうね」
魔道具の効果が切れるタイミングがわからない。そんな危険な問題が発覚すると、健人たちはすぐにゴーレムダンジョンから戻ることに決めた。
その足で研究所に戻り使用感、改善点をヴィルヘルムに伝え、その後も何度も繰り返し同じようなテストを実施する。
そして月日は流れ、健人がゴーレム島に移り住んでから2回目の春が来た頃に、ようやく魔物除け箱と軽量バッグが完成した。
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